セレヴィス登場の回
アースファルトとの絆が深まったあと、私は王宮図書館に通って聖女としての勉強に励んでいました。
……そんな穏やかな日常に、
ある“黒衣の書記官”が、静かに風穴を開けてきたのです――。
あの日以来、私とアースファルトさんは、これまでと変わらず接していた。
けれど、どこか――言葉では言い表せないけれど、確かに“絆”のようなものが生まれていた気がする。
日々は穏やかに過ぎ、体調もすっかり回復した私は、そろそろ本格的に浄化活動を再開しようと準備を進めていた。
そんなある日――私は、王宮図書館で“聖女”に関する古文書を読みあさっていた。
“聖女としての心得”
“古き神々と契約するには”
“魂の浄化とは何か”
……どれも、眠気を誘う難解な文ばかり。
「はぁ……また寝落ちしてた……」
机に突っ伏したままの姿勢で目をこすり、散らばった紙束を整える。
――そのときだった。
「失礼。こちらにおられるのは、“聖女”殿でいらっしゃいますか?」
空気が一変する。
思わず顔を上げた私の視線の先に、ひとりの男が立っていた。
淡い銀髪に、すらりとした細身の体躯。
黒のローブに身を包み、表情はまるで能面のように動かない。
けれど、その瞳だけが不思議な色をしていた。――深い紫色。
「え、えっと……どなた、ですか?」
戸惑いながらそう尋ねると、男は丁寧に一礼した。
「申し遅れました。“影炎の書記官”、セレヴィス・ヴァルエルと申します」
どこか浮世離れしたその口調に、私は思わずまばたきを繰り返す。
「私の主より、貴女に一通の“詩”を託かってまいりました。
――ぜひとも感想を賜りたく」
「……詩?」
差し出されたのは、一枚の手書きの紙。
「主いわく、これは“聖女に捧げる、心からの想い”とのことです」
「え、あの……」
戸惑いながら紙を受け取り、恐る恐る目を通す。
『君のまつ毛に落ちた雫に、僕の世界は静かに滅びた――』
(……な、なにこれ!?)
「その……とても情熱的、ですね……?」
言葉を選んで口にすると、セレヴィスはほんのわずかに頷いた。
「はい。主は“神託”を受けたと申しておりました。
本日未明、四時ちょうどに“天啓を受けた”と――」
(天啓……? この詩が!?)
「申し訳ございません。主はたいへん……繊細で、情緒豊かなお方でして」
セレヴィスは静かに頭を下げながらも、どこか遠い目をしていた。
「……だが、ヴィルゼル様の詩は、やはり今回も……強烈ですね……」
「……ヴィルゼル……?」
その名を聞いた瞬間、頭の中で警鐘が鳴る。
(もしかして、この詩を書いたのって――“あの”ヴィルゼル!?)
「では、これにて。後ほど、感想を伺いに参ります。……逃げないでいただければ、幸いです」
セレヴィスは無表情のまま、すっと姿を消した。
まるで、そこにあった空気ごと連れ去られたような不思議な感覚だけが残る。
「……え? え? ちょっと待って、誰!? 何!? どこから入ったの!?」
訳もわからず、私は詩の紙を握ったまま、図書館の机に崩れ落ちた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
今回は新キャラ「影炎の書記官」セレヴィスの登場回でした。
彼の主――ヴィルゼルという名も、ほんの少しだけ姿を見せ始めましたね。
聖女カナコの平和な日常に、じわじわと忍び寄る“何か”。
今後の展開が一気に動き出す予感……かもしれません!
セレヴィスの超丁寧だけど感情の読めない話し方や、
ヴィルゼルのポエムにドン引きするカナコの反応など、
少しでもクスッと楽しんでいただけたら嬉しいです!
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