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121話【虚飾】


 ────それは限りなく真黒の世界。

 『糸』を辿り、見えたのは暗闇の世界だった。


 ひどく静かで寂しい世界に、一筋の光だけが彼方へと伸びている。どれだけの時間をかけて『糸』を辿っていったのか分からなくなっていた。


 そこで気づく。


(時間の概念が曖昧なんだね……)


 どうにか感じる体の経過時間は十分弱といったところ。この世界での体感時間とちぐはぐなのだ。


 否、魂と魄が別々の時系列に分かれている。


(これ……どこまで続いてるんだろ)


 『糸』は、果てなき彼方へと伸びている。永遠を象徴するかのような世界に入った瞬間から、彼はすでに現実世界にはいないということは分かっていた。


 気が遠くなるほどの道のりの果てに一体何が存在するのだろうか。次元の終わりか、完全なゼロに至ってしまうのか、全く想像できないけど分かっていることはある。


 『糸』が彼へと続く道筋であるということだ。


 この先にいる。必ずそこにいる。そう信じて、やや下に向いていた視線を一筋の光の先へと向けた。

 

 その時────、異変が起きた。


(……太陽?)


 何もなかった彼方に、白い光が昇ってきていた。


 少しずつ光とともに地平線が横に延びていき、しばらくして白光が一際強まった瞬間、黒の世界が白へと染まっていく。


(なんて綺麗……)


