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アルベラン 六

ベルナイクはゴーデウスの姿に目を細め、笑う。


「良いだろう」


言いながらベルナイクは右手を上に。

武器を構えていた周囲の戦士達は、その所作を見て剣を下ろし、距離を取る。


「お前は良い戦士だな、ゴーデウス。知恵が回り、そうでありながら潔い」

「お褒めにあずかり光栄ですとでも言えばいいかい?」


笑って、大盾を前に突き出す。


「ガーカが大盾は己の身を守るに非ず。肩を並べる勇ましき戦士達を守るもの……大族長たる俺が見せねば、ガーカは終わりだ。偉大なる先人達に顔向けが出来ん。コレイスの館で、偉大な戦士と戦ったのだと精々吹聴しておくさ」


勇者は死後、武勇の神コレイスの館に招かれる。

先に行った偉大なる先達に酒を注がれ、浴びるように飲みながら、コレイスの酒の肴にそれまでの生涯を語り聞かせる。


周辺世界の戦士達に広く知られた信仰であった。

コレイスの館に招かれることは真の戦士であったことの証明であり、この上ない名誉。

そこで戦士達は未来永劫武を競い、夜には肩を組んで酒を飲むのだ。


「俺が恥を掻かないで済むよう、相応の偉業を成し遂げてくれると嬉しいもんだ。つまらない死に方はやめてくれよ」


大盾を前にした左半身。

右手の斧を柔らかく包んで垂らす。

緊張に力めば力むほど、己の身さえも手に持つ得物に縛られる。

刃を主人にしてはならない。

戦士は刃を支配する。


ベルナイクは堂々と歩いてこちらへ。

ただ歩くというだけで、はっきりと分かる力量の差。

重い長剣を左腰に提げ、重厚な革に鉄で補強された胴鎧――だというのに、肌着一つで歩くような、その重量を一切感じさせない歩法。


あの男にとっては重い剣も鎧も、その全てが体の一部であった。

同じ若造と呼べる年齢。

だが、根本的な部分で全く異なる。

輝ける者との異名通り、ベルナイクは生まれながらにコレイスの寵愛を受けた戦士であった。

一段抜けた戦士というものは、一目見れば分かるものだ。


一つの命で一つを殺し、殺される。

互いに同じ人間、それが普通であった。

だが、人間は平等ではなく、一つの命で四人や五人、十や二十を殺す者はいたし、ゴーデウスとてその自負がある。


だが、上には上がいて、そんな戦士を容易に、十や二十と殺す者もいる。

目の前の男は間違いなく、その一人であった。


その一閃は間違いなく、頑強な盾ごと腕を斬り落とすだろう。

盾に刃を食い込ませ、捻り上げて得物を奪うは基本であったが、この男が振るう本気の一閃に反応出来るとは思わない。


この大盾と左腕は、この男のただ一振り、その僅かな時間を奪うためのもの。

胴は断たせず、その間に叩き付けるは右腕の斧。

決まるかどうかはわからない。

とはいえ、それで良い。

決まれば笑い、避ければ天晴れと笑えば良い。


――己が定めたことをただ、愚直に実行する。

究極、戦士はそれだけで良い。


しかし、


「……俺を愚弄する気か、ベルナイク」


ベルナイクはそのままゆっくりと歩いて近づく。

剣を腰へと提げたまま、六間、五間――本来ならば確実に、あちらの間合いに入りながら。


「言葉通りだゴーデウス。……お前は良い戦士だと、俺は既にそう言った」

「っ……!」


そうして距離は、もはや四間。

思考という娯楽を捨て、踏み込む。


左半身のまま姿勢を低く、踏み込みながら斜め頭上に大盾を突き出す。

抜剣の一閃では、流石にこの大盾は両断出来ない。

そして大盾とは武器でもあった。

直撃すれば容易に骨を砕いて命を奪う。


当然のように感触はなく、左右に姿はなく。

一瞬、陽光を遮る影。

ゴーデウスは瞬時に体を旋回させ、体が軋むも構わず、右の斧での一閃を後方に放つ。


大盾の上を背面で跳び越え、鮮やかに着地したベルナイクは斧の刃――その付け根にある柄へと、踏み込みと共に手甲を叩き付ける。

斧は止まり、まるで巨岩に斧を叩き付けたかのような衝撃がゴーデウスの手の内にまで響き、斧ごと体を絡め取られる寸前に手放し旋回。


左の大盾を水平に。

その首へと叩きつけようとするが、ベルナイクは斧を手首で絡め取って跳躍。

大盾を踏みつけ、ゴーデウスの体を大地に伏せさせながら、斧の切っ先を突きつける。


