「婚約者登場!? 王子の暴走と私の頭痛」
聖女としての日々がようやく落ち着いてきたと思った矢先、突然現れたのは――王子の婚約者!?
しかも、ちょっと怒ってる!?
心当たり……ないわけじゃないけど!
王子のせいで私に火の粉が降りかかってくるんですけど、どうしたらいいのこれ。
それからというもの、王子は何かにつけて私に会いに来た。
散歩に行こうとすればどこからか現れ、図書室に行けばなぜか先にいて、果ては祈りの場にまで「偶然通りかかった」と言って現れる始末。
……王子って、暇なの?
そんな疑問がよぎったが、私は王族をぞんざいに扱えるほど肝が据わっているわけでもなく、笑顔でやり過ごす日々が続いていた。
そんなある日、怪我で療養していたアースファルトさんが、私の護衛騎士として王宮に戻ってきた。
「……戻ってこられて、本当に良かったです」
「光栄です、聖女様。今後は、この命に代えてもお守りいたします」
その言葉が、素直に嬉しかった。やっと、心から信頼できる味方がそばにいる――そう思えた。
よし、これでやっとちゃんと“聖女”としての仕事が始められる。
……そう思っていた、矢先だった。
その日、アースファルトさん、メアリ、アンリとともに王宮内を歩いていると、長い廊下の先に誰かが立っていた。
青い髪に同色の瞳、気品のある立ち姿。扇子を手に、優雅に頭を下げてくる。
どこかで見たような――いや、聞いたような――そう、王子の婚約者!
そうだ。王子には婚約者がいるって、最初の説明で聞いたっけ。……すっかり忘れてた!
その女性は、冷たくはないが隙のない目で私を見つめながら名乗った。
「お初にお目にかかります、聖女様。私は、アリステリア王国宰相の娘、リーディア・エルネストと申します。そして……王子の婚約者でもあります」
――やっぱりそうだ!
思わず心の中でガッツリ驚いたけれど、私は一呼吸置いてから口を開いた。
「あの……今日はどういったご用件で?」
声が震えないように、ちゃんと目を見て話す。
こんな状況でも、私は逃げない。胸の奥に勇気を集めて、ちゃんと向き合う。
リーディアは丁寧に一礼すると、はっきりと告げた。
「最近、王子が聖女様に夢中だという噂を耳にいたしました。ご公務にも身が入らないご様子。僭越ながら――どうか王子に構わないでいただけないでしょうか」
……来た。これが、上品かつ強烈な“牽制”ってやつか。
私は一瞬迷った。
でも、すぐに首を振り、真っ直ぐ彼女に向き直った。
「誤解です。私は王子を呼んだことも、引き留めたこともありません」
声が強くなりすぎないように気をつけながら、はっきりと言う。
逃げるような態度は、誤解を深めるだけだ。
「むしろ、少し困ってるくらいなんです。だから、王子のことを大事に思っているのなら、ちゃんと話し合ってあげてください」
リーディアはわずかに目を見開いた。
そして――一拍置いて、少しだけ視線を逸らしながら口を開いた。
「……では、王子が一方的に愚かな行動をとっていると? 聖女様に夢中になって、私をないがしろにしているのは、彼の責任だと?」
いや、それを私に聞かれても……!
内心ぐるぐるしながらも、私は少しだけ苦笑して答えた。
「少なくとも、私は何もしていません。それだけは、信じてほしいです」
沈黙が落ちた。
リーディアは少しだけ息を吐き、静かに頭を下げた。
「……失礼いたしました。こちらの思い込みが過ぎたようです。ご無礼を、お詫び申し上げます」
そう言って、リーディアは踵を返して去っていった。
その背中を見送りながら、私はアースファルトさんの方に顔を向ける。
「……宮廷って、恋愛事情まで戦場みたいだね」
「油断なさらぬように、聖女様。ここでは、心と言葉こそが剣になります」
うーん。
やっぱり、異世界の朝は濃すぎる。
読んでくださりありがとうございます!
ついに現れてしまいました、正妻ポジの婚約者・リーディアさん。
今後もこの人、きっと何かと出てきます……。
主人公は流されつつも勇気を持って言うべきことは言うタイプなので、波風は立ちますが(笑)、応援していただけたら嬉しいです!