 そっと彼方に昇る光に手を伸ばした瞬間、視界が真っ白に染まった。目を瞑りたくなるほどの白光だったが、不思議なことに眩しいとは思わなかった。


 手も、体も、白に照らされ何も見えなくなっていく。光に自己が溶けて、混ざって────……



◇◆


 ────数刻前。


 エリーゼたちのいる場所に信じられない光景が目に映った。大地が泣いているように揺れ、空を見上げると幻想的なオーロラが降っていたのだ。


「………何よ、これ」


 しかし、そんな光景などエリーゼたちの目には入っていなかった。


「肉塊が液状に……まるでスライムみたい」


 目にするは、地を這う肉塊。幻想的な光景に似つかわしくない、膨れあがる黒い肉塊だった。


【jふぃくうvdjどおえぼqjfっkhdyくおfjwhげ】


 一言でいえば、醜悪。

 まるで、神の失敗作のようだ。


「サキ、あれってもしかして……」


「うん……間違いないよ」


 一つの感情が其の体を支配し、渦巻く魔力は今もなお増長し続け、人族の範疇を遥かに超えている。もっとも人族といえるモノか怪しいところだが、それに該当する。


「………【魔王】」


 その肉塊の称号は────【虚飾】。


 ヒトの形をしていないが、生物であることには間違いない。ヒトの身に余る魔力は姿を変えて歪な怪物へ変貌させるという逸話もある。


「あの肉塊がアル……なんてことはないわよね」


「多分、違うよ。でも、近い何かだと思う」


 言葉にならない叫び声が響く。


 絶叫とともに肉塊が触手のように伸び、触れた箇所が干からび、枯渇した大地になった。


「ありゃ、放っていたら世界を侵食するな」


 ゴウがそう言う。確かにそうだ。

 魔力の増長に、止まる気配がない。


 空中の魔素をも取り込み、触れる物質の魔力をも喰らい、全ての魔素がなくなるまで止まらないだろう。


 世界に生命力まりょくが尽きるまで……


「だったら、ここで止めておかないとね!」


 凄絶な聖気が放たれる。彼女は自分のことを偽りだと言ったが、眩い輝きは《真なる勇者》のそれだ。



「聖剣よ、我が正義に応えよ『天翔輝剣エクスカリバー』!」



 問答無用で放たれた光が闇を裂き、光筋が彼方へと伸びていく。闇にとって天敵たる光の一撃を真正面に受けた黒泥は縦に割れ、ぐずぐずと溶けていった。


「サキ……あんた、おっかないわね」


「うぇ!? だ、だって、倒す流れかと……」


 突然現れた怪物に、いきなり大技を仕掛けるサキの思い切りの良さに引いていたのである。


「でも……まだよ」


 溶けていく黒泥が大泡を吹き出しながら更に増大する。より巨大に、醜悪に泡吹いて膨れ上がっていく。


【sぇyしcjづぁ、あ、こ、ここ】


 それは一つの生物へと変化していく。


 世界で最も多様な感情を持ち、かつ最も個体数が多い生物、ヒトの顔に変貌していった。



【───殺す!!】


「っ!?」



 凄絶な形相に睨まれ、サキは思わず震えあがった。


【tstゔぁ死死ねgぅ殺っshすydc殺うf殺してtdやる】


 明確な殺意を発した、それはヒトの闇を凝縮した生物に似た何か。憎悪、悪意、怨念……泥を生物と言っていいか分からないが、これだけは言える。


 ヒトという生物を強く拒絶しているということだ。


「『雷電拳』」


 雷の拳が泥を弾き、散り散りに霧散させた。

 それに合わせて、エリーゼは上空へと飛んだ。


「『天穿』!」


 膨らみ上がった肉塊が穿たれ、ポジュゥと空気が抜かれるように萎んでいく。


 しかし、破裂した孔の中から大泡が吹き出してさらに巨大化して行く。続けて、エリーゼが攻撃を続けるが一向に増殖が止まる気配がない。


 先ほどの大技エクスカリバーでも効いた様子がない。


 どうすれば、と僅かに剣を握る手が緩んだ瞬間、肩を強く叩かれた。


「いった!?」


「なぁに諦めようとしてるんだよ。一丁前に少女ぶってんじゃねぇ。見ろ」


 先ほどと比べて増殖が緩やかになっている。

 強烈な聖属の攻撃によって抑えられていたのだ。


「このまま攻撃を続ければ、いずれ止まるはず。ここで止められるのは俺たちしかいないんだ」


 肉塊から触手が伸び、鋭利な棘となって襲いかかってきた。


「『爆烈脚』」


 枝分かれする棘の全てを脚で弾く。


「お前はこの世界に来て間もないが、決して容易い道ではなかっただろ」


「……そうだね。少しだけボーッとしてた」


 さっき立ち直ったばかりなのに、何を弱気になっていたのだ、と聖剣を握りしめる。


「エリー、下がって。一気に掃滅する」


 聖剣を両手で構え、黒い肉塊を見据える。


「分かったわ。白き女神よ───」


 エリーゼが退がるのを見計らって、剣を上段に構えた。すると凄まじい聖気が放たれ、光柱が天を穿つ。


「聖剣よ、我が正義に応えよ」


 偽りとはいえ勇者たるサキには『正義』があった。

 世界を乱す敵を倒すという大義がある。


「『天翔輝剣エクスカリバー』!!」


 その輝きは信念の光。先ほどより更に強力な一撃。

 黒雲を裂き【虚飾】を一刀両断にした。


「まだまだまだまだまだまだ!!!」


 ただ前に進むしかできないあたしには小難しいことは考えられない。


 だから、押し進む。突き抜く。


 ────無限に増殖する?

