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決戦1


 ミッドウェー諸島最北の島から、さらに北へ200km。その洋上に陽菜とユーグ、凪とイネスはいた。乗っているのはアメリカ海軍太平洋艦隊の空母。その周囲には護衛の艦船もそろっている。そしてそこには各国の魔法士が勢揃いしていた。


「すごいねぇ~」


「うん、これだけ揃うとさすがに壮観だ」


 集まった総勢二七名の魔法士達を眺めながら、陽菜と凪はそう言葉を交わす。見知った顔もいれば、初めて見る顔もいる。こんなにもたくさんの魔法士が集結するのはこの戦争が始まってから初めてのことで、そこにはもちろん理由があった。


 先だってアーヴル軍によるズィーラー本拠地への強襲作戦が行われた。敵本拠地を壊滅させることには成功したが、戦略目標であった聖杯の奪取には失敗。大帝エーデルベルト共々逃がしてしまったという。


 では彼らが次に姿を現わすのはどこか。それは地球以外にない。そしてその予測を裏付けるかのようにラ・ロシェルの監視システムに反応があった。巨大なプラーナの反応である。このような反応は神器以外には考えられず、タイミングも合わせればエーデルベルトの持つ聖杯であろうと思われた。


 つまりエーデルベルトが聖杯を持って地球へ現われようとしているのだ。いや、必ずしもエーデルベルト本人が現われるのかは分からない。だが現われるズィーラー人が聖杯を持っていることはほぼ確実だ。その聖杯を使って何かをしようとしていることも。そしてその何かというのが、地球人にとって良くないことであるのは確実に思われた。


 それでこうして魔法士たちが集められたのだ。ともかく聖杯さえ奪ってしまえばこの戦争は終わる。つまりこれから行われようとしているのは、戦争を終わらせるための決戦だ。集まった魔法士たちの姿を見て、陽菜と凪は改めてそのことを強く感じた。


「ねえユーグ。アーヴルの援軍はないの?」


「……ほんとうに、すまない」


 ユーグは言いにくそうにそう答えた。献杯作戦で甚大な被害を被ってしまったアーヴル軍は、現在再編の真っ最中である。とても動かせる状態ではない。それに援軍を出したとしてもそれが役に立つかは別問題。また混沌獣化させられては、むしろ魔法士たちの邪魔になるだけだろう。


 肩ですまなそうにするユーグに、陽菜は小さく首を左右に振った。そして彼女は「きっと大丈夫」と自分に言い聞かせる。こんなにたくさんの魔法士がいるのだ。世界中が力を合わせている。だから何が現われてもきっと大丈夫、と。


 そしてついに、敵の出現が近いことを知らせる警報が鳴り響く。陽菜と凪は顔を見合わせて頷き合う。彼女たちは契約した聖樹の果実から力を引き出し、変身して戦闘衣装を身に纏った。それから空母の甲板から飛翔し、魔法士の編隊に加わる。敵の出現予測ポイントへ向かう彼らを、人々が甲板の上から見送った。


 予測ポイントへ近づくと、すでに空が歪んでいた。敵が現われようとしているのだ。陽菜はギュッと杖を握る。一体どんなバケモノが現われるのか。身構える彼女の前に姿を現わしたのは、一人の偉丈夫だった。


「大帝エーデルベルト……!」


「えっ!?」


 ユーグのその呟きに、陽菜は驚いた。現われたあの偉丈夫こそが、ズィーラーの皇帝エーデルベルトであるという。彼はただ一人の護衛も付けずに地球へ現われたのだ。


 動く気配のないエーデルベルトの周囲を魔法士達が取り囲む。完全に包囲されると、エーデルベルトは面白そうに「ふむ」と呟き、周囲をぐるりと見渡した。


「地球の魔法士戦力は三〇名そこそこだと聞いていたが、ふむ、動ける者を全て集めたか。思い切ったな。しかし良いのか? 朕こそが囮で、どこぞで混沌獣を暴れさせるのが目的かもしれぬぞ?」


「お前たちの本拠地が陥落したことはすでに知っている。そんな大規模な作戦ができるほどの時間はなかったはずだ。そして戦力的な余力も。仮にあったとしても、ここでお前を討ち取り聖杯を確保すれば、それで戦争は終わる!」


 一応の取りまとめ役となっているアーヴル人がそう答える。ちなみに今の彼の姿はモモンガ。とても可愛らしい。だがエーデルベルトに答える彼の声は鋭かった。さらに彼を肩に乗せた日本の最年長魔法士がこう続ける。


