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115話 もう一つの戦い


 『糸』は概念そのものであるが故に、強固な結びつきがあろうと、ぞんざいに引っ張れば切れてしまう。


 その上、感知にも長ける彼に気づかれないように辿らねばならない。慎重に、緻密に、糸を手繰っていく必要があるのだ。


「……きれい」


 そう溢したのは、サキだった。

 雪嵐をしのぐ宿内でダイアナは彼の居場所を知るために索敵魔術を発動した。


 その魔術は………まるで『魔法』だった。


 魔法はヒトが編纂した魔術とは違い、世界の法そのものを使役する。魔術の始祖ゲオルクが追い求め、ついぞ辿り着けなかった境地。そこへダイアナは間違いなく近づいていた。


「途轍もない集中ね」


 一瞬の緩みが命取りになる。


 邪魔してはならない、とサキとエリーゼは互いに頷き、途切れさせないために室外で待つことにした。


「……サキ」


 室外にはゴウが腕を抱えている。

 サキと死力を尽くして衝突した代償であった。


 拐かされていたとはいえ、仲間に剣を向けたことに頭を深く落とし「勇者失格だよね」と溢した。


「気にするな……とは言わん! めっちゃ痛かったんだぞ! ほら見ろ、こんなズタズタじゃないか!」

「うっ……」


 一見して強面でクールな印象のゴウだが、本性は違う。本来の性格は普通に気さくなお兄さんなのだ。


 その変わらぬ態度に一瞬で後ろ冷たさがほぐれた。


「ごめん、今から治すよ。神聖なる使徒よ、いと尊き御名のもとに運命を修復したまえ『神癒パナケイア・ヒーリング』」


 ズタズタになった腕がみるみる治っていく。

 通常なら腕を切り落とすしか方法がないのだが、神如き回復力で元に戻っていく。


 ぐっぱっと手を閉じ開きさせて動作を確認して、感嘆を溢すように呟いてしまった。


「相変わらず気持ち悪いな……」

「がーーーん!」


 そして、落とされる。

 大ダメージを受けるサキであった。


「違う、そうじゃない。すまん、聞いてくれ」

「キモチワルイ、キモチワルイ……」

「俺が悪かった。だから聞いてくれ!」


 完全に言葉選びを間違えたゴウであった。


「ふふ、仲がいいのね」

「うん! だって、もと───むぐぅ?」


 パッと明るくなったサキの口を早々に塞がれる。


「それよりも、ヤツはSS級冒険者だ。コイツ(サキ)は特例で自由に動くことが許されているが、通常のS級以上の冒険者は国から離れることはできないはずだ」

「……その王女が直々に許可が下ったのよ。一時的に国命のもとに独断で動くことが許されているわ」


 S級以上の拠点外活動権を持つ者はごく稀だ。普通はあり得ない権限だが、それをせざる得ない理由があったのだろう。


「……勘だけど、多分世界の存亡をも巻き込んだ戦いが始まると思う」

「なんだと?」


 きっと、それを止めるために王として動いている。

 シバを統率する彼女にしか見えない何か。彼女が知り、彼は知らない真実が隠されている。


 陰謀───勇者救出さえも一端でしかない。

 そんな気さえした。


「負けてられないわね。きっと……彼女も(・・・)戦っているから」


 そう呟きながら窓の奥に荒れる雪嵐を眺めた。

 その様子に、サキとゴウは頭を傾げた。


◇◆


 街道が慌ただしく行き通りする。左と右の通路に馬車の長蛇ができ、前代王よりもさらに物流が盛んになっていた。これは繁栄していると差し支えないのだが、世界に対する発言力が増しているともいえる。


 しかし、同時に影もより深まる。


 むろんシバが栄えることは喜ばしい事だが、光が増せば影も深まるのも必然でもあるのだ。それを明確に感じ取っていたのは他ならぬ彼女であった。


 シバを統率する現王、エンジェ・レウィシア。


「準備は整いました。あとは馬車を待つだけです」

「ありがとう、いつも助かるよ。小鴉丸」


 自主隠居を公言した前王オスカーより王位を継承して以来、かねてより懇意にしていたロベリア商会を完全に取り込み、力で勝てぬ存在を打ち勝つために《六英雄》さえも超えると噂される《魔剣聖》と婚約を成立させた。


 ただ、その改革があまりにも性急で、王族とはいえ女性であることに反対の声が上がり、シバを離反する者も多いのではないかと危惧していた。


 しかし、離反者は想定より少なかった。


 恐らく《世界円卓》という巨大なバックと、六英雄と魔剣聖という強力な抑圧があるがゆえに反発しようにもできなかったのだろう。


 ───と、楽観視していた。当時はうっすらとしか感じていなかったが、現在いまならわかる。


「エンジェ様、本当に行かれるのでしょうか」

「うん、王として国を守ることが使命だからね。異常に発達したシバを放っては置けないよ」


 そう、シバは異常なほどに繁栄している。

 言い換えるならば、肥大化している。


 国民は、現王エンジェの人脈と商人の敏腕で成し遂げたと口を揃えて讃えるが、真実は違う。エンジェは意図してシバを祭り上げ、崇めようとしている存在が陰にいると睨んでいた。


 そして、今。意図の果てまでは読めないにせよ、疑問をぶつけるべき相手のもとに向かうのだ。


「………アル」


 そこに置かれているのは……『神胤』。

 彼は勇者救出において師の形見を置いていった。


「エンジェ様……」

「大丈夫よ。そのために頑張ってきたもの」


 今のアベルは、暴君ネロと似た境遇にいる。


 表立って暴力は振るっていないけど、密かに確実に世界を侵食しようとしている。今のアベルは理想に殉じることさえも厭わぬ危険もはらんでいた。


「あなたが何を望もうと添い遂げるよ。でも……」


 それは意図していないもので、彼の意思でもない。

 知らずの知らずに闇を増大させているのだ


「今のあなたは本音じゃない」


 冒険者時代に感じた光に惹かれた。復讐の渦の中で、全てを救おうと抗った彼に添い遂げると決めた。


「間違っても、亡滅を是とするあなたじゃないよ」


 だから、優しかった頃の彼を取り戻す。真に堕ちてしまったというなら、引き戻すのと妻になる者としての役目だ。


「……きっと気づいてくれるよね」


 師から譲り受けた刀を持たずに去るということは彼の中に善心がまだ残っている。灯火のようにか弱い光だとしても、優しさは潰えていない。


 きっと踏みとどまってくれる。そう信じている。


「よしっ、ネガティブなのは終わり!」


 思い切り頬を両手で叩き、気合いを入れる。

 アルのためだけの手助けも向かわせた、邪魔をさせないように《世界円卓》にも釘を刺しておいた。


 しかし、まだだ。


「エンジェ様、馬車が到着されたようです」


 彼のためにできることはしておきたい。

 だから、いま動くのだ。


「分かった。今から行くよ」


 アベルのため、シバ国のため。

 その一心で馬車に乗り、ある領土へと発った。

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