 ならば無限に消し飛ばすだけだ。


「カリバーカリバーカリバーカリバーカリバーカリバーカリバーカリバーカリバーカリバーカリバー!!」


 増殖したそばから消し飛ばされ、どんどんと肉塊が縮小していく。増殖速度も決して遅くはないのだが、それを上回る凄まじい猛撃によって肉塊も小さくなっていった。


 まさにチート。過去にも類を見ない大技の連続。

 一撃一撃が必殺の《竜殺し》でさえ、ここまで激しい連撃ではなかった。


 それを見たエリーゼの反応は……


「…………うわぁ」


 当然である。一分の塵すら許さず、存在ごと消し飛ばさんばかりの勢いには引かざる得ない。


 ちりちりと肉塊が火の粉のように消えていく。


「でも、まだ消えてないわね」


 瞬間、肉塊が膨れ上がる。今まで以上に膨張する魔力がオーロラを覆い、空を黒く染め上げていく。


【jrKBグオwヴdgkrふwんりjcるへいうhrjしgyjcる】


 止まらない増殖。消し飛ばして尚、再生を止めぬ肉塊は眼前を埋め尽くした。


「うっそ!?」


 途轍もない再生力があったとしても、肉塊という物質がある以上、その中心たる核も存在する。


 それさえ砕けば、肉塊は崩壊するはずなのだ。


「……ここに核がないのかもしれないわ」


「となると、別の場所にあるってこと?」


「そうよ。もしくは……」


 核がない概念的な存在である可能性がある。


 エリーゼの『天盾アイギスシールド』も、一定の威力以下を全て無効化する概念が付与されている。つまるところ、一定以上の威力をぶつけられると概念が崩壊し、単なる魔力の盾となるのだ。


 目の前の肉塊も概念的な物質であれば、その概念の上限を超える、もしくは概念を破壊する必要がある。


 どこか、必ず弱点があるはずだ。


「威力、ではなさそうだよね。手数でいけるかなあ」


「恐らくそれも違うわ。退がる前に移動魔術を使って一気に千回斬ってみたけど通じなかったわ」


「燃やしてみるのはどうだ?」


「火も有効かもしれないけど……」


 確かに何かの属性が弱点の可能性もある。ただ、闇に強い聖気による攻撃は効いた様子がなかった。ゴウが放った爆撃もあまり効いていないように見える。


 最も効いたと見られたのは、聖気による攻撃だ。

 一時弱ったようだが、すぐに復活したのだ。


「……さっき死んでいた?」


「死んだ? 今は復活して……」


 ゴウはそこで言葉を止め、顎に手をやった。


「えっ、どういうこと?」


「聖気による攻撃で、何回か殺す必要があるかもしれないってことよ」


 ただ上限が分からない。無限の魔力はあれど、概念には必ず制限があるのだ。


 『全能の逆説』のように、神は余りに重過ぎて持ち上げられない岩を創造できるか、という命題は自己矛盾を示し、論理的に成立しないのだ。


 概念魔術も同様で、破綻した論理は成立できない。


 強引に論理を成立させている場合は、大抵逆説的概念をぶつけることで概念破壊することができる。


 もしくは、敢えて何らかの制限じゃくてんを課して、力を行使している可能性がある。


「十回……それ以上の可能性があるわ。ただの推測に過ぎないけれど、六英雄が【邪神】を討つ時、剣聖が十の剣で闇を浄化して、大魔導士ウォーロクが封印したって言われてるわ」


