結婚 ─エピローグ─
俺がこの貞操観念が逆転した世界に来て一年近くが経ち、葵ちゃんが誕生日を迎えて結婚できる年齢になったことをきっかけに、婚約していた全員と籍を入れて結婚式を挙げることにした。
朱鷺宮グループの経営するチャペルを貸し切って、総勢11人の花嫁と挙げる結婚式は、どこか非現実的な光景のように思えたが、これこそが今の自分に取っての現実なのだと頭を切り替える。
誓いの言葉を交わして、いよいよ指輪交換へと移る。
一対多数の婚姻で、指輪はどうすればよいのだろうかとも思ったものだが既に慣例があったようで、俺から指輪を送った後に、相手からは一人目以降は既に嵌められた指輪に触れていく形になる。
「これより指輪交換を行います」
司式者の言葉に襟を正して彼女たちと向き合う。
──橘花翔子
彼女はこれまで個人で配信活動をしていたが、最近うちの会社の所属に移って公私共に一緒にいる時間が増えた。二人でいる時はベタベタに甘えてくる彼女だが、そんなかわいらしい姿にこちらもまた癒されている。
司式者の持つトレーから指輪を受け取り、互いの薬指に嵌める。
「春樹くん……ボクの夢、全部叶えてくれてありがとう」
花嫁衣装にも強い憧れを持っていた翔子ちゃんが、涙ぐみながら感謝を伝えてくれたが、感謝したい気持ちはこちらも同じだと、肩を軽く抱いてキスを交わした。
──彩葉伯亜
相変わらず家ではズボラな姿をよく見かけるが、今日のような晴れの舞台では毎度大変身してしまうのは何度見ても驚かされる。
気の抜けた普段の姿も愛おしいが、こうして綺麗に着飾った彼女もまた美しい。
そしてそんな彼女のお腹には、まだ見た目には表れていないが新しい命が宿っている。一番積極的に誘って来ていた伯亜が一番に妊娠したのは当然の結果と言えたが、判明した時はお祭り騒ぎだった。
「えへへ……これからもよろしくお願いしますね、パパ」
お腹を撫でながらそう告げる彼女に指輪を嵌めて誓いのキスを交わした。
──桜木涼子
メンバーの中では最年長である涼子さんは、付き合い始めてからも遠慮がちというか、一歩引いているところがあったためこちらから積極的に誘うことが多かったのだが、今では吹っ切れたのか次第に積極性を見せ始めている。
勤め先の男性局でも、とある功績により現在の副局長からトップである局長へと昇進の話も出始めているようで、ますますこれからが本番と言えるだろう。
「春樹くん……一度は結婚を諦めた私が、今こうしてウェディングドレスを着ているなんて、本当に夢を見てるみたいだわ」
この女余りの社会で人工授精で子供を産むと決めた当時の涼子さんには、俺では計り知れない葛藤もあったのだろう。
夢ではないのだと証明するようにキスを交わした。
──二条セツナ
護衛として陰に日向に俺を助けてくれた彼女も、今では料理を覚え家事を覚え、時にはみんなで遊ぶことも楽しめるようになって、その視野を広げつつある。
幼少の頃より厳しい訓練に身を置いていたというセツナの人生が、より豊かなものになったのならば幸いだ。
ちなみに、かつてセツナに願い出た俺の訓練は今も暇を見て継続しているが、まだまだ彼女の影を踏むことも出来ていない。
「春樹様、これからもあなたを……いえ、家族みんなを守れるように、私をお役立てください」
頼りになる言葉だが、俺もいつまでも守られるだけではいられないと、改めて覚悟を決めてキスを交わした。
──桜木葵
この結婚のきっかけにもなった彼女の誕生日は、みんなで盛大に祝うことになったが、気を利かされたのか最後は二人きりにされたのは記憶に新しい。
部活動も順調なようで、今年は全国大会への出場も果たしており、もしかしたら将来はプロ選手になっているかもしれないと密かに期待をかけている。
「お兄ちゃん……じゃなくて、えと、旦那様? えーっと……大好き!」
自分の順番が待ち切れなかったのか、食い気味にそう言ってキスをしてきた葵ちゃんを落ち着かせて指輪を嵌めてあげる。順番が逆になったが、まあ些細なことだ。
──宮本美玖
俺の初めてのドラマ出演で相手役を務めてくれたアイドル兼女優の美玖は、あれから更にブレイクして今では日本のトップアイドルと言っても過言ではない。
テレビ番組の中で世間に俺との交際を明かしてからも懸念していたような逆風は無く、むしろ祝福という名の追い風となってブレイクへの後押しとなってくれた。
「ドラマの中で結ばれた私たちが現実でもこうやって結ばれるなんて、ロマンチックね」
そんな風に微笑む彼女は意外と独占欲が強めなようで、俺がもし恋愛関係のあるドラマに出る場合は自分を相手役に指名してほしいだなんて日頃から言っている。
今の所は守れているがこの先どうなるかは分からないなと考えながら、誤魔化すようにキスをした。
──雨宮芽衣
元ブラック企業勤務で薄給激務に心身を病んでいた彼女は、もはや見る影もないほどに艶々としていた。
環境が人を作るという言葉もある通り、彼女がより良く生きることができる場所を用意できたのなら、幸いなことだ。
ただ一つ新たな問題として、性癖を徐々に拗らせて行ってるように見えるのはなんとかした方がいいかもしれない。
次から次へと謎の道具を買って来て俺に新たな扉を開かせようとするのは勘弁してほしい。
「あの……これからも、私のこと、虐めてくださいね」
