調理実習って実は手料理イベ
1学期。
まあ一番の理由はひとまず置いておくとして。
俺は来海のクラスの調理実習に、勝手に参加していた。
来海は驚いたし、来海の班のメンバーも驚いた。
しかし、割とあっさり受け入れられ、誰も俺を教師に報告せず、最後は皆んなで和気あいあいと三食丼を食べた。
お礼を兼ねて、その班の後片付けは、俺が1人で喜んでやらせてもらった。
食器もシンクも磨きすぎて、家庭科の先生にとても褒められたよ!やったぜ。
家庭科の先生は家庭科を担当しているだけなので、どのクラスにどの生徒が居るかなど、把握していない。
ちょうどうちのクラスも自習だった。
いやはや完璧だった。
絶対バレないと思っていた。
バレないと思ってたのだが。
家庭科の先生が、率先して後片付けをしていた俺の姿を見てプラスの評価をつけておこうとクラス名簿を開き、俺の名前がないことに気付いてしまった。
俺のクラスを特定、担任に報告。
俺は担当にとても怒られました……。
不良優等生だって、しくしく。
何でそんなこと言うんだ高嶋先生…!!
『もう二度と他クラスの授業に勝手に交じったりしないな大倉』
『はい高嶋先生!次こそ完璧に遂行してみせます!』
『次はないって言ってるんだよ、馬っ鹿もーん!!』
某アニメのセリフをいただき
ーーーーーー
俺は、リベンジを誓った。
そう。
2学期こそは、完璧にやってみせるぜーーーー!
……2学期は調理実習なかった。何ですとぉ!?
「颯。もう、3学期……今学期がラストチャンスだ!
知ってるか?2年に進級したら、うちの高校は家庭科がなくなる。そう、マジでラストチャンスだ!!」
「アホかっ!?君、また自分のクラスの授業を無断欠席するつもりかい!?1学期はたまたま自習だったから良かったものの!今学期はどうやって誤魔化すつもりなんだよ一体!?」
「おおう?そこで聞いちゃってくれるところがノリ良くて好きだぜ、颯くん〜」
「ポジティブの化け物かよ!!」
颯がくぅ!と机をぺしんと叩く。痛そうにしていた。可哀想な奴め。
俺はきりっと表情を引き締めて、腕を組む。
顎を引いて、ふむふむと頷いた。
「まずーーーーーー」
「ねえ、僕の話聞いてる!?駄目だって言ってるのに、何自然と自分の計画を話そうとしてるんだい!」
「ーーーーー家庭科の先生は、心優しきマダム。そうはっきり言ってしまうならば、記憶がよくおぼろげになる。だから1学期の騒動を起こしたのが俺だと、再犯したところで気付きはしない!第一関門クリア!」
「罪って自覚してるじゃん!?こんなふざけた計画は早急にやめな!?」
「何てこと言うんだ。俺が1時間目に一生懸命考えた計画なのに!」
「授業聞けよ!」
まったく真面目だわね、颯くんは。
桜井さんとお似合いですわ。
もっと頑張ってアプローチなさいませ。
と、ちょっとふざけたまでは良かったんだが、俺の勢いはここで失速した。
ううん、と軽く唸る。
「……問題なのが、うちのクラスなんだよなあ。自習じゃないし、がっつり授業だし。しかも担任の授業だってばよ……」
「……詰みじゃないか。碧…っ!もう、こんな馬鹿なことはやめよう!真面目に担任の授業を聞くんだっ!」
「颯……っ!」
そこには、罪を犯そうとする親友を必死に止めようとする青年の姿がーーーー!
感動のワンシーンであった。
俺はあたかもうるっときたような表情をつくりーーー
「颯…どうか分かってくれ。俺はーーーー」
「碧……」
青年の懸命な説得。
それでも止まらない親友が、そこには居た。
「俺は、この手料理イベを逃すわけには行かないんだぁっ!!!」
「調理実習を手料理イベとか思ってる奴いねえんだよぉぉ!!頭いかれてんの!?」
ひどい。しくしく。
「いや、だってな、だって、もう俺は来海の手料理を味わえることなんてないかもしれないんだ…俺は、マジで意味が分からないが、現在、来海の彼氏じゃないんだ……」
「とっとと告白してこいよ!?万事解決なんですけど!?」
「この前の鶏のトマト煮は、和泉が居たからセーフだった。だけど、いつもそうするというわけにはいかない」
「鶏のトマト煮って、何のこと?」
「その点、調理実習は浮気でも何でもない!もし浮気なら、授業に参加した生徒全員が浮気相手になってしまう。だから来海の彼氏も浮気でないと確実に認める!つまりーーーーこの調理実習は合法的に手料理を味わえるチャンスなんだ……!!!」
「何!?その、論理だけはきちんとしっかりしてる、ただの頭おかしい発想はぁ!?」
「颯よ、俺を止めるでないーーーーー俺は行く。高嶋先生がどんなにラスボスだろうとも、俺は俺の信じた道を行く…!!」
「はー、もう勝手にすればぁ!?」
「thank you !!頑張るぜ!」
「はあ〜」
ーーーーーそして、迎えたリベンジ本番。
ち、ち、ち、と秒針は刻々と時を進めていた。
もう、既に来海のクラスの調理実習は始まっている頃だろう。
しかし、早まっては高嶋先生に俺の計画がバレてしまう。
俺は教壇に立っている高嶋先生の様子を慎重に観察し、タイミングを見計らった。
その時が来たーーーーーー。
「た、た…高嶋先生っ…!!はあ、具合が悪いので保健室に行ってきます!!」
古典的な、教室からの退出方法!!