 シバの記録では、そう残されている。


 魔王以上の存在の【邪神】でさえ十回の上限がある可能性が高く、【虚飾】は実態のない肉塊がゆえに聖気による浄化のみで消せる可能性が高い。


「剣聖ユージンが持っていたっていう十剣か」


 他の【魔王】が討たれ、より強くなったことも含めて、高く見積もって【邪神】同等クラスの再生力があるとみなしたほうがいいだろう。


 推理に推理を重ねた予測だけど、賭けるしかない。


「ええ、可能性はあるわ。ただサキの聖剣は浄化力に特化していないから、さっきみたいにとにかく押し切るしかないと思う」


 剣聖ユージンの持つ神刀は、シバ最高の鍛治家系たる紫丁鍛治が大昔に打った国宝なのだ。


 曰く、闇を討ち払う為だけに特化したがゆえに、邪悪ではない者には一切の効力を持たないといった偏った特性を持つ。


 サキの持つ聖剣と比べて、単純な聖気の強さだけは匹敵するが、浄化力の一点においてはやはり神刀の方が圧倒的なのだ。


 神刀の浄化力に比肩するには、先ほどのように何回も何回も聖剣で斬り続けるしかないのだ。


「……あと九回か、それ以上。さっきみたいな攻撃で倒し切る必要があると思うわ。……サキ、やれる?」


 いくらサキがチートでも無謀にもほどがある。


 聖気とて生命力のひとつだ。勇者であるサキでも命懸けであることに変わりはないのだ。


「当然! 百回でもやってみせるよ!」


 あっけらんとした表情で笑った。


 彼女は、命を捨てる訳ではなく、命懸けということをよく分かっていた。それはつまり、ギリギリまで諦める気はないということでもある。


「分かったわ。でも、聖気が足りてないでしょ」


「う……根性で……」


「それでは死んでしまうって分かってるでしょ。足りない分は、私の聖気を譲渡するわ」


「え、でも……」


「大丈夫よ。放出は苦手だけど、内包する魔力や聖気だけは生まれつき多かったんだから」


 そう言ってサキの手を握った。

 すると、白い光が輝き、聖気が流れ込んでくる。


(エリー、君やっぱり……)


