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憧れの人の恋の話

ガタンガタンと車内が揺れている。


『大倉くんは……大丈夫?』


どうして古川先生は、あんなことを訊いてきたのだろうか。

古川先生が来海を心配するのは分かるとして、俺にそんな心当たりはまるでなかった。


元気に決まってるじゃないか、古川先生。


大好きな来海ちゃんのおかげで俺は毎日ハッピーなんですわ。まあ彼氏騒動で若干、傷心中の身かもしれないが………


その点を除けば、もうハッピーライフよ。幸せの星に絶賛定住中!


さて、俺は古川先生に何を心配されてるんだか。



「………おい聞いてるのかよ、大倉ー!」

と、考え事に耽っていた俺に、横に居た部活仲間の1人が声をかけてきた。


ああー悪い、と俺は思考世界から現実に帰還を果たした。


最近彼女が出来た男がその場に居て、おめでとうと思う反面、本日も彼の惚気が始まり「お?お?」と俺の心の中は、ファイティングポーズである。

く、痛い。

こちとらおそらく大失恋中なのに、眩しいカップルの様子を語られて口の中がザラメでいっぱいになりそうだ。


すると、いつの間にか俺と来海の話にすり替わっており、まだ付き合ってないのか?と呆れた顔が突如として、3人。

彼氏居るんですよあの子はね!!と勝手に来海のプライベートを話すわけにもいかず、俺は適当に笑った。


同じ電車通学の部活仲間と別れて、俺は自宅の最寄駅に降りた。帰宅ラッシュに巻き込まれて、降りるのも一苦労である。部活終わった後のクタクタの身には、つらい。


今日は一段とキツいメニューをさせられて疲労困憊だったが、鞄の中に入ってるもののお蔭で、俺の足は自宅へと急いでいた。


来海に調理実習で作ったマドレーヌを貰っていたのである。


来海ちゃんの〜♬

マドレーヌ〜♬

美味しい美味しいマドレーヌ〜♬

さあさ、帰ってーーーーーーーーー


ーーーーーーー「お、碧くんだ」


清潔感のある爽やかなスーツ姿の男性が、俺にややあと片手を上げた。


おうぉっ!?

いきなり声を掛けられ、ルンルンで心の中で歌っていた俺は、めちゃくちゃ不意を突かれてしまった。


その男性は、俺の隣に並んだ。とても爽やかな笑みを向けられる。


「碧くんも今帰りだよね。部活お疲れ様」

「り、遼介さんも、お仕事お疲れ様です…」


そう。

何を隠そう!

この方が来海と和泉の父親、宮野遼介さん。

俺の憧れの人でもある。

妻を一途に愛し、子供たちを温かく見守り。一家の要としてある遼介さんこそが、俺の目指すべき道。

うちの極度な放任主義の父親とは大違いである。母さんが海外を飛び回ってることにも一切関心を寄せず、「今どこいるんだっけまあ知らないそれより仕事」状態の父親と大違い!

…いや、あの2人は、どうやって結婚したんだよ本当に。自由奔放な母さんと寡黙な父さんが一体どの世界線で交わるようなことになったのか、我が大倉家最大の謎である。


そんな自分の父親と正反対で、俺の憧れである遼介さんだが、彼と対面した今の俺は微妙な心情にあった。

先日の都さんの話から推測するに、遼介さんは略奪愛実践派と見受けられる。

曰く、容赦なく都さんを奪っていったらしい。


そんな…!


俺は未だ「略奪、ダメ、絶対」の信条を掲げている身としては、憧れている遼介さんの過去に僅かにショックを受けていた。

都さんと遼介さんは、俺と来海のように幼馴染だった。てっきり何事もなくゴールインしたと思っていたんだがーーーーー


その幼馴染同士に、略奪という過去が存在していたなんて!


俺はちょっとどうしようかと迷いつつ、真実を探すことにした。

「あの…遼介さん」

「ん?」

「昔、都さんにエンジンかけさせられて、容赦なく都さんを奪って行ったっていうのは、本当ですか…?」

「……っ!?っ、ぶっ、けほ、けほっ」


遼介さんが、動揺したあまり、勢いよく咳き込んだ。

飄々としている遼介さんには珍しく、顔を赤くしている。


俺は、固まった。


略奪は、真実だったーーーーーー!!!


「どどど、どういうことですか遼介さんーっ!?純愛は!?俺と和泉と同じ、幼馴染純愛派じゃなかったんですかっ!?」

「いやいや、僕も幼馴染純愛派だとも……。ただ、その…、お恥ずかしながら覚悟が決まらなかったというか…、色々あって都には彼氏が居ると思ってたし…その、奪う覚悟が…」

「遼介さんの裏切り者ぉー!!略奪愛実践派じゃないですかー!!何ですか奪う覚悟ってぇ!?」

「いや、その、違って……っ、ああ!当時の自分が本当に思い出すだけで恥ずかしいからやめてくれ碧くん!あの時の都も、なかなかに暴走してたし…っ」

「なな、何ですとぉー!?語られし、略奪秘話!?」


遼介さんはさらに顔を赤くして、いたたまれないような表情を浮かべた。ぶんぶん手を振る。


「もー、おしまい、おしまいだっ、この話終わり!」

「のぉ!?えー聞きたかったのにぃ!!」


俺が肩をがっくり落とすと、遼介さんはいつの間にかいつもの爽やかな笑みを取り戻していた。


ぼそり、と呟く。


「……まあ、時期が来たら聞かせてあげるよ。和泉も多分、同じ試練を乗り越えなくてはいけないからね。和泉の場合は、どちらの立場になるか分からないけど…」

「…?」

「さあ、帰ろうか」


遼介さんが俺の肩を軽く叩いて、俺は謎が残るままに遼介さんと2人で、並んで住宅街を歩く。



さっきの遼介さんの言葉は、どういう意味だ…?


…試練?

何だか都さんも前にそんなことを言っていたような…


分からなくなった俺は、答えを求めるように隣の遼介さんの顔を見るが、微笑まれるだけ。


ますます疑問が膨らむばかりだった。


その後、宮野家の夕食に誘われたが、惜しみつつ俺は辞退した。

自分の家に帰って、マドレーヌを充分に堪能させてもらった。

来海ちゃんのマドレーヌは、絶品でございました。

幸せ。

遼介と都の馴れ初めは、興がのって既に書いちゃってます。

いつ出るかはお楽しみで。



皆様この作品にどうかお付き合い頂けると、幸いでございます。



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