望月莉子─作戦会議
あたし─望月莉子─は、Vtuber天草リコとして活動している。
高校を卒業してからすぐに入社してかれこれ一年と少しになるが、企業所属のVtuberということもあって数字的にはそれなりに成功していると言ってもいいだろう。
あたしのデビューは、同時期に入社した柊木柚葉が演じるVtuber追桐コノハと、いわゆるセット売りという形でデビューさせられた。
女同士の絡みなんてどこに需要があるんだと最初は思ったけれど、何も二人の関係性だけを売りにするというわけでもなく、当の関係性の方も時勢的に同性婚が珍しくない昨今では意外と言うべきか手ごたえは悪くなかった。
初めの頃は初対面ということもあって色々と戸惑ったけど、今ではプライベートでも仲良く……なんというか複雑な関係になっている。
「莉子…明日、楽しみだね…」
少し狭いセミダブルのベッドに、二人で横になって話す。
そう、明日はついにこの家にハルさんが来るのだ。
もちろんそれはあたしだって楽しみにしてるけど、柚葉に言われたら……なんとなく面白くない。
「あーあ、柚葉は長年愛し合ったあたしよりもハルさんを選ぶんだね。あたしは悲しいよ」
「長年って一年じゃん……それを言うなら莉子だって──って、あっ、ちょっと、やめ」
反論をくすぐりで封じる。柚葉の弱点なんてもう分かりきってるのだ。ふふん。
なんて調子に乗ってたら反撃を喰らうのもいつもの流れで、狭いベッドの上でもつれながらくすぐり合えば、互いに息を切らしながら休戦を要求する。
「はぁ……はぁ……もうっ、莉子はすぐそうやって誤魔化すんだから……」
上気した顔の柚葉を見ると、ゾクリと背中が粟立つような気持ちになる。
最初は仲良くなるためだとか、オフコラボ配信もやりやすいよねなんて軽い気持ちで同棲を始めたけれど、互いに興味本位で関係を持ってしまってからは、いつしかそれが当たり前になってしまった。
恋だとか、愛だとか、そういうのを全部ぶっ飛ばしての関係は、なんて名前を付けたらいいか分からなかったけれど、いつかは柚葉と結婚するのかもしれないなぁなんてぼんやりと考えていた……彼に出会うまでは。
元々オフの時は、二人でいろんな配信を見て過ごすことが多かったあたし達だったけど、彼の配信を初めて見た日は今でも忘れられない。
彼の配信を見て、ふと互いに顔を見合わせると同時に理解した。
あっ、こいつ恋に落ちた顔してるな……と。
きっとあたしも同じような顔をしていただろう。
それからは二人とも無言で配信を見て、終わったらいつもよりも少しだけ激しい夜を過ごした。
それが、恋に落ちて燃え上がった心のせいなのか、それとも嫉妬心からなのか、分からないくらいにはぐちゃぐちゃな感情だったことは覚えている。
「ねぇ……もしどっちか一人だけがハルくんと付き合うことになったとしたらどうする?」
上がっていた息が落ち着いてきたところで、柚葉が問いかけてきた。
彼の配信を一方的にあたしたちが見ていた時は、決して叶わない夢物語だったものが、何度かのコラボ配信を経て、ついにはオフコラボとして実際に会えるとなっては、もしかしたらワンチャンいけるのではと考えてしまっても無理はないだろう。
でも、あたしたちの関係はとびっきり複雑で、互いに少なからず想いあっていて、関係まで持っていながらも、二人とも同じ別の人に恋をしている。
二人の内一人だけがハルさんと結ばれる……それは、無意識に考えないようにしていたことだった。
二人を受け入れてくれるか、そうでないならいっそ二人ともまとめて振られてしまった方がいい。
「あたしは……、一緒じゃなきゃ嫌だ」
「ふーん……じゃあ、もし私が振られて、莉子が一人だけハルくんと付き合うなんてことになったら、その時は莉子の方から断るんだね」
うっ……あたしにそんなことができるのかな……。
少しだけ妄想の世界に潜って考えてみる。
この恋が叶って、ハルさんと付き合うことになったあたしは、間違いなく幸せなはず……でもそこに柚葉の姿が無いとしたら、その幸せを素直に感じることができるのだろうか。
やっぱり答えは無理だ。
「あたしは、断れるよ。柚葉はどうなの?」
「私も同じ」
間髪入れずに即答する柚葉は、考えないようにしていたあたしと違って、もうとっくに答えが出ていたように見えて、少し嬉しくなった。
手を伸ばせばすぐに触れ合える、この距離が心地いい。互いの指を絡めればフニフニと柔らかくて、暖かくて、さっきの嫌な想像が溶けていくような安心感を覚えた。
「ねぇ、そんなこと考えるよりも二人とも受け入れてもらえた時のことを考えた方が楽しいよ!」
「うん……そうだね。じゃあ眠るまで作戦会議しよっか」
オフコラボなんてそう頻繁にできるわけもなく、今回を逃したら次にハルさんに会えるのがいつになるのか分からない。
少しでも進展させたいし、できることなら今回で勝負をかけたいところだ。
どうしたら二人を受け入れてもらえるのか、ハルさんはどんな女の子が好きなのか、そんなことを話しながら夜は更けていった。




