「悪魔の子と呼ばれた私を、あなたは救ってくれた」
※今回は、アースファルトの過去に触れるシーンです。
彼の静かな言葉に、少しだけ耳を傾けてみてください。
アースファルトは、焚き火の炎をじっと見つめたまま、ぽつりと口を開いた。
「聖女様……少しだけ、私の話を聞いていただけませんか」
その声は静かで、けれど、深い悲しみを湛えていた。
「……母は、貴族の屋敷で仕える、ただのメイドでした。
ある夜、屋敷の主人に……抵抗もできないまま、奪われたのだそうです。
そして、生まれたのが私でした。
母は、私の顔を見るたびに泣いていました。
“どうして、こんな顔に……”って。
きっと……愛してくれていたんです。だけど、私を抱きしめるたび、苦しくてたまらなかったんだと思います。
私が物心つく頃には、屋敷の正妻様に存在が知られていて――
怒りに震えたあの方は、私たちを屋敷から追い出しました。
『そんな穢れた子供、目障りだわ』と。
それから母と二人、流れ着いた村でも……
人々は私の顔を見るなり、眉をひそめて、指を差しました。
“気味が悪い”“悪魔の子だ”って……
子どもたちが投げる石から、母は何度も私をかばってくれました。
そのたびに、母の腕には、あざが増えていったんです。
それでも母は、毎日こう言ってくれました。
『あなたは、私の宝物よ。生まれてきてくれて、ありがとう』って。
……でも、あの日。
村に魔物が現れて……家も、母も、炎の中に呑まれてしまいました。
泣くこともできず、燃え跡にただ座り込んでいた私を拾ってくれたのが、あの傭兵団でした。
傷だらけで汚れていた私を、何も聞かず、ただ温かい毛布で包んでくれて……
そのとき初めて、“生きていてもいいんだ”って……そう思えたんです」
語り終えたアースファルトの頬を、一筋の涙が静かに伝っていった。
辺りには焚き火のはぜる音だけが残り、沈黙が降りる。
その静寂を破ったのは、カナコの、かすかな声だった。
「……ごめんなさい。私……あなたが、そんな過去を背負っているなんて……知らなかった」
カナコは、震える声でそう言った。けれど、まっすぐアースファルトを見つめるその瞳には、迷いがなかった。
「でも……それでも今、あなたはここにいて、私を守ってくれている。
それだけで、もう……十分すぎるくらい、すごいことだって思うんです。
私……あなたのこと、ちゃんと知れてよかった」
そう言って、カナコはそっと手を伸ばし、アースファルトの手を包み込む。
その手は少し震えていたが、あたたかく、やさしかった。
「生まれてきてくれて、ありがとう。
こんなに優しいあなたに、出会えて……本当によかったです」
アースファルトは目を見開いたまま、しばらく動けなかった。
やがて、小さく首を垂れ――声にならない嗚咽を、こぼした。
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最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
今回は、アースファルトの生い立ちと、聖女カナコとの大切なやりとりを描かせていただきました。
孤独の中で生きてきた彼が、誰かの言葉で救われる瞬間――
書きながら、私自身も胸がぎゅっとなる場面でした。
優しさの意味や、言葉の力を、少しでも感じていただけたなら嬉しいです。
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