125話 その世界①
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「うわっ!?」
ビクッ、と俺は肩を震わせて目を覚ました。突如と床が抜けて落ちたような感覚に叩き起こされた。
「……ん、ここはどこだ?」
前には黒板があって、均等に机が並べられている。
そうだった。ここは教室だった。
「いつの間にか寝ちゃっていたか」
ふあ、と欠伸をあげる。期末テストが終わって一息ついたところで寝落ちしてしまっていた。
「んじゃ、帰るかあ」
鞄を肩に下げて教室から出る。今は冬だからか、日の沈むのが早い。薄らと橙色が消えていき、寂しい廊下が伸びている。
「………はぁ、進路どうしようかな」
手には進路希望の用紙だ。鞄には多数の推奨大学のパンフレットが入っている。
いつも成績が上位で、天才だ、秀才なんとやらと言われてきたが、死ぬほど勉強してきた成果が数字に出ているだけだ。
決して裕福ではない家庭に生まれ、皆が望む姿を体現しようと努めてきただけで、やりたいことは特に考えてなかった。
「……そうだ。どこでもいいから県外の大学に行けば、学校からも親からも離れられる」
そうすれば本当のやりたいことが見つけられるかもしれない。当てのない目標かもしれないが、学校の時とは別の自分に生きてみるのも悪くない。
「よぉ、シュン! なに、ぶつぶつ言ってんだよ?」
「ん……ゴウか。部活はどうしたんだ?」
丸頭のゴウは肩を組みながら、そう言ってきた。
「今日は早かったんだよ。さっき終わったところだ」
自慢じゃないが、当校では空手のエースのゴウとは幼馴染だ。俺の悩みを知る数少ない友人でもある。
「それで、今度は何を悩んでるんだ?」
「どうすれば自由になれるんだろうって考えてた」
「なんだそりゃ」
そんな反応にもなるよなあ。
まあ適当に言ったんだけども。
「いや、どこの大学に行こうかなって悩んでたとこ」
「お前の成績なら選び放題じゃないのか」
「……まあ、そうなんだけども」
推薦状も貰ってるし、大学はある程度は選べるが、そこで何するかと言われると何も考えてない。とりあえずこの町から離れればいいとも思っているのだ。
「だったらよ、俺の行きたい大学はどうだ?」
「お前がスポーツ推薦を狙ってる大学?」
「そうだ。うちに来たらまた一緒に遊べるだろ」
確かにそれも悪くない。俺の悩みを知るゴウならば、入学後どんな自分になろうと受け入れてくれるだろう。
「なんてな。俺も適当言っちまった。今のは忘れ…」
「……そうだな。それも悪くないか」
「おいおい、そんなのでいいのか?」
いいのかと言われると良くないだろう。真面目に勉強して行きたい大学に行く人だっているのだ。
「やりたいこと探しなら、最低限の履修さえクリアできていればどこでもできる。だから、いいんだよ」
「そうなのか」
よく分からないとばかりの顔だ。ゴウは子供の頃から空手一筋だったからか、入学後のことはまだ考えてなかったようだ。
「ん、誰かいるぞ」
「んー……暗くて見えないな」
校門に一人の女の子がいた。誰だろう。
「あっ、シュン! 待ってたよ!」
「ああ……なんだ、トワかよ」
「なんだとはなによ!」
こいつも幼馴染のひとりだ。ことあるごとに小言を挟んでくるやつだ。小姑かでもいうほどに構ってくるから、もう少し放ってほしいのが正直だ。
「さっ、帰ろっ!」
「ああ」
帰る。いつもの家に。
暖かいご飯と風呂が待っている。
「ねえ、進路どうするの?」
「ゴウの行く大学に行こうかなって」
「えっ、あんたらまさか、つきあっ……」
トワは顔を歪ませながら後退りした。俺がゴウと付き合っている的な展開でもない。妄想が過ぎる。
「ちげえよ。俺はここから離れて、遠い大学に行きたかっただけだ」
「……ふぅん」
やりたいこと探しの延長かもしれないが、それも大学を目指す理由の一つにしてもいいだろう。
「俺、こっちから帰る」
「えっ、そっちは家じゃないよね」
