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123話 なり損ない


 

【…………】


 魔神は眉間を寄せ、苛立ちを隠せない様子だった。


 そして、私はというと……


(………何も、感じない)


 神に渡り合える力を得た喜びはなかった。

 高揚感もなく、超越感もない。


 ただ無条件に己が剥がれ落ちていくのを感じる。このままいけば、私という『個』は完全に消滅する。


 ここから先は、時間との勝負だ。


【………喰らう】


 ぞるり、と。


 踏み出した足から黒泥が空間を侵食する。これに触れれば神であろうと侵食する。


 対し、【魔神】は手のひらに魔素を集め、圧縮が完了した魔弾は荷電粒子砲のように侵食する黒い泥を薙ぎ払われる。


 これが戦争ならば、軍一つが壊滅するほどのものだが、今の私には効かない。一切の攻撃を吸収し、己のものとする───【餓喰】の力が働いているのだ。


 そして、だめ押しとばかりの魔弾が飛んでくる。


【位相転移】


 それは、すでに実体のない虚像の泥だ。


 本体わたしは魔神の背後へと転移している。


終魔獄地エンドオブジアース


 地より魔力の奔流が昇った。至近距離に迫った私はそれに巻き込まれるが、かつての私とは違う。

 

 この攻撃はかつて食らい、以来二度と不覚をとらぬよう耐性を獲得するために【地獄】の権能をもって自傷を繰り返し(・・・・・・・)───【修羅】の進化を促進させて、あらゆる魔術に対する耐性を獲得しているのだ。

 

能力喰い(スキルイーター)


 これは名の通り能力スキルを喰らう術だ。腕が歪に変化し、アギトのようになった手で《真祖》の力を喰らう。


星落しステヘレス


 瞬間、私は地面に叩きつけられた。


【───ッッ】


 私のはるか上空から凄絶な衝撃が降ってきたのだ。


 【修羅】による耐性や【餓喰】の侵食を上回る一点集中の衝撃が降ってきている。それも一度ではなく、何重にも重なった重力が襲いかかってきていた。


 そのうえ、一撃を重ねるごとに圧力が強まっているのだ。常に私の耐性と侵食を上回りながら押し潰してきている。


 私はその衝撃に耐え切れず『破裂』した。


黒泥封鎖ダーティーロック


 魔素により近い存在となった私に『個』を執着する理由はない。より深く、より魔素と同化し、空間そのものを【畜生】によって支配する。


 魔神の周囲全てを私の体───黒泥で埋め尽くす。


魔の波動(マナバースト)


 かつて受けたものと威力が格段に違う衝撃が、空間を包む黒泥すべてを弾く。霧散していく魔素に紛れて、私は紅い眼を光らせる。


【邪眼】


次元剥離ディメンションレジスト


 やはり効かない。次元の剥離によって、邪眼の金縛り効果を打ち消された。


 ─────だが。


【位相転移】


 その魔術を使った直後は、ほんの僅かだけ私から認識が外れる。コンマ一秒に満たない視界のズレによる意識外に出た瞬間を狙って、はるか上空へ転移する。


【無間の魔よ、我が身を纏え】


 魔神を討ち、力を奪うには全能力を十全に解放する必要がある。


 しかし、今ここで『個』を失う訳にはいかない。


【我、深淵の使徒なれど、汝のしがらみより脱せし者なり】


 完全に魔素に還ってしまえば、私の願いも叶えられない。それだけは断じてさせてはならない。


【いざ、汝が為に代行者とならん】


 だから、支配を司る【畜生】の権能で全能力を操り、身をまとう【地獄】の湧き出る魔力に【餓喰】の権能を付与する。


 その上で、その魔素と肉体を常に行き帰りする不安定な状態を【修羅】の進化を以って強引に維持する。


【───神喰らい(ゴッドイーター)