控えめな態度ながらも、その瞳を怪しく揺らしながら告げる彼女の期待に応えるように、乱暴なキスをした。
──滝沢可奈
マネージャーとして行動を共にすることの多かった彼女は、付き合い出してからも友人の様な気安い関係でいられる貴重な相手だ。
飄々とした態度で軽口を叩きながらも仕事を卒なくこなす彼女には、見習うべきところも多いと言えるだろう。
しかしそんな彼女も一転して夜になると芽衣さんを越えるようなハードプレイを要求してくるのだから、なかなかに業が深い。ギャップ萌えにも限度というものがあるのだ。
「これからは、仕事も家庭もマネジメントはあたしにお任せっス!」
頼りになるんだかならないんだか分からない彼女に、曖昧に笑ってキスをした。
──望月莉子 柊木柚葉
揃って前に出る二人との関係は少し特殊で、基本的に三人で会うことが多い。
彼女らの言によれば、俺を想う気持ちに間違いはないけれど、それでもやっぱり互いへの愛も少なからずあるようで、できるなら三人で愛し合いたいと。
それに対して俺からは否定をするつもりはさらさらない。そもそもそんなことを言い出したら十一人と結婚しようとしている俺はどうなるんだって話だしね。
というかむしろ可愛い女の子同士のイチャイチャは俺の心の栄養になるからどんどんやってほしい。
「ハルさん、あたしたち二人を受け入れてくれて、本当にありがとう!」
「二人の時よりもプレイの幅が広が──んむ」
指輪交換の後、衆目の前でアホなことを口走りそうになった柚葉の口をキスで塞ぐ。
静かになったところで唇を離し、続け様に莉子とも口付けてから二人を目で促すと、莉子と柚葉の二人も
そっと触れる様なキスを交わした。
──朱鷺宮有紗
最後に、朱鷺宮家の令嬢たる有紗さん。
名だたる財閥家の跡取りが、入婿を取るでもなく俺の様な重婚野郎の嫁の一人になるだなんて、俄かには信じがたいことだったが、熱烈なプロポーズを受けてつい先日婚約するに至った。
まだ家のことでいくつかの問題もあるようだが、現当主である有紗さんの母が婚姻に賛成していることもあり、悪いことにはならないだろう。
「春樹様の高梨家ならば、すぐにわたくしの家のことなんて気にならないほどの名家として君臨することになりますわ」
自分ではそんな実感などまるで無いが、彼女が口にする言葉ならば、本当に実現するのだという魔力を感じる。
「期待に応えられるように頑張るけど……お手柔らかにね」
にっこりと微笑む彼女とキスを交わして、全員との指輪交換と誓いの口付けを終えた。
◇◇◇
式次第を終えて披露宴までの休憩としてみんなで集まっていると、電話で離席していた涼子さんがどこか緊張した面持ちで戻って来た。
「あの……春樹さん、先日判明した例の件の絡みで、ちょっと良くないことが起こりそうなのだけど……」
例の件とは……俺の提供している精子の件だろう。
半年ほど前から一般向けに俺の精子の提供が開始されたそうなのだが、最近の調査で驚くべきことが発見された。
なんと通常1:40とされてきた男女比が、俺の提供した精子による人口妊娠では1:1の数値をマークしているそうで、そのメカニズムが分かれば世界を大きく揺るがしかねないと、研究者を集めて日夜調査と実験に明け暮れているとのことだ。
本来は極秘に研究を進めるような事案だが、一般提供開始後に充分なサンプル数が集まってから判明したこともあって、世間にもだいぶ知られてしまっている。
涼子さんのただならない雰囲気に、みんなも雑談を止めて集まってくる。
「救世主教……っていう新興宗教団体があるのだけど……」
続きを促してみると、日本国内で20年ほど前から活動している宗教団体が、俺─高梨春樹─を現人神として認定したという話だ。
そのぶっ飛んだ内容に思わず吹き出して笑ってしまったが、涼子さんはシリアスな顔を崩さない。
宗教団体の教祖がお告げを受けて発足したという20年前が、俺の年齢的に生まれた年と一致しているだとか、先日判明した世界を揺るがしかねない男女比率の話を結び付けて、高梨春樹こそが救世主だったのだと、さも説得力のある事実のように喧伝しはじめているという。
そして救世主教の教義では、いずれ現れる救世主が世界を救ってくださるとかなんとかで、信者たちの最終目的は救世主に尽くし、認められてその子を授かること。
それだけ聞けば「ふーん、えっちじゃん」って話なんだが、まず信者の数が問題だ。公表されているその数字は20万人を越えている。
20万人の狂信者に貞操を狙われると考えると、さすがに少しばかり恐怖を覚えて息を呑む。
「春樹様、ご安心ください。不埒な輩は私が切り捨てます」
「情報の撹乱ならわたしに任せてください」
「朱鷺宮の実家にも連絡を回しておきます」
口々に俺を安心させるように話して対策を練り始める彼女たちを見ていると、俄かに安堵する。
この世界ではやっぱり俺はイレギュラーで、これからも色々なことが起きるのだろう。
だけど彼女たちが共にいてくれれば、どんな問題が起きても、なんとでもなるだろうと、そう思えた。
これにて完結となります。
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この次は、後日談でも書くかR18版を書くか、はたまた新作を書くのかまだ悩んでいるところですが、またお会いできましたら幸いです。