前の席の颯が「馬鹿なの?」という視線で、こちらに訴えてくる。
颯、安心してくれ。
保健室の先生は既に買収済み!
保健室に行かずに家庭科室へ向かっても、保健室の先生は、高嶋先生にそのことを伏せてくれる手はずになっている!保健室に居たことにしてくれる!
つまり、この教室から退出さえできれば、俺の勝ちーーーー!!
か、か、か、とチョークで黒板に英文を書き流し、こちらに背を向けたままの高嶋先生。
俺は、これ幸いと、教室を抜け出そうとしてーーーー
「大倉ぁー、今日は宮野のクラスがそういえば調理実習だったな。まさかそこに行くつもりなんじゃあ、ないだろうなあ?」
ぎく!!
「ま、まさかぁ……、保健室に行くんですよ……」
「よーし、皆んな、この問題を演習しておけ。俺は体調が悪いらしい大倉を保健室に連れて行ってくる。俺が帰ってくるまでに終わらせといてー」
予想外っ!?
「な、何ですとぉ!?そ、そそ、そんな高嶋先生のお手を煩わせるなんて、悪いですよ…!」
「いつも手を焼かせてくる奴が何言ってんだー?ほら大倉行くぞー。この問題、解くのに時間がかかるから最低でも15分はお前の介抱ができるなあ?」
「な、ひどい!調理実習が終わっちゃうじゃないですか高嶋先生ーーーー!!!!」
「やっぱそうか大倉ぁー!!!罰として、この英文即興で訳しなさい!」
「うう、高嶋先生〜っ!!
……この研究が示すのは、単に高緯度地域に住む人々が赤道近くに住む人々よりも脳が大きく、その上瞳までも大きかったという事実ではなく、受け取る太陽の光が彼らよりも少なく、視覚情報を処理するためにはより大きな脳と瞳を求められ、しかしそれによって、高緯度に住む人々が彼らよりも能力において優れているという事実はなかったということを示唆している。
……ああ、手料理チャンスが……ぁ!!!」
「息するように訳すんだからほんと、お前はぁ!!扱いずらいだろが、不良優等生!!!」
「そんなことどうでもいいです。調理実習に行かせてください〜!!」
「大倉ぁーー!!!?」
がっつり怒られましたとさ。とほほ……
******
「あ、碧くん!」
次が移動教室だったので颯と廊下を歩いていると、
調理実習を終えて家庭科室から帰っている途中の来海とすれ違った。
隣には、来海の親友の桜井さんもいる。
はあ、今日もうちの来海ちゃんは天使ですわほんと。
そう思ってると、とててて…とちょっと小走りにこちらに駆け寄ってくる来海。
「碧くん。これ良かったら受け取ってほしいの」
「………っ!え、いいのか?」
「うん」
俺が抱えて持っていた教材の上に、そっと置かれた袋に入ったマフィン。
美味しそうな焼き色をしていた。
本日の調理実習で作ったものだろう。
めちゃくちゃ嬉しい。
あれ、これはセーフか…?
まあ、多分セーフだ。
家庭科の調理実習で作ったものはクラス全員が食べるから浮気じゃないセーフ理論。
来海はほっ、としたように息を吐く。
「だけど、良かった。碧くん、また1学期みたいに私のこと心配して授業抜け出しちゃうんじゃないかと思ってたから」
「……っ!…ああ」
どきりとした。
俺が実はそうしようと思っていたことは、来海に黙っておくことにした。
来海の手料理が食べたいというのは、もちろんだった。
だけど、俺が来海のクラスの調理実習にどうしても行きたかった一番の理由は。
「ーーーー碧くん。私もう、大丈夫だからね。中学のときみたいになったり、しないよ」
まだ多分、どこか時の進みきっていない俺に。
幼馴染は、大人びた微笑みで、俺にそう言った。
ただのふざけた奴かと、思ったら……




