オペレーション:パルクダトラクション2
オペレーション:パルクダトラクション。楽勝ムードさえ漂っていたその作戦の雰囲気を一変させたのは、一発の狙撃だった。観覧車のあたりから放たれた魔力弾が、弱々しい混沌獣を蹴散らしていた魔法士の一人を襲ったのである。
狙撃された魔法士はその一撃で死亡した、わけではない。オートで働く魔力障壁のおかげで一命はとりとめた。だがまったく意識の外からの攻撃だったためほぼクリーンヒット。胸骨と肋骨が折れた。
そのせいで狙撃された魔法士は戦闘能力を喪失。飛行能力も失って墜落した。墜落時に意識も失ったようで、動く気配がない。そこへ敵方が殺到する。ただし出てきた新手は混沌獣ではなかった。現われたのは揃いのバトルスーツを着た一団。彼らを見てユーグが叫んだ。
「ズィーラーの正規兵だ!」
陽菜と凪が「えっ!?」と驚く。混沌獣がズィーラーの攻撃であることは聞かされてきた。混沌獣に変身する前のズィーラー人の姿を見たこともある。だがこれまでズィーラーの軍人が表に出てきたことはない。それが初めて姿を現わしたのだ。
「ブラン、ノワール、出撃してください。行動目標は魔法士部隊の撤退支援です」
「わ、分かりました!」
「了解!」
フランス事務局長ミレーヌからの命令が下り、陽菜と凪は待機場所から飛び立った。そして一直線に遊園地へ向かう。その間にも戦闘は続いていて、まずヴィンセントが止めをさそうとするズィーラー兵を牽制し、その間に残りの二人が倒れた一人の肩を担いで離脱を試みる。
だが敵もさるもので、数人でヴィンセントを足止めしつつ、残りで撤退する三人を追う。負傷者を抱える彼らは思うように反撃できず、徐々に押し込まれているようだった。ヴィンセントが援護に向かおうとするが、巧みに足止めされて合流できない。
「陽菜、凪、聞いて欲しい。ズィーラー兵の魔力量は多くてもキミたちの半分以下。だけど相手の方が数は多いし、なにより向こうは対人魔法戦闘のプロだ。連係の練度は高いし、卑怯なこともエゲつないことも平気でやる。勝てるなんて思っちゃいけないよ。言われたとおり、味方の撤退支援に徹するんだ」
ユーグの言葉に陽菜と凪は悔しそうな顔をしつつも頷く。実際、彼女たちの目に映る敵の連係は見事だ。二人も連係には自信があったが、ズィーラー兵のそれと比べればどうしても見劣りがする。「勝てない」と言われたことには素直に同意しがたいが、少なくとも楽に勝てる相手でないことはわかる。
それで二人ともユーグやミレーヌに言われたとおり、味方の撤退支援に徹することにした。まず陽菜が魔力砲を撃ちこんで敵を散らす。そこへ凪が高速で斬り込んだ。少なくとも一対一なら力押しは有効で、彼女はズィーラー兵の一人を弾き飛ばし、ジェットコースターのコースに激突させた。
本当なら追撃したいところ。だがすぐに別のズィーラー兵が仲間のフォローに入る。「支援に徹しろ」と言われている凪も深追いはせず、近づいてくる別のズィーラー兵に斬りかかる。二人が参戦したことで、怪我人を運ぶ二人にも余裕ができたようで、彼らは牽制の攻撃をしながら徐々に遊園地から離れて行く。
だが敵側も諦めない。ズィーラー兵たちはしつこく追いすがった。これ以上の予備戦力がないことを見透かされているのだ。さらにヴィンセントを足止めしていた者たちが負傷者の追撃に加わる。代わりに彼を足止めしたのは、一目で指揮官と分かる女だった。
「あら。意外と男前なのね、ボウヤ」
ヴィンセントの顔を見ると、指揮官の女マルガレーテはそう言った。彼女の口調に嫌味はない。彼女の目から見て、ヴィンセントの顔にある大きな傷は決して忌避する類いのものではないようだった。
「貴女のような美人にそう言ってもらえるのは嬉しいね、マドモアゼル。ただ三ツ目は僕の趣味じゃないんだ」
「そう。わたしも二つしか目がない男は趣味じゃないの。だから安心して死んで?」
「いくら美人の頼みと言えどもそれは聞けないな。むしろ貴女をここで討ち取らせてもらおう!」