「……館に行くにはまだ早い。お前は俺と来るがいい」


息も切らさず、何とも色気のある声だった。

涼やかで、けれど纏わり付くように重い声。


そして斧をゴーデウスの前へと突き立て堂々背を向けると、決闘を眺めていた戦士達に告げる。


「アルベランがこの地に降り立ち、我がアルドスはその剣となることを決めた」


その言葉に、ゴーデウス達は目を見開く。


「この地にはいずれ、神の子の国が築かれるだろう。竜に恐れて日陰に暮らす、そんな我等にアルベランは、翳りを斬り裂き光を見せる」


ベルナイクは腰へと提げた剣を示した。


「……アルベランの下に集うがいい。我等アルドスの剣が神の子の右手に捧げるものならば、ガーカの盾は左手に捧げるが相応しい」


そうして、ベルナイクが向くは背後であった。

上体を起こして彼を見るゴーデウスではなく、背後の木々。

不意に、木々の一つから降り立つのは一人の少女。


高枝から飛び降りながら、まるで羽毛が落ちるが如くに音も無く。

柔らかく膝で受け止め、立ち上がる。

ふわりと舞った長衣の裾は戦場には場違いで、長い銀の髪と、宝石のように光を湛えた紫色が、戦士達を静かに眺めた。

見ていた者には、重さどころか実体さえないのではないかと思うほどに、軽やかな所作と、場違いな美しさ。


アルベラン、という言葉と共に降り立った彼女は、幻想と神秘を孕んでいた。


バザリーシェは悪戯っぽくベルナイクへと笑みを向け、よく気付きましたわね、と唇だけを動かし、憮然としたベルナイクは取り合わない。


彼女にとって、失敗してはならない最初の一歩。

それを他人に任せて後ろで待っているような人間ではなかった。

今後の評価も兼ねて、ベルナイクの戦いを見に来るだろう。

少し考えれば分かることであった。


決められた演出のようにベルナイクは剣を引き抜き、片膝を突いて彼女へ捧げ、ゆったりと歩くバザリーシェはその剣を手に取り、その切っ先を天へと向ける。


「アルベランとして、あなた方に問いましょう」


その声もまた涼やかであった。

透き通るように耳へと届く、子供の声。

そうでありながら言いようもない魔性を宿し、遠間にあって囁かれるよう。


「わたしと共に日向への道を歩むか――日陰で朽ち果て、腐れ落ちるか」


それからゆっくりと、その切っ先を正面に。


「選ぶのは今、この瞬間。進める道は二つに一つ」


選びなさい、と続けた言葉に、一人の戦士が膝を突く。

頭を垂れる男を見て、隣の男も膝を突き、そうした波は敵味方問わずに伝播していく。


それを眺めたバザリーシェは目を細め、くるりと振り返るとゴーデウスに微笑んだ。


「ガーカ大族長、ゴーデウス」

「っ……」


そして少女は、それ以上何も言わず、剣を持たぬ左手を差し出した。

ゴーデウスは一瞬迷った後、彼女の前に膝を突き、頭を垂れると、両手で掲げるように自身の大盾を差し出した。

それを見たバザリーシェは大盾を受け取り、笑みを濃く。


「これからは仲良くしましょう? 共に歩む者として」


ゴーデウスは応じるように、更に一段、頭を下げた。






そうして戦が終わり、死者の埋葬を。

死者はほとんどがガーカの側であったが、バザリーシェの命もあり、双方協力しながら穴を掘り、そこに戦士達の亡骸を並べていく。


それを遠目にベルナイクは眺め、その隣でバザリーシェが笑う。


「ふふ、更にあなたのことが気に入りましたわ、ベルナイク。要求通りにいらないものを処分しながら、双方に損害軽微……剣を抜かないという約束もちゃんと守って、わたしの要求を全部満たしてますもの」


いらない者、という言葉に見るのは中央にあった戦士達。

アルマスとロッティアという二人の長を失い、少なくない損害を出した彼らの中には、涙を流し別れを惜しむ者もいた。

とはいえ、それを見ても、彼女は笑みを浮かべたまま。


「始末が必要であったことは認める。だがどうあれ、戦士ではあった。心を痛めろとは言わないが、それを笑えば敵を作ると覚えておけ」

「色々難しいですわね……」

「お前にとって便利なアルベランという言葉も、信仰を土台に成り立つものだ。鋭き剣も誤れば、自分の命を奪うもの……お前が神そのものだというなら話は別だが、そうでないなら学ぶ努力はしておけ」


