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新生ル・アーヴル1


 世界の創造。それは紛う事なき神の御業。そのことに疑問の余地はないだろう。


 まず膨大なエネルギーが必要だ。想像を絶する、いや想像の及ばない量のエネルギーが必要であり、ただの人間には用意も制御もできない。


 ではどうにかしてエネルギーの問題をクリアしたとして、それで人間に世界の創造は可能だろうか。そんなはずはないだろう。神の御業とはそんなに簡単なものではないはずだ。では何が必要なのか。それは神ならぬ身には分からない。


 だがそれでも神ならぬ身で世界の創造に挑むのだとしたら。その時には代償を求められることになるだろう。どんな代償かは分からない。だが代償が必要になることは確かだ。なぜなら神ならぬ身は神ではないのだから。



 - § -



「~~♪ ~~♪♪ ~~♪♪」


 サラは空を飛んでいた。新たなル・アーヴルの空を。ちょっと音程の外れた歌を歌いながら、全身で喜びを表現しつつ、何も遮る物のない空をまるで踊るように飛んでいた。


 眼下に広がる世界は美しい。緑が溢れ、色とりどりの花々が咲き乱れている。植物だけではない。昆虫や動物、水の中には魚もいる。


 陸地の形、山や河川の位置などは以前とは全く違うものの、植生などはほぼ以前のル・アーヴルを再現していると言って良い。サラが好きだった世界だ。ただし、そこにアーヴル人の姿はない。創らなかったからだ。


 創ろうと思えば創れた。他の生命と比べると格段に面倒だが、女神アレークティティスのサポートがあればできた。だが創らなかった。必要ないと思ったからだ。新たなル・アーヴルに自分以外の知的生命体は必要ない。サラはそう思っている。


 なぜならここは優しかった人たちの墓標であり、女神アレークティティスの揺り籠であり、その神子たるサラのためだけの世界だから。余計で不純なモノはいらない。最初からそう決めていて、そしてその通りにした。


 サラが飛び続けていると、地平線の先にひときわ大きな樹が現われた。聖樹である。新たなル・アーヴルに根付いた新たな聖樹は、太い枝を幾つも伸ばし、その先にみずみずしい葉を茂らせている。鳥が翼を休め、住処にしているのだろう小動物の姿も見える。木陰を求めて多数の動物たちが集まっている様子は、美しい絵画のようだ。


 まあ、サラはもう見えないのだが。まぶたは開いているが、そこから覗くサラの眼はまるでガラス玉のよう。光に全く反応していない。今の彼女は魔法でレーダーのようなことをしながら周囲の情報を得ている。色も分かるし、それで不自由はない。


 実際、サラは何の問題もないように聖樹の根元に降り立った。そこは暖かい。ひとしきり歓喜を爆発させて落ち着いた彼女は、大きなあくびをしてから幾つかある洞の一つに入って身体を横たえた。世界の創造を終え、喜びもピークを過ぎると、次の来るのは充実した疲労感。彼女はそれに逆らうことなく身を任せた。


 やがて聞こえてくる穏やかな寝息。優しく、平穏な世界だ。ただ一つ、サラの身体に走る幾つも赤い筋状の光。まるで傷口から滲む血のようなそれは、ガラス玉のようになった眼と合せて、創世の代償である。安寧に満ちた世界の中で、それだけが不穏だった。



 - § -



「…………!」


 どれくらい眠っただろうか。不意にサラは眼を覚ました。穏やかな目覚め、ではない。むしろ不穏を感じての目覚めである。ただし自分の身体のことではない。この世界、新たなル・アーヴルのことだ。何者かが侵入してきたことを探知したのである。


 サラは眉をひそめて不快を主張する。彼女はこの世界に誰も招いた覚えがない。ということはこの世界に入ってきた何者かは、許可を得ていない不埒な不法侵入者である。自分と女神アレークティティスのための世界を汚されたような気がして、サラはとても不愉快だった。


 お引き取りを願おう。そう思い、サラは聖樹の洞から出て飛翔した。空を飛びつつ、幾つかのパターンを想定する。穏便に出ていってもらえるならそれで良し。だが言葉を尽くしても分かってもらえないなら。あるいはそもそも相手が侵略するつもりでいるならば。その時は実力行使も厭わない。そう考えながら、招かれざる客のもとへ急ぐ。