そう言ってヴィンセントは槍を構えた。それを見てマルガレーテは艶然と、そして壮絶に微笑む。そして彼女もまた槍を構えた。奇しくも同じ武器を構え、二人は数秒睨み合う。我慢できなくなったのか、先に動いたのはヴィンセントだった。
鋭く加速し、槍を繰り出す。その一撃を、しかしマルガレーテは容易く捌いた。そしてすぐさま反撃に転ずる。彼女は縦横無尽に槍を振るって徐々にヴィンセントを追い詰めていく。彼は防戦一方で、二人の間にある技量の差は大きいと言わざるを得ない。
「ユーグ、アレ、大丈夫なの!?」
「……シュヴァリエの方が魔力量は多い! そう簡単にはやられないはずだよ!」
そう言われ、陽菜はヴィンセントへの援護射撃を取りやめる。もとより彼女もそれほど余裕があるわけではないのだ。求められた仕事は撤退支援だが、気を抜けば彼女のほうが撃墜されかねない。
凪のほうも同様で、控え目に言って手玉に取られている。それでも二人が何とか渡り合えているのは、ひとえに魔力量の優位のおかげ。だがその優位さえも、実のところ薄氷の上にある。
そもそも陽菜たちは地球人だ。そして地球人は総じて魔力量が非常に少ない。それなのに魔法士がアーヴル人やズィーラー人を大きく上回る魔力量を持てるのはなぜか。それは契約時に取り込んだ聖樹の果実のおかげである。そもそも契約とはこの聖樹の果実との契約であり、ユーグなどは立ち会って仲介をしているにすぎない。
この契約により、魔法士は普通の地球人の十倍以上の魔力量を持つようになった。ただそれでも魔法士本人の魔力量はアーヴル人やズィーラー人に及ばない。重要なのはやはり聖樹の果実で、ここへ普段使わない魔力を溜めておけるのだ。それが魔法士の膨大な魔力量のカラクリだった。
ただ同時に、この方式には弱点もある。聖樹の果実に溜めておいた魔力が尽きたら、本当に手も足もでなくなるのだ。その限界は精神論で何とかなるものではない。加えてこの方式で補えるのは魔力量だけ。技量が身につくわけではない。そしてその差が如実に現われてしまったのが、ヴィンセントとマルガレーテの戦いだった。
「くっ……!」
マルガレーテを攻めきれず、ヴィンセントはやむなく距離を取った。魔力量では彼が圧倒している。だが彼が肩で息をしているのに対し、マルガレーテは呼吸を乱してもいない。どちらが優位に立っているかは一目瞭然だ。
「残念ね。経験さえ積めば、良い騎士になれたでしょうに」
「なるさっ! ズィーラーの魔の手から世界を救う騎士に!」
そう言い返して、ヴィンセントは手に持つ槍に魔力を込めた。その魔力に反応して槍が光を放つ。それを見てマルガレーテも表情を引き締めた。
ヴィンセントの作戦、それは小細工なしの力押しだった。技量では勝てない。ならば圧倒している魔力量で押すしかない。彼はそう考えたのだ。
だが前述した通り、使える魔力量には限りがある。大技はそう何度も使えない。だから一度で決める。彼は視線を鋭くし、そして叫んだ。
「いくぞっ! グローリー・ランス!!」
ヴィンセントの槍から光が吹き出す。そして彼は一本の矢、いや槍となって突撃する。光が広範囲に吹き出しているので回避は困難だ。かといってマルガレーテの魔力量では受け止める事も難しいだろう。だがその必殺の攻撃を前にしても彼女に焦った様子はない。彼女は槍を構え、鋭くそして美しく、ただ突いた。
穂先と穂先がぶつかる。その瞬間、グローリー・ランスの光は霧散した。マルガレーテの魔力がその技の中枢を射貫いたのだ。槍を操る技量と魔力の制御、そのどちらもが高いレベルで完成されていなければ不可能な、まさに絶技である。
霧散した光の向こう側から、ヴィンセントの驚愕した顔が現われる。避けられるかもとは思っていた。防がれることも考えていた。だがまさか破られるとは思ってもみなかった。そのせいで彼の反応が遅れる。その隙をマルガレーテは見逃さない。
「ふっ!」
マルガレーテがヴィンセントの槍を跳ね上げる。そのまま一歩踏み込み、鋭く自分の槍を繰り出す。その槍の穂先はヴィンセントの身体の中心に吸い込まれ、そして彼の胸を貫いたのだった。
ヴィンセント「さすが、亀の甲より年の功」
マルガレーテ「あら、年増と言いたいのかしら?」




