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分からせタイム

拝啓、来海の彼氏殿。

……先に心の中で土下座しておきます。

恐らく今日のがバレようものなら、来海の彼氏殿に抹消される。

そんな予感がするのですーーーー。


******


昼の一件で、ちょっとジェラシー入ってしまった来海王女は、放課後に俺を教室まで迎えに来て、俺を宮野家に連れて行った。

そして俺は現在、来海の部屋に居た。


「碧くん。昨日からちょっとギルティが多い!」

「……うう、まったくその通りで」

キスするフリだけしたり、突き放すような言葉を吐いたり。

彼氏が居るなら、俺が来海の倫理観を更生させてやらなければならない!と、必死になった結果である。


しかし、そのどれも失敗に終わり、来海に俺を拒ませることが出来なかった。


そして今朝の件を経て、俺も俺自身が来海を本当の意味で拒むことが……距離を置くことが、出来ないのだと気付いてしまった。


順調に俺は浮気相手ルートに突入していた……


いや、決して手を出すつもりはないんです!!


…ちょっと、幼馴染の距離感にしてはバグってるだろうが貴様ぁ!!とは殴られるかもしれない、が……。


ベッドに腰掛けて、来海は、むーっと頬を膨らませて、腕を組んだ。

ふよよん、と胸が腕の上に乗る。

おお……。

俺は床に座っているので、それを見上げる形になってしまった。


「碧くん……今日は、分からせタイムです」

ーーーー出た。

まあ、来ると思ってたけどな!?

「あー…やっぱり?」

「久しぶりの、分からせタイムを発動します!」


不定期に起こるこの『分からせタイム』。

いつから始まったのかは、ちょっともう思い出せない。

結構、歴史は長い。

前に俺が、来海の弟の和泉にその内容を聞かせた時、和泉に俺と来海が叱られた件でもある。


曰く、とんでもないと。

曰く、姉を甘やかすなと。

和泉には再三注意は受けているが、俺はその実、この時間を断ったことはない。


まあ、実質ご褒美だしな。


来海は、ベッドから立ち上がり、クローゼットの扉を開く。

コート類が並んでいるその下、白い洋風のタンスが置かれてあった。

その中に、分からせタイムに使う小道具が収集されているのは、俺と来海の暗黙の了解だ。


来海が、1段目のチェストから、本日の分からせタイムの主役を取り出した。

それを俺に無邪気に見せる。

満点を取ったテストを親に見せて褒められ待ちの子供みたく。

「碧くん!じゃーん!見て見て〜!今回は、これにしようと思うの!」


いつもならここで素直に受け入れているのが、俺だった。

しかし、来海に見せられたものを見て、俺は情けなく口を開く。


……おいおい嘘だろ!?


「………っ!?い、いや、それは、ちょっと…なあ?き、キツイって、絶対…っ!俺がしたら、キツイって…!見るに耐えないって!」

「な、何でそんなこと言うの碧くん!!碧くんがしたら私多分、尊さで天国に旅行できちゃうよ!!それにほら、夢の国の、あのテーマパークじゃ、皆んなこういうのつけてるじゃない!!」


そう。

来海が手に持っていたものーーーー



猫耳である。


ちょっと今回ばかりは、抵抗させてもらうぞ!


「…つけるだけならいいさ!でも違うよな!?分からせタイムに俺に猫耳をつけさせるってことは、絶対つけるだけじゃ終わらないよな!??」

「うん、当たり前だよ!碧くんに、にゃんにゃん言わせるの!!」

「何で俺がやるんだよぉっ!!どこに需要があるんだ馬鹿ぁ!!」

「私が大満足しちゃいます」

「じゃあ、やってあげるよこんちくしょう!!」

「流石、碧くん〜!」


来海は座ったままの俺の頭に、カチューシャになっている猫耳を装着させた。

うう…っ、鏡を絶対に見れない…。

きっと見るに耐えない姿をしているに違いなかった。


「か……か、可愛、かわわわ!!!!」

しかし、物好きな来海ちゃん。

既にお顔が緩みまくっていた。

「……碧くんっ!にゃんにゃん言って!」

「………」

言わないぞ。言わないぞ、俺は……!

しかし、来海ちゃんはお得意の上目遣いで応戦!

キラキラ…!!!

