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終末獣1


「すごい……」


 空母の甲板の上、陽菜はそう呟いた。彼女が見つめる先の海では絶え間なく大きな水柱が上がり、また閃光が走っている。エーデルベルトとアンジェ(サラ)の戦いはあまりにも一方的だ。きっともうすぐ決着も付くだろう。彼女はそう思った。だがその予想は外れた。


「あ……!」


 何かが雲を突き抜けたと思ったら、陽菜は大きな力の高まりを感じ取る。彼女は反射的に身構えた。この感じはよく知っている。それもあまり良くない意味で。つまり混沌獣が現われるその前兆に似ている。だが力の大きさは桁違いだ。


 そしてソイツは現われた。三対六枚の翼を持つ、巨大な竜。鋭い牙を持つ恐ろしげな顔には三つの眼がある。それはまるでエーデルベルトの最後の矜持であるかようにも思えた。竜はゆっくりと空を見上げる。同時に、その顎にはこれまで陽菜が感じ事のない力が集まり始めた。


「まずいっ!」


 陽菜の肩に乗ったユーグが叫ぶ。陽菜は反射的に彼の方を見た。一体何がまずいのか。そのことを教えてもらう暇はなく、次の瞬間、二つのことが同時に起こった。竜が咆吼を上げ、同時に空で淡い紫色の光が弾けたのだ。



 - § -



「ふふ、あははははっ、やっと! やっと手にいれた!」


 成層圏を突き抜けたその先。空気も重力もなくなったその場所で、サラは聖杯を手にして歓喜の声を上げていた。プラーナは空のようだが、そんなことはどうでもいい。神器たる聖樹の精髄と融合状態にある彼女は、自分でいくらでもプラーナを供給できるからだ。


 それで早速聖杯にプラーナを溜めようとしたその時、サラは「ん?」と呟いて首をかしげた。聖杯に施されていた調整の痕跡に気付いたのだ。さらに彼女はその調整がなんのためのものなのかも瞬時に理解する。


「ああ、コレを狙っていたのね」


 サラは小さく苦笑を浮かべてそう呟いた。彼女は足下に浮かぶ青い地球を眺めながら短く逡巡する。そしてニヤリとやや酷薄な笑みを浮かべ、拳を握って右腕を引く。彼女はそのまま真剣な表情でタイミングをはかった。


『アーヴルもズィーラーも地球も、みんなどうでもいい』


 少し前に胸中で呟いたその言葉に嘘はない。ただ三者に対する感情はそれぞれ異なる。アーヴルには怒りを覚えるし、ズィーラーのことは憎い。だが地球に対してはそこまで強い感情は持ち合わせていなくて、せいぜい消極的無関心といったところ。


 かつて彼女がまだ咲菜と呼ばれていたころ。彼女にとって世界とは非常に限られた範囲で、その中でも母親は大きなウェイトをしめていた。その世界は彼女を傷つけ、そして助けてはくれなかった。


 そんな世界はどうでもいい。それはサラの本音だ。だがそれがこの世界の全てではないことも、今の彼女は分かっている。その世界が自分の知らないところで崩壊するなら、彼女は何とも思わなかっただろう。だが目の前で崩壊するとなると、多少の気まずさは覚える。


 加えてその崩壊はエーデルベルトの大望やズィーラーの希望と大きく関係している。サラはそれを潰してやりたかった。彼の意識はもう吹き飛んでいるだろうが、だからこそあの大帝エーデルベルトが命を賭けた最後の作戦を台無しにしてやりたかったのだ。


 聖杯を介して、構えた拳に力を溜める。そしていよいよ終末獣が滅びの咆吼を上げた。それに合せてサラは拳を突き出し、同時に力を放つ。放たれた力は淡い紫色の光となって地球を覆って降り注ぎ、終末獣が上げた咆吼の、全人類を混沌獣に堕とす忌まわしい力を中和した。


「ふふふ、残念ねぇ?」


 何も起こらなかった地球を眺めながら、嘲るようにそう呟く。エーデルベルトが変化した終末獣はまだ残っているが、サラはそれに手を下そうとは思わなかった。役割を果たせなかった終末獣はただ滑稽なだけの存在。存分にその滑稽さを晒せば良い。それに終末獣の本質は混沌獣。放っておいても今日中には滅ぶ。


「さて、と」


 終末獣にも興味を無くし、サラは青い地球から視線を外した。彼女が見つめるのは宇宙の虚空。遊びは終わりだ。いよいよル・アーヴルの再建に取りかかる。サラは聖杯を手に混沌の海へ飛んだ。



 - § -



「ぐぅぅぅ……!」


 うめき声を上げながら、陽菜の肩からユーグが落ちる。陽菜は慌ててしゃがみ込み、白いイタチの身体を慎重に抱き上げた。周りを見れば、他のアーヴル人もみな苦しそうにしている。いや、アーヴル人だけではない。空母の甲板にいた海兵たちも胸を押えて苦しそうにしている。一体何が起こったのか、陽菜は不安げに視線を右往左往させた。


「だ、大丈夫……」


 ユーグはまだ苦しそうだったが、そう言って陽菜を安心させる。彼を含め、突然苦しみ始めた人たちの容態が悪化する様子はない。だがすぐに回復する様子もなく、陽菜はどうしたら良いのか分からずオロオロした。


 だがそうしている間にも状況は進む。三対六枚の翼を持つ巨大な竜の姿は、甲板の上からもハッキリ見えた。その竜がこれまでの混沌獣とは一線を画す存在であることは一目瞭然。陽菜は顔を強張らせてゴクリと生唾を呑み込んだ。


「ど、どうしよう……」


 陽菜は焦った。聖樹の果実に溜めておいた魔力は、しかしエーデルベルトに奪われて空になっている。ここにいる魔法士全てが同じで、つまり戦う術がない。だが竜はそんなことお構いなしに、次々と空母の護衛艦に襲いかかり沈めていった。


(な、なんとか、なんとかしないと……!)


 そう思うのだが、しかし現実問題として魔力がなければ魔法士もただの人と変わらない。そして地球人の魔力量は少なく、最低限でも戦えるようになるまでにあと半日はかかる。だがこの艦隊が全滅するのに半日もかからないだろう。


 打つ手なしかと思われたその時、空から淡い紫色の光の粒がゆっくりと降ってきた。陽菜たちは知らなかったが、それはサラが放った力の残滓。つまり聖樹の果実とはとても相性が良い。それで光の粒は陽菜の、魔法士たちの身体に触れるとたちまち吸収される。そして彼らの魔力を回復させた。


「これなら!」


 これなら、戦える。陽菜は立ち上がった。凪や他の魔法士達も同じように立ち上がる。ただユーグやイネス、アーヴル人はまだ回復しきっていない。やむなく彼らのことは空母の甲板に残して、魔法士たちは飛翔する。


 ズィーラーと地球の、最後の戦いが始まった。


陽菜「ええっと、お医者さんかな、獣医さんかな!?」

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