 神を己がものとするべく、空翔ける黒き彗星。


 これが、今の私が出せる最高の一撃だ。


【……決死の特攻か。いいだろう】


 魔神は単なる防御結界を何重にも張り巡らせた上で、空より降ってくる飛行物に対して魔弾を放った。


 だが、構うものか。


 今の私には通用しない。防壁も魔弾も黒泥に触れればただの魔素と化し、私の魔力となるのだ。


【確かに貴様はヒトの範疇を大きく超え、神の領域へと迫りつつある】


 パキキキキ、と魔弾を吸収しながら、何重にも張り巡らされた防壁を突き破っていく。


【だが、俺を甘く見るな】


 すんでの所、魔神の手前で急停止する様に止まった。


【……次元歪曲ですか】


 単なる魔力の防壁ではなく、次元の防壁。見えざる壁とも呼ぶべき、ヒトには認識しえない結界だ。


 だが、今の私には知覚できる。


【引き裂け、神喰らい】


 魔神までの距離はあと一歩に見えるが、滅茶苦茶に次元が歪んでいて、見た目通りの距離ではないのだ。


 ならば、その歪みごと喰らってしまえばよい。


【────ッ】


 いくら喰らえど、魔神の手前の先に進めない。

 次元の歪みがより酷くなり、遠ざかっている。


【何も無窮を操れるのはお前だけでない】


 ……なるほど、喰らう速度よりも、早く次元の歪みを作り出しているから距離が縮まらないのですね。


 ならば────


【もっと喰らえば良い、か?】


 神喰らいの力を強めるが、それでも進まない。

 それどころか、押し返されてきている。


【確かに貴様は神に近しい存在となった……が、まだ余りにも若すぎる】


 人智を超えた魔を操る量が違いすぎる。同じ無限の魔だが、私は魔力の放出を操作しているだけで、【魔神】は放出する魔力全てを操っている(・・・・・・・・)のだ。


【言っただろう。あまり舐めるなとな】


 誤算だった。ここまで緻密に魔力を操れるとは思わなかった。【魔神】は私と戦うことに意識をほとんど向けていない。


 異空間に入った亀裂を即座に修復してみせた。今も私と戦いながら、異空間の管理もやってみせている。


 だが、意識を割いていないのならば尚更、好都合だ。同時に大きな『隙』でもあるのだ。


 緻密に編まれた魔力に対抗するには、私も………


【………いや】


 ────おそらく、時間も練度も足りない。

 ならば、純粋に力押しだ。魔神を倒すにはもっと力が要る。今ここで討ち勝つには、より多くの魔力を放出して飲み込むしかない。


【我が身を喰らいて、その偉業かみくらいを成せ】


 もっと、もっとだ。もっと自分を消し去れ。


 自分と引き換えに【魔神】を飲み込む力を寄越せ。


【────】

 

 この状態となってから感情はほとんど消え、ただ願望を叶えるためだけに動く生命体となった。


 ……はずなのに、私の頭にはひとつだけの疑問が浮かび上がっていた。


(何故?)


 ─────消えない。

 どれだけ自分を消そうとしても、消えない。


 いつ消えてもおかしくないほどに能力スキルを行使しているというのに、消えてくれない。


 それが足枷となっている。


(何故……何故………)


 強引に『個』を消そうとするが、消えない。

 消えてくれない。


 あと少し、そのあと少しが出来ない。


【────ッ】


 この力も、この願いも、虚栄だということは分かっている。何よりも俺自身が一番分かっている。


 だが、それでも諦めきれない。


 だから─────


【…………ふん】


 ピシリ、と。防壁に亀裂が入った。


 この瞬間を逃せば、永遠にチャンスは来ない。

 まだだ。もっと、もっと魔力を費やせ。


【あ、ぁあ、あああああ!!】


 込み上げる裂帛の叫び。


 パキリ、パキパキ、と亀裂が広がっていく。

 己の全てを魔力に注ぎ込み、歪みをこじ開ける。


【うおぁああああーーーーーーーーッッ!!!】


 割れた次元の壁が大きく広がっていき、ついぞ。


 霧散するように砕かれていった。


 そして、私は【魔神】の眼前へと迫る。


 後は触れて《真祖》の力を取り込むだけ。


 そうすれば、みんなが幸せになれる世界が……!



【───裁断の剣】



 その次の瞬間。


 魔神の手前から突如と白い刃が現れ、至近距離に迫っていたはずの私の体を貫いていた。


【が……あっ?】


 突然の現象に理解が追いつかないまま、私の体を貫いた白剣は、私ごと地面に突き立てられる。


 とっさに白剣に触れて喰らおうとするが、逆に私の手が消滅していた。


【あ………?】


 それどころか、私の体から急速に魔素が消えていく。より魔素そのものに近づいた私の体はどんな魔術でも吸収してしまう、はず……


 そして、手に力も次第に入らなくなり、起き上がる力も失われていく。


【あ、れ………?】


 なみなみと私の腹から溢れる黒い泥を眺めた。

 口からも黒い泥が鮮血のように溢れる。


【私は、一体何を……】


 認識不能の現象に理解が追いついていない中、己の置かれた状況にひどく覚えがあった。


「…………」


 この感じ、この光景、どこかで見た気がする。


 とても寂しくて、切なくも駆られるような衝動。


 ああ、そうだ。そうだった。


「俺は、まだやるべき事を……」


 前世でもやり残したことがあった。必死に生きようと最後に足掻いた。だから、今度の人生は後悔のないように精一杯を尽すと決めたはずだ。


 なのに。


 この体たらくはなんだ。

 何を成せた。何を救えた。


 ……否、何も出来ていない。


 今度こそ意味のある人生にしたい。

 そう思って、この決断したはずだろう。


「そうだ、俺はまだ………」


 なぜか湧き出る衝動。なにかに突き動かされる。


 今、この手に掴み取らなければならない気がした。


「俺は……死に、たく……」


 つい、溢れたものは、そんな言葉だった。


 しかし、そんな願いも虚しく、それは下された。


【判決 ───永劫幽閉】


 闇が俺を包み、全てが黒へと塗り潰される。

 そして、ガチャン、と檻の重々しい音が響いた。




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