新生ル・アーヴル2
その報告は信じられないもので、同時に心のどこかで期待していたものだった。
曰く「ル・アーヴルが復活した」という。
まさかとは思いつつも、しかし誤報と切り捨てることはできない。エルネストは自ら調査に赴くことにした。周囲の者たちはそれに反対したが、彼は頑として譲らない。その理由を彼はこう語った。
「仮にル・アーヴルが本当に復活していた場合、それが可能なのは神子様をおいて他にいない。つまりそこには神子様がおられる可能性が高い。神子様が我々にどんな反応を示されるかは分からないが、その対応が我々の未来を決めることになるだろう。ならば権限を持つ者がその場にいるべきだ」
そう言われてしまうと、周囲の者たちもそれ以上反対はできなかった。聖樹の神子が彼らアーヴル人に好意的な感情を持っているとは考えにくい。もしかしたら接触のチャンスは一度きりかも知れないのだ。その時、交渉できる者がその場にいなければ、アーヴル人は永遠に故郷を失いかねない。
「……分かりました。司令長官が直に赴かれること、反対はいたしません」
「分かってくれたか。では使用する艦だが……」
「ですが! 司令長官が直接赴かれるからには、動員可能な最大限の戦力で臨むべきです!」
「大げさだな。一隻とは言わんが、三隻も使えば十分だろう」
「いいえ! 司令長官もまた我々にとって失うことのできない存在なのです! それをご理解下さい」
結局、最後にはエルネストが折れて、動員できるだけの艦船を使うことになった。その数、およそ三十隻。再編も終わっていない現在のアーヴル軍が動かせる、最大限の戦力だ。それをもって彼らは復活したル・アーヴルへ突入した。
「映像、出ます」
混沌の海からル・アーヴルへと侵入し、外の様子が映し出されると、ブリッジには声にならないざわめきが広がった。口元をおさえ涙を流している者もいる。エルネスト自身、胸に去来する懐かしさを抑えられなかった。
「……ここはどのあたりだ?」
「地図データと照合……、一致する地形は認められません」
「なに……?」
思わぬ報告に、エルネストは眉間にシワを寄せた。映し出される風景には、確かに懐かしさを覚える。だが過去のル・アーヴルに一致する地形はないという。ということは、植生などは同じだが地形は全く異なる世界、ということなのだろう。復活というよりは再誕と言った方が正しいかも知れない。
(では果たして……)
果たしてこの世界はル・アーヴルと呼べるのだろうか。そんな哲学的な問いがエルネストの頭をよぎる。ル・アーヴル、つまり彼らアーヴル人が何かしらの権利や絆を主張できる世界。ここは果たしてそういう世界なのだろうか。
(いや、関係のないことだ)
エルネストは小さく頭を振ってその疑問を振り払った。ここがかつてのル・アーヴルでないことは大きな問題ではない。ここをアーヴル人の第二の故郷とできるのか、それが唯一にして最大の問題なのだ。
「全艦、微速前進」
エルネストがそう命じると、艦隊はゆっくりと動き始めた。眼下に広がる景色はかつてと同じではないものの、かつてと同じように美しい。だがブリッジにその景色を楽しむ余裕はなく、むしろ緊張感が漂っている。
彼らがこの世界に足を踏み入れたことに、この世界を創った存在はすでに気付いているだろう。自分たちが招かれざる来訪者であることを、エルネストは自覚している。であれば放っておかれることは考えづらい。
せめて無礼で迷惑な客とならないように気をつけながら、エルネストは向こうからの接触を待つ。接触は思いのほか早く、そして思いがけない形だった。声が、そして強い衝撃波が艦隊を襲ったのである。
『出ていって! ここから出ていって!』
「ぐぅ……」
「どこからだ!?」
「索敵! 急げ!」
誰が艦隊を攻撃したのか、それはすぐに分かった。ル・アーヴルが誇る女神アレークティティスの神器「聖樹の精髄」、その反応があったのである。つまり聖樹の神子がすぐ近くにいるのだ。その報告を受けると、エルネストはすぐさまこう命じた。
「一切の攻撃は許可しない! 全艦に徹底させろ、これは厳命である!」
その命令が功を奏したのか、聖樹の神子つまりサラに反撃する艦はなかった。だがエルネストの表情は険しい。「出ていって」という言葉もそうだが、やはりサラの自分たちに対する感情はよろしくないようだ。彼はそのことを痛感させられた。それでさらにこう命じる。
「密集隊形をとれ。シールドの波長を合わせて防御を厚くしろ!」
エルネストの命令を受けて艦隊が相互の距離を縮めていく。同時に彼は通信魔法を使ってサラとの接触を試みた。通信魔法なら受信機がなくても受け取れるし、戦艦に搭載されている機材を使えば多少遠くても通信は可能だ。だが……。
「ダメです! 通信、拒絶されました!」
「……っ、外部スピーカー、使えるな!?」
「はい!」
「なら音量最大!」
そう命じてから指揮官席にあるマイクを手に取ると、エルネストはまず一度深呼吸をする。そしてマイクを使い、サラにこう呼びかける。
「神子様、サラ様! 我々に交戦の意思はありません! どうか話を聞いていただきたい!」
同時にサラの様子がモニターに映される。彼女が冷静になっているようには見えなかった。むしろヒステリック気味に頭を掻きむしっている。だがエルネストにはそれよりも気になることがあった。
「おい、あの神子様の身体の赤い筋はなんだ?」
「さ、さあ……? わたしも見たことは……」
「すぐに軍医に問い合わせろ」
そう命じてからエルネストはサラへの呼びかけを続ける。しかしサラはそれを無視して無数の魔力弾を放った。直撃すれば戦艦であってもただではすまない威力の魔力弾が雨あられと艦隊を襲う。だが厚くしておいたシールドのおかげで艦隊は無事だった。
エルネストがホッとしていると、彼の席にある小さなモニターが起動してそこに軍医が映る。軍医は彼にこう切り出した。
「閣下。神子様のお身体についてですが……」
「何か分かるか?」
「……ハッキリとしたことは言えませんが、以前にレポートで見た混沌獣化の兆候に似ているように思います」
「なんだと……」
「何にしても、良いモノではないでしょう」
「……っ」
エルネストは顔を歪ませ、盛大に舌打ちをした。
軍医「あれはコスプレです。間違いありません」




