雨宮芽衣─面接
今日は朝からずっと緊張しっぱなしで、数日前に買った面接の対策本を読んでみたり、ネットの面接関係の情報を漁ってみたりするものの、あまり頭に入らない。
もちろん何がなんでも受かりたいと思っていたが、ネットを見ても面接には進めずお祈りメールがきたという報告ばかりで、自分もダメだろうなとどこか諦めの気持ちがあった。
ところがまさかの書類選考合格。
なんで私が?と思った。
ネットでは万超えの応募が予想されており、SNSでも超一流大卒や一部上場企業の管理職など華々しい経歴を持つ人すら落ちたという報告から、それこそ彩葉さんのような突出した天才でもない限り無理なのだろうと予想されていた。
一方私なんかは地方の三流ブラック企業で一般平社員と言う名の奴隷労働。一応国立大は出ているものの、どう考えても平凡にすぎる。
まだ年齢も24歳と社会経験も足りていないだろう。
いちおう社長のハル様と副社長の彩葉さんよりは年上だけど…
もちろん学歴や経歴が全てでは無いだろうが、一般的な書類選考ではそこが最重要視されるはずだ。
まあ…ハル様の会社が一般的では無いことは確かだ。独特な応募フォームで、配信者としてのハル様についてのフリー記述とかあったし…一番意味不明だった質問は自分の性癖を書かされたとこだけど…
きっと熱意を買ってもらえたのだろうと前向きに考える。
いよいよ面接が始まる。
事前に伝えられていた18時ちょうどに、パソコンのビデオ通話アプリに着信が入った。
『こんにちは、雨宮芽衣さん。はじめまして』
「─ッ! は…はじめまして、よろしくお願いします」
繋がった映像には、こちらの緊張をほぐすように笑顔で挨拶してくれるハル様。
だけど、そのハル様に密着するようにくっついている伯亜さんを見て一瞬言葉が詰まりそうになってしまった。
羨ましい!!!!
しかしこれはきっと彼女の策略。
予想外の事態に対するこちらの反応を見ているはずだ。動揺してはならない。
互いに簡単な自己紹介を済ませて少し落ち着く。
『じゃあ、さっそくだけど志望動機を…もちろん応募フォームには目を通してあるけど、あなたの口から聞かせて頂けますか?』
志望動機を聞かれる。私の応募フォームを、ハル様が読んでくれただけでもう嬉しい。
ただ書いたことをなぞってはだめだ、自分の言葉で伝えなきゃ…
「はい、私の一番の志望動機はハル様…いえ高梨社長への恩返しがしたいからです。」
私は…一時期は何ヶ月も休みをもらえず、一ヵ月あたり四百時間を超えるような労働環境もあり、メンタルを壊して心療内科にも通う日々だったけど、配信者としてのハル様と出会って、生きる希望を見出した。
あの頃の私は、いつ過労で死んだっておかしくなかったし、それでなくても不意に命を断ちたい衝動が日に日に大きくなって、もうダメだと思った時に、ハル様のことを知った。
ハル様は私にとっての太陽だった。
明るく道を照らしてくれる。
その暖かさで心を包み込んでくれる。
それからは、ブラック企業がどうしたとばかりに、何も労働環境は改善されていないのに、私はみるみる活力を取り戻して自分でもびっくりしたくらいだ。
心療内科の先生にハル様のことを話したら、先生も知っていて盛り上がったっけ…
ハル様の配信だけが心の支えだった。
どれだけ頑張っても会社では報われず、手取りも入社してからずっと12万円と薄給で、不満しかなかったけど、おかげでハル様にコメントを拾ってもらえた時は逆に嬉しかったなあ。
でも恩返しがしたくても、ハル様はずっと投げ銭を有効にしてくれず、悶々としていた頃にこの募集があった。だったらハル様のために働きたいと、そう思ったのだ。
『あー、あの頃の手取り12万ネキ…なんだか元気そうで安心したよ』
ハル様は私なんかのコメントもちゃんと覚えていてくれた。やっぱり素敵な人だ。
『でも志望動機としては。俺の為に働きたいってだけでは…あまり健全とは言えないかな。自分の為に働かなきゃ、また心や体を壊してしまうかもしれないよ?』
ハル様は優しい。そんなあなたのためだからこそ私は頑張りたいのだ。
「自分のため…ですか。でしたら以前にハル様…すみません、高梨社長から言って頂いたように美味しいものとかを食べるとかですかね…?」
以前コメントを拾ってくれた時のことを思い出した。
「でも高梨社長のために働きたいって言うのも、決してただ私が利他主義だという話ではなくて、自分の為でもあるんですよ。自分がそうしたいっていうのもそうですし、単純に…その…お近づきになりたいみたいな気持ちもあるわけですし」
私だって女だから、当然そういった欲求だってある。
無償の奉仕ではなく、ハル様に尽くして、お給料以外の見返りを期待したい気持ちもある。
ちょっとだけハル様の隣の彩葉さんの眼光が鋭さを増したように見えたが、負けない。
それからいくつかの質問に答えて、できる限り自分のできること、得意なことをアピールした。
小さい会社ではあったが、人事、総務、経理と殆どの事務作業を押し付けられていたせいでそれなりに出来ることは多いつもりだったし、何よりブラック労働に耐えた根性もあるつもりだ。
『うん、雨宮さん、今日はありがとう。最後に聞きたいんだけど、もしマネージャーじゃなくて事務員としての採用だったとしても、ここで働きたい気持ちはあるかな?』
これは、もしかしたら好感触なのでは…?
「はい! まったく問題ありません!」
『ん、ありがとう。…伯亜からは何かある?』
ハル様がとなりの彩葉さんに問いかける。
名前で呼び捨てなんだ…いいな。
『んんッ…スゥー、あなたがここで働きたいなら、わたしとしては、まずあなた自身の覚悟を示してほしい。確かに献身は美徳かもしれないけど、それが行きすぎれば奴隷と変わらない。今から送るものを見て』
彩葉さんから送られてきたファイルを確認すると、そこには私の表向きの勤怠記録と給与明細、そしてそれと対比するように3年分の実際の勤務時間を会社の事務用PCのログイン時間から割り出したものが添付されていた。
更に私が通っていた心療内科の診断書も添えてある。
いったいどうやってこんなものを…
『それを持って戦ってください。未払い残業代の請求、本来支払われるはずだった治療費、慰謝料諸々勝ち取りなさい。やり方が分からなければ、わたしが手伝う』
そんなこと考えもしなかった。
でも、ここで働くことと何の関係が…?
『わたしたちの会社は、奴隷を必要としていません。一緒に働ける仲間を募集しています』
彩葉さんは、覚悟を示せといった。
奴隷のようにただ従うのではなく、共に働ける仲間として行動できるのかと。
だったら迷う必要なんて…無い。
「わかりました。彩葉さん、ありがとうございます」
彩葉さんは、なるほど…ハル様の隣に立つに相応しい、強くて、かっこよくて、そしてちょっと怖い人なんだと思った。
もし入社できてもこの人には逆らわない方がいいかも…