「碧くん、お願い〜っ!!!」

俺がそれに弱いと知っての攻撃か、娘ぇ!!


くっ、くそぉぅーーーーー!!!!!

「……にゃ、にゃん…」

「可愛わわわわわ!!!!!!」

どこからか、スマホがさっと出てきた。

パシャパシャパシャパシャ!!!!!!

シャッター音が止まらない。

俺も大概だが、この幼馴染も大概だ。

俺は知っている。

俺と同じく、この子の写真フォルダの中身は大変なことになっていることを……。

こんなありふれた男の顔をよくも……。


そう思っていると、来海に頭を撫でられる。

毛並みを整えるように、丁寧に。

俺はよく来海の頭を撫でてるが、逆は新鮮だった。

うむ……良き心地だ。


と、思ったら、その手が俺の顎にすっと移動する。

いつの間に…!?

ごろごろと、それこそ猫のように、撫でられる。

はふ……

ま、マズい…これは…


俺の目が変わってきたのが分かったのか、来海が満足そうな顔をした。

「碧くん〜、分からせタイムは、私の言う通りにするのが唯一のルールだよ〜今から碧くんは猫の言葉しか話せませんー」

「なっ、…!?」

「うふふん。碧くん、ほぅら〜、ごろごろ〜!」

「っ、にゃ、にゃあ〜」

「気持ちいい?」

「にゃあ……」


ふわふわして、

なんか、意識が遠のいていく……


「今から碧くんは、私に飼われてる可愛い猫さんになるのです〜」

「にゃ……」

「うふふふ……」


俺は猫……この美少女に飼われている猫なのだ……



******


「ただいまー」

和泉が部活を終えて帰宅すると、宮野家の玄関には二足の靴が既にあった。

姉のローファーと、もう一つは男物のスニーカー。


「あ、碧兄ちゃん来てたんだ!」


姉の幼馴染にして、和泉が好きな女の子の兄である、大倉碧が家に来ているらしいと、和泉は察した。


和泉は出来る男である。

両親不在のこの家で2人がイチャコラしてるだろうというのは、目に見えて予想がつく。

だから音を立てずに、そーっと階段を上った。

自分の部屋に行こうと、姉の部屋の前を通り過ぎた時ーーーー。


「にゃあ……」


どこからか、猫の声がした。

否、猫ではない。

これはーーーーー碧の声である。


「あ、あ、碧兄ちゃん…!?何で猫の真似なんか…」

いや、理由は分かる。

大方、姉が無理をさせてるのだろう。

碧はすぐに姉の来海を甘やかし、何でも言う通りにしてしまうのだ……。


和泉は心配になり、黙って通り過ぎようと思っていた扉に恐る恐る耳を当てた……。


『碧くん、どう?気持ち良い?』

『にゃん……にゃ、にゃー』

『もっと?ふふ、欲しがりさんねー、碧くんは』

『にゃあ〜ん』

『うふふーん。可愛い〜!はあ、可愛い!碧くんが本当に猫だったら、他の女の子とお話しなくて済んで、私が独り占め出来るのになぁ〜……』


我が姉ながら、恐ろしすぎる。

碧が受け止めてくれなかった場合、この姉は一体どうなっていたのだろうか……。


静かに、扉をちょっとだけ開ける。

和泉が隙間から覗くと、猫耳をつけた碧を姉が「よしよ〜し」と撫で回していた。

碧は姉になされるがままである。

そもそも、目がうつろだった。まるで夢の中を彷徨っているよう。


いいの、碧兄ちゃん!?

それで本当にいいの!?

プライドはないの!?


改めて許容範囲の広すぎる碧の愛に驚く和泉。

恐らく、例の分からせタイムだ。

姉の言うことを聞くのが唯一のルールだとかいう、姉のわがままワールド。

和泉は姉を甘やかすなと2人に叱ったのだが、まだ続いていたらしい。


「はあ〜、碧くん。このままうちの子にならない?」

「にゃあー」

「うん!それがいいよね!よしよーし!」

ついに本当に猫だと思い始めたか、碧に頬擦りをする姉。




和泉は、静かに扉を閉じた。

「碧兄ちゃん…お姉ちゃんのこと、どうか見捨てないであげてね……」

姉のあの愛を受け止められるのは、碧しかいないのだからーーーーー。












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