 それに気づいたのは奇しくもサキだけだった。

 サキに、足りない聖気がみるみる満たされていく。


「これで十分に満たせたはずよ。ついでに速度が向上する魔術も付与しておいたわ」


 後は任せた、とまっすぐサキの目を見つめた。その瞳にはやや光が消えていて、少し気怠げそうだった。


 サキを信じ、全ての聖気を譲渡したのである。


「……十分だよ。任されたよ!」


 エリーの決意に応えて、サキはひと頷きした。

 サキは足を前に踏み出して、肉塊の前へと立った。


 静かに集中するように、ゆっくりと聖剣を上段に構え、鋒が空へと向いた瞬間、聖剣から凄絶な聖気が放たれる。


「聖剣よ、我が正義に応えよ」


 すると、夜空を黒く染め上げた肉塊は、忌み嫌うように萎縮していった。


 放たれる聖気が引き絞られて極細の光柱となる。

 そして、足を前に踏み出して、剣を振り下ろした。


「『天翔輝剣エクスカリバー』!!」


 振り下ろされた極大の光線が肉塊に大孔を空けた。

 蠢きながら即座に再生を試みようとするが、この一撃はまだ続く。


 サキは腰だめに聖剣を構え直し、第二射を放った。


 抉り取られるように肉塊が消し飛ばされるが、それでも活動停止には及ばない。一度活動停止にまで追い詰めないとカウントされない。


「ふぅ……」


 己の中に意識を集中させ、残る聖気を確かめる。


「まだ十分にある。それからもう少し連続した攻撃に適した振り方に変えないと」


 溜めの動作があるせいで再生の隙ができてしまう。

 より斬撃を重ねて、より消費する聖気を減らす必要がある。


「こう……かな」


 先ほどの上段からの攻撃ではなく、下段の居合にも似た構えに変わった。乱暴にふるった連撃ではなく、より効率的に連続して剣を振るう工夫を試みたのだ。


「『天翔光連斬』」


 そして、繰り出されたのはより密度を高めた連撃。

 一息のうちに放つは───五撃である。


「もういっちょ!」


 二息目で六撃、三息目で七撃。より洗練されていく連撃は肉塊の再生する隙間を与えず、確実に剃り消していく。


「これで───、一回目!」


 八撃。四息目の連撃で、ようやく肉塊は一度の活動停止を迎えた。


【かhfんくぃdびうwbづwsっhづsjdbd!!】


 わずかな静寂の後に、再び膨らみ上がる肉塊。

 そして、気づく。それを口にしたのはゴウだった。


「……耐性を上げてきやがった」


 より深く、より漆黒色にサキの聖気に対して耐えるべく強引に肉塊の硬度を、魔力密度を上げたのだ。


「なら! それを超えるまでだよ!」


 聖剣を構えて、意気軒昂と飛び出した。

 繰り出される一撃全てが本来ならば必殺だ。

 【魔王】を討つ切り札なのだ。


「聖剣よ! 我が正義に応えよ!」


 極大の斬撃を何重にも重ねた連撃は、サキ過去最大の技へと昇華しつつあった。攻撃を重ねていくたびに消費する聖気も効率化されていく。


 ───二回。


 ────三回、四回。


 回数を重ねる度に、肉塊は勇者の聖気に対する耐性が完全なものとなりつつあった。咄嗟に十撃加えてみるも僅かしか効いていない。


【うtx殺おgrcjすれwp死ね殺しfyじぇqてやおfrcる死】


 かつてないほどに深く、漆黒へと染まり上がる。

 もはや、この世のどんな攻撃も通じない。


「これは……不味いぞ」


 サキの聖気ですら通る気がしない。

 このままでは自分たちも侵食されてしまう、そう思ったゴウは、サキの方を見た。


「……サキ?」


 彼女の目に────、絶望はなかった。

 それ所か溢れんばかりの輝きが灯っていた。


「まだだよ!ここからが───全力だよ!」


 そして、放たれる凄まじい聖気が肉塊を押し退けた。サキの聖気が肉塊の耐久を更に上回ったのだ。


 負けられない。


 その想いが聖気をより強く輝かせ、かつてないほどの聖気を放ち、雄叫びをあげた。


「おぉおおおおおおおーーーーっ!」


 その光はふたたび肉塊を穿ち、耐性を上げるたびに、それを上回る聖気によって押し返し続けた。


 何度も、何度も、上回り続けた。


 ────五回、六回。


 ─────七回。


 どのくらい攻撃したのか分からない。何回倒したのかさえも、サキの頭には分かっていなかった。


 あるのは、肉塊を裂く手応えと、まだ体が動いているという感覚だけだった。視界は見えてはいるが、何も考えられないでいた。


 無心に、確実に、着実に【虚飾】を斬り続けた。


 そして────、八回目。意識も掠れて、今にも倒れそうなサキは、それでも不屈の意志を溢した。


「はぁっ、ぜぇ、ぜぇ……まだ、まだだ」


 手が震え、聖気も底尽きた。


 まだあと一回消す必要がある、と聖剣を支えにもう一度構えようとするが、ついに静止の声がかかった。


「サキ、終わりよ。もう終わった」


「まだだよ……まだやれるよ」


「───いいえ、終わりよ」


 終わった。もう、何もかも。


 そう思って顔を上げると。


「本当に、お疲れさま。もうじきに消えるわよ」


 山のように膨らみ上がっていた肉塊は、人体等身にまで縮小していた。再生しようにも空気が抜けたように萎んでいく。


 それを見て、サキは惚けるように膝をついた。

 張り詰めていた緊張が解かれ、気が抜けたのだ。


「サキ!よくやったな!」


 合計にして───、一九二撃。限界を超えて、聖剣による猛撃をもって【虚飾】を倒したのだ。


「神聖なる使徒よ、傷つきし汝に癒しを与えん『回復光ヒーリング』」


「回復魔術……使えたんだ」


「譲渡した時は尽きてたけど、あなたが頑張っている間に少しだけ戻ってきたのよ。これで普通に歩ける程度には回復できたはずよ」


 僅かながら疲労と傷は癒え、よろついた足で立ち上がる。


「本当に核がなかったんだね」


「ええ、普通ありえない」


 先ほどまで人体等身の大きさだったが、さらに縮小して、雨のあとの小さな水たまりの様に萎んでいた。


【jshvqhぢえっjf……】


 苦悶するような声を吐き出した。その様子を見ながら、エリーゼはそれを明確に感じ取っていた。


「………やっぱり」


「どうした、何かあったのか?」


 あり得ない。でも、間違いない。


 時折、感じるアベルの魔力と同等のものだが……


 これはもっと深く、暗く、悲しみに沈んだ気配だ。

 アベルの気配の類似性、これほど酷く深い闇の魔力から導き出された答えはひとつだった。

 