「降伏しろ、大帝エーデルベルト! これ以上の戦いは無意味だ!」


「ふふ、降伏したとして、だ。我が臣民を人道的に扱ってくれるのか、この星に数多いる政治家達は。いやこの星に住まう者たち全ては」


「…………っ」


「はは、そんなはずはないよなぁ。それを期待するにはやり過ぎた。その自覚はあるとも。だからこそ降伏はできん。それは結局滅びの道だからな。そして朕は大帝エーデルベルトである。朕は朕の臣民のためにのみ、この命を用いるであろう!」


 その宣言と共に、エーデルベルトの纏う空気が変わった。まさに帝王の風格を漂わせ、全身に覇気を滾らせている。ちりちりと肌を焼かれるように感じるのは、ただの幻覚か、それとも彼の闘志のゆえか。彼は尊大に魔法士達を見渡すと、唇の端をつり上げて挑発するようにこう言った。


「来い。戯れに遊んでやろう」


 そして戦闘が始まった。完全包囲した状態から、まずは一斉射撃が行われる。タイミングはあまり合わなかったが、だからこそ十数秒間途切れることなく攻撃は続いた。しかし爆煙を引きちぎるようにして現われたエーデルベルトは無傷。彼は好戦的な笑みを浮かべながら魔法士の一人へ急接近し、蹴りを喰らわせて弾き飛ばした。


「ふはははは! どうした、動きが悪いぞ!」


 エーデルベルトは高笑いしながらさらに数人の魔法士を蹴散らす。そして包囲網を食い千切ってその外側へ出た。そしてグングンと高度を上げる。魔法士達は慌ててそれを追った。それを肩越しに眺め、彼は身体を回転させながら大きく腕を振るう。


「そら、踊れ!」


 放たれたのは無数の魔力弾。しかも一発一発が結構な威力だ。それを避けたり防いだりするために、魔法士たちの足はどうしても鈍った。しかしその中で速度を落とさずにエーデルベルトを追う二人組がいる。陽菜と凪だ。


「凪ちゃん!」


「うん!」


 陽菜が防御魔法を展開しながら最短距離でエーデルベルトを追い、その後ろにぴったりと凪が続く。そして十分に間合いを詰めたところで凪がさらに加速。一気にエーデルベルトの懐に潜り込んで斬りかかった。


「なんでだ、なんでこんな戦争を起こしたんだ!?」


「言ったはずだ! 我が臣民のためである!」


 そう言ってエーデルベルトは凪を弾き飛ばす。次に仕掛けたのは陽菜。多数の魔力弾を飛ばし、中距離の砲撃戦を挑む。激しく飛び回りながら、彼女はこう叫んだ。


「そのためなら、何をしても良いの!?」


「そうだ! 覚えておけ、努力は理解されない。結局は結果が全てなのだ!」


 自分でそう言いながら、エーデルベルトは「耳が痛いな」と内心で苦笑する。今ここで彼がこうしていること自体、物事が上手く行かなかったことの証。だがそれをおくびも出さずに彼は堂々と不敵に振る舞い続けた。


 だが彼は徐々に劣勢に追い込まれていく。魔法士達の連係が徐々に様になり始めたのだ。エーデルベルトも決して弱くはない。だが死角からの攻撃にはどうしても反応が悪い。少しずつダメージは蓄積した。一方で流れを掴んでいるのが分かるのか、魔法士たちの動きはますます良くなっていく。エーデルベルトは「潮時か」と呟いた。


(本当は神子をあぶり出したかったのだが……)


 それが、エーデルベルトがここでの戦闘に応じた理由だった。だがこのままで本来の目的のほうに支障がでる。彼は戦いを終わらせることを決めて懐に手を入れる。そして聖杯を掲げながら魔法士たちにこう告げた。


「お前たちは聖杯を、神器というモノを舐めすぎだ」


 次の瞬間、その場にいた全ての魔法士が強制的に魔力を奪われた。聖杯に徴収されたのだ。魔力を失った彼らは、変身も解けて真っ逆さまに海へ落ちていく。だがそこへ指を鳴らしたような音が響いて、彼らは海面への衝突を免れた。


「…………っ?」


 陽菜が恐る恐る目を開ける。見上げたそこに映るのは、風になびく艶やかな濡羽色の長い髪。聖樹の神子、アンジェ(サラ)の後ろ姿だった。


ユーグ「高速機動戦闘はジェットコースターよりキツい!」

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