130話 重荷
一足先に戻ってきたエリーゼはダイアナの容体を診ていた。ダイアナは人の身には余る魔術を使用した代償で魂魄の繋がりがより弱まったせいで、苦しそうに胸を上下させていた。
「少ないけど、あたしたちの魔力は使えないかな?」
魔力を分ければダイアナも存命できるが、それだけでは意味がない。むしろ苦しませるだけだ。
「うっ、うう……」
エリーゼの魔力を少しずつ分け与えているけど、一向に消失が止まらない。このままでは本当に消えてしまう。
「……よう」
「アベル!」
すると、外からひとりの黒剣士が、友人の家にお邪魔するように入ってきた。
(……気配を感じなかった)
同時に、ゴウとサキは戦慄せざる得なかった。仮にも絶大な力を持つ【魔王】を圧倒してみせた最高峰な魔剣士なのだ。途轍もない魔力と、勇者のサキでさえも片手であしらう技量をもつ……はずなのだ。
今はその逆。何も感じないのだ。
「大丈夫、後は任せて」
そう言って、ダイアナの元に近づいた。
「ごめん、俺が身勝手なばかりに負担をかけさせた」
「……帰ってきたんだね」
ダイアナの手を握って魔力を流し込む。ただ分け与えるだけではなく、定着させるように流していく。
「あれ……繋がっていく?」
「魂魄の繋がりをより強固に密接させている」
「む、無茶だよ!」
「大丈夫だ。もう少しリラックスして」
そして、鳴りを潜めていた魔力が膨れ上がる。ちぐはぐに繋がっていた魂魄を丁寧に繋ぎ合わせ、癒着させていく。
「ありえない……それは『魔法』の領域だよ」
そう溢したのは勇者サキだった。通常、魂魄の繋がりは概念的なものに近く、魔術をどれだけ学ぼうと知覚することすらかなわないほどに曖昧なものなのだ。
ただでさえダイアナが、縁を辿って探索魔術を展開したり、他者の魂魄を知覚するだけでも驚きだった。
しかし、目の前で起きている起きている現象はそれ所ではない。彼は魔術師ならば誰しも憧れ、到達せしめんとした最奥───『魔法』そのものだ。
「よし、これで大丈夫だと思うよ。しばらく魔術を使わずに療養さえしていれば完全に癒着する」
「すごい……でも、なんで?」
「なんでって、そりゃ……」
ぽりぽりと小恥ずかしそうに頬を掻く。
「大切な友達だったからな。もちろん、これからも友達でいてくれると嬉しい、かな」
その言葉に皆が呆然とし、プッとサキが吹き出す。
「な、なんだよ」
何がそんなに可笑しかったのか。ゴウの肩を掴みながら腹を抱えるサキに不服そうな視線を送るアベルだった。
「……ふふっ、ボクからもお願いするよ。ボクは昔の君を取り戻したくて、ここまで追ってきたから」
そう言って、ダイアナは微笑んだ。
彼らの絆は今ようやく、再び繋がったのだ。
「それじゃ、これからもよろ……ぐっ!?」
いい感じなのが気に入らなかったのか、エリーに脇腹を小突かれる。いや、ほぼ肘打ちだった。
「ぐぅ……何するの」
「フンッ!」
「……エリーもごめんね。長いこと君のことを蔑ろにしてきた。今度こそ君と向かい合うことにするよ」
「そんな言葉で誤魔化……」
「大切な友達だからね」
ピキィ、とエリーの方から亀裂音が聞こえた。
「なんてもう言わな……うおっ!」
「……えっ?」
既に出ていたエリーゼの拳を間一髪で受け止めた。
いつものやりとりに小さく笑って続けた。
「ほんと、口より先に手が出るようになったね」
「う……」
「大丈夫。あの時に言ったことは必ず守るよ」
真正面に言われ、その真剣な顔に見惚れた。しばらくして、はっ、と我に帰ったエリーゼは受け止めたアベルの手をはじいて、赤面しながらそっぽを向いた。
「ほぇ〜……」「…………」
その様子を見たサキと、ゴウはそれぞれ違う思いを抱いた。奇しくも彼が何者なのか、曖昧ながらも見抜いた今では当初とは違った印象を持ったのだ。
それは、驚嘆か、失意か、あるいは安堵か。
さまざまな感情が入り混じり、彼らはどう声をかけたらいいのか分からないでいたのだ。
「ひゃ!?」
「まだ本調子じゃないだろう。少しでも安静して魂魄を安定させないと」
ダイアナを抱え上げ、こちらへ振り向いた。
「君たちも、俺の大切な人を守ってくれたことを深く感謝する。帰るべき場所へ転移で送り届けよう」
「じゃあ、君の……」
「いや、俺たちはもとより冒険者だ。ここから旅を続けなければならない理由もある。その旅中となるが、いずれはシバ国に寄りたいと思う。その時に丁重に迎え入れてくれることを約束してくれないか」
「……わかった。その時が来たら私の持てる全てでもてなすことを約束しよう」
淡々と済んでいく離別。安定したとはいえダイアナの容態はあまり良くないのもあり、早急に帰られなければならないのは理解している。
だから、手を煩わせないようにそう言った。
「………」
