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エピローグ

1/2


「やあ、陽菜、凪。久しぶりだ」


「二人とも、お久しぶりねぇ~」


「ユーグ、イネスさん、お久しぶりです」


「ひさしぶり!」


 エーデルベルトが変身した巨大な竜の混沌獣を討ち果たしてからおよそ半年後。陽菜と凪の二人は新生ル・アーヴルに招かれていた。そして出迎えてくれたユーグとイネスの二人とにこやかに言葉を交わす。ちなみに陽菜はユーグが人の姿をしていることにまだちょっと慣れないのだが、それは秘密である。


 女神アレークティティスがサラを連れ去り、そして彼女が眠りについた後、アーヴル人は新生ル・アーヴルに舞い戻った。いや「舞い戻った」という表現は果たして正しいのか。ともかく彼らはそこを再び自分たちの世界と定め、社会と文明の再建を始めたのである。


 では地球との関係はどうなったのか。もともとアーヴルが地球と接触したのは、第一にそこへ入植するためであり、それが無理なら最低でも入植地を探すための拠点を設けるためだった。


 しかしながら、新生ル・アーヴルに入植できるようになり、彼らにとって地球の重要度は大きく下がった。そこへ入植する必要がなくなったからだ。今後、アーヴルは地球に頼らずとも自立してやっていけるだろう。


 だがそれでもアーヴルは地球との関係を保っている。その最大の理由はやはり安全保障だ。再びアーヴル戦争のようなことが起こらないとも限らない。その際にはやはり味方が必要だろう。地球との関係、パイプは維持する必要があった。


 地球側にとってもアーヴルとの関係は断てるものではない。魔法というものの脅威を知ってしまったからだ。そして地球側の魔法技術は未熟であり、この分野で地球はアーヴルの協力を大いに必要としていた。


 これは過去の、混沌獣の脅威が差し迫っていた時の話ではない。現在進行形の話である。確かにエーデルベルトを討ち取ったことで災厄戦争ディザスター・ウォーは終結した。だが魔法は地球にとって以前よりずっと身近な存在になっていた。それも、恐らくは悪い意味で。


 巨大な竜の混沌獣(終末獣)が放ったあの咆吼。全人類を混沌獣化するという、その致命的な部分については、サラが聖樹の精髄の力を使って相殺した。そのおかげで混沌獣と化した人間は一人もいない。だが影響がまったく無いわけではなかった。


 あの時以降、世界中で突然変異した動植物が確認されるようになったのである。それらの動物は混沌獣と雰囲気がとても似ており、また現代兵器の効きが非常に悪かった。ただし混沌獣とは異なり、一定時間が経過しても自爆しない。これらの変異種は「魔獣」と呼ばれる事になった。


 混沌獣と比べると、個々の魔獣は弱い。だが混沌獣のようにいわゆる魔法攻撃を繰り出してくる。また数が多い。そして最も厄介な点として繁殖する。つまり地球は今後ずっと、魔獣という新たな脅威に対処していかなければならなくなったのだ。


 では誰が魔獣の討伐、もしくは駆除を担うのか。魔法士をもってこれに当たらせるのが最も効率的なのだが、いかんせん魔法士は数が少ない。しかしこの点においても、地球ではブレイクスルーが起こっていた。


 サラは終末獣の咆吼を聖樹の精髄の力で相殺したが、それは当然世界規模の話で、つまり全地球的に聖樹の精髄の力がいき巡ったわけである。それによって陽菜や凪のように魔法士としての資質を目覚めさせた者が世界中に現われたのである。


 現在、そういった者たちと聖樹の果実との契約が進められている。世界中に数多くの魔法士が誕生しており、彼らは訓練を受けてから任務に就いている。混沌獣の時と比べれば混乱は少なく、地球は何とか魔獣に対応できていると言って良い。


 一方これにより、日本の魔法士の数的な優位性は失われた。だが陽菜や凪など、日本人魔法士が世界中を駆けずり回って混沌獣と戦い、多くの人たちを救ったその事実はなくならない。その大きな成果の一つとして、日本国の安保理の常任理事国入りが確実と言われている。


 まあ、それがどれだけの大事なのか、陽菜にはよく分からないのだが。目下彼女の最大の悩みは、ニューヨークに建てられた自分の銅像の胸囲が、実物と比べて明らかに盛り気味なことだった。ちなみにその横に立つ凪の銅像も同様なのだが、彼女はあまり気にしていない。