 結論から言えば。穏便だの言葉を尽くすだの、そんな手順は相手が誰なのか分かった瞬間にサラの頭から吹き飛んだ。頭に血が上り、そのせいかズキズキと頭痛がする。それがまた不快感を増幅させて、彼女はギリリと奥歯を噛みしめた。


 同時に、サラの身体のあちこちに伸びる赤い筋状の光が、彼女の怒りに呼応するかのように強弱を繰り返す。何も見えなくなったはずの視界が真っ赤に染め上げられ、気付いた時には拳を握った腕を振り抜いていた。


 放たれる衝撃波。それを受けて艦隊は揺らいだ。そう艦隊である。新生ル・アーヴルに現われた招かれざる客。彼らは艦隊を持ってこの世界へやって来たのである。


 ただの艦隊ならば、いや初めて邂逅する艦隊ならば、サラもこう感情的に反応することはなかっただろう。だが現われた艦隊は初めての相手ではなかった。見知った相手だったのである。


 サラが知っている艦隊は二種類しかない。ズィーラーの艦隊とアーヴルの艦隊だ。このうちズィーラーの艦隊はすでに消滅している。つまり新生ル・アーヴルに現われた艦隊、それはアーヴルの艦隊だった。


 かつて自分を騙して置き去りにした者たちが、よりにもよってこの大切な場所に土足で踏み込んで来たのである。少なくともサラにはそうとしか思えなかった。興奮した彼女は「ふー、ふー」と歯をむき出しにしながら荒い息をする。そしてこう叫んだ。


「出ていって! ここから出ていって!」


 その声が聞こえたのか、あるいは衝撃波の影響か。ひとまずアーヴルの艦隊は動きを止めた。だが出ていく気配はない。むしろ通信魔法で接触を図ってくる。サラは声も聞きたくないとばかりにそれをはねつけた。


 艦隊が次に取った行動はスピーカーによる音声での接触。だがそれはサラの心を逆撫でした。何を言っているのかは問題ではない。話しかけられることそれ自体がイヤだった。彼女は頭を掻きむしり、ガラス玉のような目を血走らせて苛立たしげに叫ぶ。


「ああああ!!」


 同時にサラは無数の魔力弾を放つ。その魔力弾は艦隊に襲いかかり、外れた分は地表に落ちて土埃を上げた。一方艦隊の方はシールドを厚くしたようで損傷した艦はない。それを見てサラは盛大に顔を歪めた。


 スピーカーからの呼びかけは続いている。サラは聞きたくないとばかりに飛翔して高度を上げた。そして両手を組んで頭の上に掲げる。彼女はそこへ遮二無二に力を込めた。力を込めるほどに赤い光の筋が増えていき、また光の拍動も強まる。だが不穏なそれを無視して、サラは力を込め続けた。


「はああああああ!!」


 そして発現させたのは巨大な光の剣。戦艦さえも輪切りにできそうなそれを高々と掲げてサラは急降下する。狙うのは先ほどからスピーカーを使って呼びかけてくる、旗艦と思しき戦艦。


 どれだけシールドにエネルギーを回して厚くしようとも関係ない。サラはその戦艦を両断できると疑っていなかった。顔に壮絶な笑みを浮かべて彼女は急速に戦艦との距離を詰める。そして光の剣を振り下ろした。


「……っ」


 だがその瞬間、光の剣はまるで霞のように霧散する。サラは驚いた顔をして、すぐに次の攻撃を仕掛けた。右手を突き出して魔力弾を放とうとするが、しかしその攻撃も不発。サラは信じられないという顔で虚空を探った。


「どうしてっ!?」


 サラが悲痛に叫ぶ。彼女の腕はもうボロボロだった。まるで皮膚がすべて裂けたかのように拍動する赤い光に覆われている。だがサラにそれを気にした様子はない。彼女はまるで最後の味方を失ったかのように叫んだ。


「どうしてなのっ、ティス!」


サラ「おしるこは創っておくべきだったわ……」

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