それでも、この他人のような会話に酷く抵抗を感じたのはゴウだった。確かめたいことだって、聞きたいことだって多くあったが、それもはばかられる。
彼が、あまりにもこの世界に馴染んでいたから。
「ではな、また会えることを願っている」
そう言って彼は出て行こうとした。遠ざかっていく黒剣士を引き止めるべきではない。自分がどれだけわだかまりを感じていようと関係ないのだ。
彼には彼の人生、この世界で歩んできた生き方というものがある。自分たちを知らないと言うのならばもはやかけるべき言葉はない。
彼は今日知り合った剣士であり、この世界の人間なのだ。遠ざかっていく彼の背中を見届けることが正しいだろう。
そう、思っていた矢先に。
『ゴウ! サキ!』
その声に、いつの間にか俯いていた顔を上げた。
『俺も色々と話したいこともあるんだ。その時とはいわずにさ、近いうちに飯にでも行かないか』
その言葉は、この世界の言語ではない。
元の世界にいた頃の言語だった。
『ユキナとも一緒にどうだ。俺の奢りだ』
『………なぜ』
『どうした? 何か都合悪いことでもあったのか』
言葉が詰まる。というよりも言葉が見つからない。
彼は前へと向き合えたが、自分はいまだに後ろを見ているのだ。そんな自分になんと声をかけたらいいのか分からなかった。
『……ゴウ、俺はもう帰らないけど、お前たちを元の世界へ帰るのには協力するよ。俺自身が《真祖》に近づいたから多少の強引な方法は思い浮かぶが……』
『違う! お前は……っ』
『……そうだな。これははっきりさせるべきだな』
去る足を返して、彼は淀みのない声で続けた。
『今も昔も俺たちは友達だろ。友達が困っていたら助けてやるのは普通のことだろう?』
ごく当たり前のように、そう言われた。前世の時ではそんな台詞を堂々と吐くような性格じゃなかった。
『……おまえ、そんなこと言う奴だったか』
『うるせぇ』
フッ、と互いに鼻で笑って、今度は大きく口をあけて笑い声をあげた。彼らの気軽さこそが『親友』である何よりの証だった。
『その、まぁ何だ。こっちで頑張ってるみたいだな』
『うん、約束もたくさん出来た。前と比べて大変なことも多かったけど、充分に恵まれたおかげで何とかなっているよ。何、約束ひとつくらい構わない』
『ほんとかよ?』
『いつも目を背けてばかりだった。お前たちのことも、この世界で出会った人たちからも逃げていた。逃げた先は何もないというのに……前世の時もちゃんと受け入れていれば、幾らでも道はあったのにな』
『瞬……』
『前世の人生は終わってしまったけど、この世界で得たものはたくさんあったよ。この世界の人間として知識も、戦い方も教わってきた。なにより、約束があることの力強さも知った』
得たものだけではなく、失ったものもあった。
それでも約束だけは失わなかった。自分に託していった者たちの確固たる繋がりは未だに此処にある。
それが自分を奮い立たせる後押しをしてくれる。
『だから、俺自身のためにも約束させてくれないか』
それを聞いた瞬間、ゴウの中に抱えていたわだかまりは吹っ切れた。彼はこの世界での在り方をもう決めているのだ。
『……そうか。ここで変われたんだな』
少し悔しくもあるが嬉しい気持ちもあった。前世では得られなかったものをこの世界で手に入れたのだ。
『ひとつ、聞かせてくれ』
『うん?』
『お前は……自分のことは好きか?』
ぽかん、と少し間を置いて、友はこう答えた。
『……多分?』
相変わらずハッキリしない答え。だけど、前は多分すら言わなかった。いつでも日常に飽き飽きしていた奴がこの世界でしっかりと生きようとしているのだ。
『よく分かんないけど……それよりどうなんだ?』
自分のためと言っておいて結局他人事なのだが、それでも約束させてくれと言ってくれている。彼がこの世界でどう生きたのか、そのすべてを察することはできないが───『約束』が彼を変えた。
それだけは理解できた。ならば、これ以上の固執は逆に枷となるな、とゴウは頭を掻きながら小さく嘲笑した。
『……そうだな。情けないことに俺たちは何十年も帰れないままなんだ。お前が良いと言うのなら、俺たちに力を貸してくれないか』
ひとつ、ふたつ、みっつ。
大切な人との約束が増えていく。
責任も伴い、決して反故にしてはならない。
『おう、全力を約束する』
でも……それは重荷ではなく、導いてくれるもの。
───前に進むための原動力となるのだ。
読んでくださりありがとうございます。
130話で六章完結予定でしたが、思ったよりボリュームが多くなってしまいました。少し伸びます。
あと、130.5話と131話で六章メインストーリーが本当に完結します。その後に幕間もいくつか書きながら一章の大改稿に着手します。