他の目がなければ、ベルナイクは畏まった言葉を使わなかった。

バザリーシェは確かに天才で、誰よりも強く、けれど戦士ではない。

戦士達の信仰に対する敬意さえも知らぬ彼女は、当然ながら他者から向けられる敬意の意味も分からない子供であった。


バザリーシェに畏まるのは、犬に宝石を与えるようなもの。

そうした無意味なことをベルナイクは嫌う。

やや不満げにバザリーシェはベルナイクを睨み、だってわかりませんもの、と唇を尖らせた。


「良い人が死ぬのは確かに残念なことだって分かりますわ。でも、自分の敵にそうやって憐憫を向けるのが、わたしには不可解ですの」

「根本のところで、お前が己のことしか考えていないからだろう、それは」

「……?」

「人は個であるが、群れでもある。そして視点を高く持つほどに、人は群れとしての幸福を考える」


個々の好悪は所詮個人のものだ、と口にする。


「意見は違えど、二人は群れの戦士として悪い男ではなかった。己の欲望のためではなく、アルドスのために剣を振るう。長である俺の命に反した二人の死は必然……だが、だからと言って、良い戦士であったという事実は変わらん」


バザリーシェは拗ねた顔を無表情に、じっとこちらを見上げた。

無機質にただ、大きな紫色を向ける。


「敵であっても同様。敵に回り、刃を向けた相手を殺すのは当然のことだ。だが、だからと言ってその価値は変わらん。戦士はやはり、戦士であって、そうである限りその価値が落ちることもない。……アルドスの長としての敵であっても、天の高みから見た人の群れにおいて、やはりそれは尊ばれるべき戦士だろう」


バザリーシェは少し考え込むように、なるほど、と口にした。


「ちょっとだけ理解出来た気もしますわ。説明も上手ですわね、ベルナイク」

「お前の躾は俺の仕事ではないが……」

「躾という言葉が大変失礼だということは知ってますわよ、わたし」


不機嫌そうに睨むバザリーシェに構わず続ける。


「お前が目指す場所に沿うものを見るがいい。お前が神になりたいと言うなら、何を学ぶ必要もなかろう。……だが、あくまで人の群れの中に混ざりたいなら、多くの学びが必要となる」

「む……」

「後者と考えたからこそ口にはしたが、どう考えるかはお前次第。後はお前の躾け役のあの男にでも聞くがいい」


そうしてこちらに近づいて来るミツクロニアを顎で示した。

その鎧には夥しい血。

ガーカの背後から斬り込んでいたのはミツクロニアと、ベルナイクに忠実なアルドスの戦士達であった。


脆弱となるであろう中央を押し込ませ、槍を持たせた両翼を前進。

両翼包囲の形を作り、距離を離して伏せていたミツクロニアが、角笛の音を合図に動き出してトドメを刺す。

今回の戦いはそういうものであった。

意外であったのは、弓兵のみで仕留められなかったことくらいだが、ゴーデウスの機転を褒めるべきだろう。


埋葬の式を執らせていたミツクロニアが戻ってくるのを見て、同様にガーカの戦士達を監視させているゴーデウスの方へと歩き出す。


「ベルナイク」

「……後はミツクロニアに聞け」

「決闘の相手がもっと強い相手ならどうしてましたの?」


眉を顰めて振り返ると、バザリーシェは無表情。

人形のようにじっと、こちらを見つめる。


「剣を抜くなと言ったのはお前だろう」

「では、それで殺されても抜かなかったと?」

「俺がそれまでの男だったということだ」


ベルナイクは当然のように口にした。


「……どうあれ俺はお前をアルベランと認め、剣と名に誓っている。それを曲げるような人間を、俺は戦士と認めない」

「あなたって、愚かですわね」

「好きに言えばいい。お前が仮になんだろうと、俺は俺だ」


バザリーシェはじっとベルナイクを見つめた後、子供のように笑った。

それから、じゃあ命令ですわ、と口にする。


「今後わたしの命であっても、勝手には死なないこと。死にそうになったら破ってでも、生き延びることを優先すること」


バザリーシェは指を立て、微笑んだ。


「……わたし、あなたともっと話がしたいですわ、ベルナイク」


その言葉に呆れたように、それは光栄なことだ、とベルナイクは答えた。

それからそのまま背を向けると、


「なので命令ですわ。勝手にどこかに行こうとせず、ここに残ってもっと色んなことを話してくださいまし」

「…………」

「まさかベルナイク、こんなことで剣と名への誓いを曲げますの?」


不愉快そうに再び、楽しそうなバザリーシェを見た後、近づいて来たミツクロニアに目を向ける。


「どうされました? ベルナイク殿」

「……お前はこの娘の躾け役だろう、ミツクロニア。俺の我慢が限界を迎える前にどうにかしろ」

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作者X(旧Twitter)

  2024年11月20日、第二巻発売決定! 
表紙絵
― 新着の感想 ―
おお、忌み子が人間を理解していってる…… 「我慢が限界を迎える」の意味が変わる時が来たりするんだろうか
仲間が増えたよ、バザリーシェ。 バザリーシェは性格は初期のクレシェンタっぽい? ミツクロニアやベルナイクがベリー的な存在になれば、変わっていくのかなあ? だけどこの話はGLなんだよな。 いや、ベリーは…
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