『測ったよねっ!? ちゃんと測ったよねぇ!?』


『気を利かせたんじゃないのか?』


『失礼な!?』


 凪にイジられてプンスコしている陽菜のことは良いとして。前述した通り、アーヴルは様々な分野で地球側への協力を続けている。そもそもアーヴル人も地球人も、すでにお互いの存在を知ってしまったのだ。今更知らんぷりはできない。であれば友好的な関係を築いていくしかないのだ。


 一方でズィーラーはどうなったのか。一つの世界、帝国としてのズィーラーは滅亡した。生き残ったズィーラー人の数も、すでに三千人に満たない。そのほとんどは次元間航行船カイザー・ユーデルベルトで故郷より脱出した者たちである。


 ズィーラーの最終作戦が成功していれば、彼らは無人となった地球に入植しているはずだった。だが最終作戦は失敗し、さりとて帰るべき場所もない。彼らは混沌の海を流離う流民となっていた。


 混沌の海は過酷な場所だ。エネルギーを切り詰め、物資を切り詰め、しかしそれでもなお将来に希望など持てない。絶望が蔓延し、何もしなければ内部の暴動によってカイザー・ユーデルベルトは沈むだろう。それを避けるため、玉砕を承知で地球へ特攻するべしなどという意見まで出た。しかしそんな彼らに奇跡が起こる。


 ズィーラー人の誇りたる第三の眼。その眼を介して聖杯からプラーナを引き出すことができるようになったのだ。彼らはそのプラーナを使って小さな界殻を形成。新たなる故郷を誕生させた。


 実のところ、これは女神アレークティティスが彼らにかけた温情だった。聖杯はサラと共に女神のもとで眠りについている。アレークティティスはその聖杯にプラーナを満たしたのだ。ズィーラー人はそのプラーナを使ったのである。


 彼らは確かに救われた。だが彼らの手元に聖杯があるわけではない。また界殻を維持するためにはほぼ全てのズィーラー人が第三の眼の力をそのために費やさなければならない。つまり以前と比べて使えるリソースは大きく減ることになる。さらに現状は足りない物ばかりであり、彼らの生活は決して前途洋々とはしていない。とはいえそれでも、彼らは滅びを免れたのである。


 またごく少数ではあるが、地球にもまだズィーラー人が潜伏している。最終決戦より前に地球に潜伏していた者たちだ。エーデルベルトが討たれた後も彼らは潜伏を続けた。いや、降伏できなかったと言った方が正しい。降伏してもまっとうな未来は描けなかったからだ。


 かといって同胞達と合流する術もない。彼らは裏社会に潜んだ。おりしも聖杯からプラーナを引き出して使えるようになったことで、彼らの魔法士としての力は格段に強化され、その力が彼らを裏社会でのし上がらせた。この後、頻発する魔法犯罪の裏には彼らがいるとかいないとか囁かれることになるのだが、それはまた別の話である。


 閑話休題。陽菜と凪が新生ル・アーヴルを訪れた理由であるが、それは聖樹に参拝するためだった。そこには今、女神アレークティティスと聖樹の神子サラが眠っている。アーヴル人にとってはまさに聖地と言えるが、しかしアーヴル人は誰一人してそこに近づけなかった。ユーグもその一人であり、彼は少し寂しそうにしながらこう言った。


「この花を供えてきてくれないか。アンジェが、いやサラ様が好きだった花なんだ」


 そう言って彼が差し出したのは白く可憐な花だった。陽菜がその花束を受け取る。凪は地球から持参した花束を持っていて、二人はそれぞれ花束を持って聖樹の根元に降り立った。


 間近で見る聖樹の存在感は別格で、二人はしばしその大樹を見上げた。それから太い根の一つに持参した二つの花束を供える。それから二人は聖樹の前で祈りを捧げた。


(サラさん。あの時、助けてくれてありがとうございました。地球もアーヴルもまだまだ落ち着かないけど、きっと大丈夫。わたしたちは頑張っていきます)


 だから見守っていて下さい。陽菜がそう祈ってから目を開けと、湿った風が彼女の髪を梳かしていく。風は花の香りがして、彼女はふとこれが聖樹の香りだと思った。


 - 完 -


???「おしるこ……。我におしるこを供えよ……」

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