「─────【邪神】」


 途方もない深淵の神。湧き出る闇そのものといわれる存在だ。幾つもの顔を持つ凶神だが、最も古く、信憑性の高い資料が存在する。


 エリーゼも彼の書斎から少し読んだ程度で詳しくは分からないが、これだけは分かった。


 邪神の『肉体』がどこかに封じられているという。


 そして、それは六英雄が【邪神】を討つ前の記録でもあり、それ以上の過去にも封印が解かれるたびに大陸を侵略されたが、その度に集結された英雄たちによって封じられてきたという。


「でも、なぜこんなところに?」


 ここが封印の地だったとしても妙だ。強欲の魔王は狡猾な魔王とも聞き及んでいる。気づいていたならば、利用する手立ても考えられていたはずだ。


 しかし、何もせずにアベルに討たれた。


 今のアベルは邪神の権能を御し、その強さはすでに人外の領域を超え、神域へと近づいている。それほどの相手に、邪神の肉体を利用しない手はないはずだ。


「持ち込んだ、っていう可能性はないのか?」


 あり得なくはない。だが、あまりにも突然すぎる。


 何の前兆もなく出現するなどあり得ない。これほどの気配であれば、この地に来るまでに異質感を感じるはずだ。


「……そうね。信じたくないけど、あり得るかもしれないわ」


 過去に会ってきた中で、気配を悟られずにエリーゼに近づける者は二名だけだ。そのうちの一人がアベルなのだが、彼は今ここにはいない。


 だとすると、必然的にひとりへと絞られる。

 幻術を得意とする世界最高峰の───


【jcりwげいjくぉfじょqげいっhfjshcじゅwhwg!!】


 すると、肉塊がもがくような絶叫をあげた。

 頭を掻き混ぜられるような気味の悪い声が響く。


「「「〜〜〜〜ッッ!?」」」


 精神干渉。それも攻撃的で、あらゆる耐性を持つ勇者ですら顔を歪ませるほどのものだ。


「エリー…… 大丈夫?」


「ええ……少し持っていかれたけど大丈夫よ」


 眉間に深い堀が彫られているものの耐えきれた様子を見て、サキは何かの確信を得たようだった。


「こんなの断末魔よ。放っても消えるはずよ」


 概念の上限を超え、肉塊が崩れていく。

 何もしなくとも消えていくだけだ。


「でも、念のために……」


「それは俺に任せてくれ。お前には及ばないが、この程度の肉塊を浄化するだけの聖気はある」


 ゴウがそう言って、エリーゼも頷いて同意を示す。


「我が拳に邪悪を癒す慈悲を『改邪帰正拳ベガルタ』」


 聖気を纏わせた拳で肉塊に触れて、完全に浄化しようとした途端───、眩い光が背後から放たれた。


「……え?」


 ダイアナのいる建物から眩い光が溢れていた。


◇◆


 かつて北陸最大国であったコロナ帝国が滅び、無人となった街は今もなお薄暗い夜に包まれ、静けさと共に存在し続けていた。


 そこに、血を滴らせながら引きずる暗殺者がいた。


「かなりの深手を負いましたが……間に合った」


 全身に大火傷痕で所々が爛れていた。少しずつ修復を試みているが、呪いのように中々治らないのだ。


「くくっ、くふっ」


 一見、物腰が柔らかそうな表情が突如と一変し、凶悪な笑みを浮かべた。


 あの時───、《原初の火(アドラヌス)》の命を賭けた一撃によって、瀕死にまで追いやられた。


 最後の炎は神をも弑する神炎だった。その光に全身を焼かれ、その炎に消し飛ばされる直前に、己を世界から切り離すことで即死は免れた。


 しかし、神炎は決して消えず、呪いのように全身を蝕んでいたのだ。回復魔術で相殺できてはいるが、常に全身に痛みが走っている状態なのである。


 それでも喜びのほうが勝っていた。


「くふっ、くひひっ、予想外の戦いではありましたが、ひとまずは我が最高傑作が手中に戻ったことを喜びましょう」


 彼の手には小さな肉塊が蠢いていた。どくどく、と脈打つような気味の悪い肉の塊だった。


「切り離した不純物はどうしようかと思っていましたが、我ながら良いアイデアです。【虚飾】に押しつけて勇者に掃滅させる……魔王の駆除と、面倒なゴミの掃除を同時に解決できた。まさに一石二鳥というものです」