「少しひとりで散歩したい気分なんだ。変なとこには寄らないから大丈夫だ」
「そっか、気をつけてね!」
「ああ、じゃあな」
たまに違う道で帰るのが趣味だ。いや、趣味というほどでもないが『いつもと違うこと』をやりたいだけでもある。学校という決まった枠組みから少しでも離れたいという小さな抵抗だったりもする。
非日常を求めている、っていうわけでもない。ただ単に決まったレーンから離れたいという無意識下で習慣化したのかもしれない。
「今日はこっちから行くか」
電柱の明かりが薄らと照らす暗い道。その奥にはコンビニがぽつんと横に構えている。今まで行こうと思って行かなかったルートだ。
空を見上げると日暮れ色はほとんど消え、夜空に染まりつつある。薄らと星も見えてきている。
「………ああ、本当に俺は何がしたいんだろう」
いつも夜道を一人歩いて、ぽつりと溢しているのだ。こうやって自分のちっぽけさを自覚しながら愚痴のように呟いている。
自分はこんなにも大したことないのだ、と。周りがそう言わないのであれば、自分でそう言い聞かせるしかないのだ。
意味はあるのか、と言われると特にないだろう。
ただ少しだけストレス発散になる。次へと進むために、自分は大したことはないのだ、と自覚することで目標のない勉強にも手がつけられるのだ。
「………はぁ、怠惰だな」
ふぅ、と白い吐息を空に吐き、星空を眺める。
それからしばらく歩くと鳥居が目についた。
「神社か。近場なのに意外と気付かないもんだな」
ライトはついていて、真っ暗というわけでもない。
少し階段がしんどそうだけど、せっかくの発見だ。
「参拝でもしていこうかな」
そう言って階段を一段ずつ、ゆっくり登っていく。
石段を時々確認しながら、頂点を見て進む。
蛍色のライトアップ が薄らと神社を照らしているが、こんな時間だからか誰もいない。
俺は財布からお賽銭を投げ入れて、平穏な日常が送れますように、と似合いもしない願いを込めて拝礼をする。
「……ふぅ、帰るか」
少しだけ気が晴れたかもしれない。ネガティヴ精神が落ち着いたからか、今度は何かやらなきゃなことを忘れてるような気がしてきた。
そんなことを考えながら踵を返して、さっさと帰ろうすると、神社の方から声が聞こえた。
【────君は何を求めているのですか?】
ナニナニ!? いきなりファンタジー要素だ。
願いを叶えてくれる神様が現れたのか!?
……まあ、冗談はさておき。自分で本当に何がしたいかなんてすぐ分かるもんでもないよ。
【ここがどんな場所か、君も理解しているはずです】
…………
【この世界は追憶、記憶そのもの……前世に歩んできた人生をなぞっているだけです。同じ選択、運命を繰り返し、同じ死を迎える】
…………何が言いたい?
【君の中につきまとった空虚を埋めるために、君はずっと戦ってきたはずです。ここで、あっさり諦めてしまっていいのですか?】
それの何が悪い。これがしぶとく抗い続けた結果なら潔く受け入れるさ。これ以上の抵抗は無意義だ。
俺は、前世の日常以上に求めるものはない。
【……何度も繰り返した追憶は摩耗し、いずれ魂ごと消失します。その鳥居をくぐると、こちらの世界には二度と戻って来れません。それでも進みますか?】
ああ、答えは変わらない。
後悔はあるかもしれないけど、それでいいさ。
空虚を埋める何かを求めたって、いずれは失う。
失うくらいなら、何もない方が良いさ。
【………そう、ですか】
じゃあな。明日に向けてまた勉強もあるんだ。
もう二度と呼び止めたりするなよ。
「……あ、食材足りないって言われてるんだった。急いで買って帰らないと母さんにどやされる」
そうして、俺は踏み出す。空虚な日常へと。
何も失わない、何もない明日へと歩むのだ。
『────行かないで』
諌めるような声と共に手を引っ張られる。
振り向くと、そこには純白の少女がいた。
読んでくださりありがとうございます。
次話はエリーゼ視点となります。