 そして、懐から取り出すのは『種』。宝珠のような煌きがわずかに溢れ、まるで宝飾した宝石のようだった。


「【虚樹の種】……無限に魔力を吸って育つ樹木の種。成熟時には『星樹』にも匹敵する。かなり時間がかかりましたが、やっと発芽の条件が整った」


 発芽に必要な魔力は、一万人分の生きた魔力。自らの魔力を捧げるだけでは足りない。仮に虐殺で補充したとしても空中に魔力が空中に霧散し、種に必要な魔力を満たすことができない。


 本来ならば何万年ものの歳月をかけて大地から魔力を吸って発芽する、星樹の『クローン体』なのだ。


 急速に条件を整えるには、一万人の魔力を持った生命体に種を埋め込むしかない。


 ゆえに我々はその生命体を用意することになった。


 そして、北陸の完全消滅の引き換えに、その計画は達成されたはずだった───が、偶然そこにいた(・・・・・・・)剣聖によって【邪神】の権能は四つ引き裂かれ、権能の一部を持つ子供も引き取られてしまった。


 無論、その子供を利用するべく様々な画作を試みたが全て失敗に終わり、結果的に六英雄級にまで成長させてしまった。


 失敗に失敗を重ねたが、何も方法が潰えたわけではない。方法を、変えるだけだ。


 【邪神】が神とうたわれた理由は、身体そのものから魔力を生み出す能力、【地獄シェオル】だけではない。


 それは無限の魔力に耐えうる『核』にある。無限に魔力を溜め込み、途方もないエネルギーを作り出す炉のようなものである。


 彼の手元にある肉塊こそ『それ』である。


「溜め込んでいる魔力がどれだけあるか心配でしたが……リスクを冒した甲斐がありました」


 代理方法だが、核に溜め込まれている魔力を喰らわせて【虚樹の種】の成長を促すことはできる。


 ただ、世界最高の大魔導士といわれるウォーロクの封印術を解き、増殖する肉塊を除去して摘出する必要があり、様々な方面でリスクが高かった。


 しかし、六英雄を超えるまでに成長してしまった彼を相手することと比べて、リスクは低い。


 封印術を解除したことで、ウォーロクに感づかれることに関しては隠蔽できるうえ、山のように膨れ上がる前に摘出することは容易い。


 残る問題は増殖する不純な肉塊の駆除だったが……


 失った核の代わりに【虚飾】を利用することにしたのだ。他の魔王が討たれる前に傀儡と化し、この地に留めておき、押しつけ先を用意していたのである。


 綱渡りのような計画だったが、想定通り勇者によって魔王は討たれたようだ。


「……ここまでしたのです。あとは貴女次第。くれぐれもしくじらないようにお願いしますよ」

 

 とはいえ、暗殺者がいくら隠蔽と気配遮断に特化していようと領域内では丸裸に等しい。その監視は原初より解かれたことがなく、少しでも踏み入れば即座に消し飛ばされる。


 全能に近しい【魔神】の領域内だが、今は『彼』に意識を向けているため知覚領域が緩んでいるのだ。


 そう、今こそが絶好の機会だった。


【星々は道標 暗闇は魔 全てを内包せし偽りの黒天よ 汝らを導きたまえ───星よ、暗闇へと還れ】


 わずかに種が輝いた直後、蠢く肉塊に埋め込んだ。


「さあ 樹立せよ 偽りの星樹よ!」


 誰も知られず、ひっそりとそれは成された。





読んでくださりありがとうございます。


ここまでと決めていましたが、

思ったより掘り下げが深くなりました。


次はエンジェサイドの話になります。

竜殺しレイアも出る予定です。


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