114話 偽りの勇者
「あたしと戦って」
理由はない。これは勘だ。
この人と戦えば『それ』が納得できると思う。
「お前、まだ……」
「……お願い」
闇を燻らせた瞳ではなかった。
己を知るの為に決闘を申し込んだのだ。
なら挟むべき言葉はない、とゴウは沈黙した。
「………分かったわ。そうね……」
「ううん、手加減なしでお願い」
敗北を認めるまで、全力の決闘だ。
そうじゃないと意味がない。
「……いいわ。真剣の決闘でいくわよ」
そして、互いに距離をとり、エリーゼは剣を片手に自然体なのに対し、サキは聖剣を両手に持った。
「……」
「………」
数秒にも満たない静寂。雪嵐が僅かに強まった瞬間、飛び出したのは────エリーゼ。
サキは飛びかかり様の鋭い突きをスウェーでかわすも、後ろへと下がってしまう。先制攻撃から押せ押せの戦い方を得意とするサキが遅れを取ったのだ。
「ッッ!」
キンキン、と金属音が続く。エリーゼの方が圧倒的に手数が多く、サキが完全に受けに回っていた。
(────ここだ!)
剣がぶつかった瞬間に後退し、反撃に出た。
インパクトの瞬間に一度退がり、空振らせる。
通常なら体勢が崩れ、押し返す好機となるが……
「シッ!」
体勢を崩したのは───サキだった。
(足を払った!?)
エリーゼは、崩れた体勢をあえて前屈みに踏み出し、そのままサキの足を払ったのだ。
「くっ!」
追撃を辛うじて聖剣で防御するものの弾かれる。
地面に倒れると同時に剣を突きつけられる。
「……っ」
サキは目を瞑り、大きく溜息を吐いて認めた。
「……負けたよ」
《勇者》の名に恥じぬよう戦ってきた。
力を譲り受け、力を持つ者としての責任を果たすために戦いは放棄しなかった。元の世界に帰るために、この世界を救うために召喚者たちとともに戦い続けてきた。
理不尽に《勇者》として召喚された不満はないわけではなかったが、召喚されたからにはその責務があるということは理解している。だから、戦うことに疑問は持たなかった。
しかし、《勇者》として決定的に足りないものがあった。それは強さではなく、心構えの問題でもない。
欠如していたのは……積み重ねだ。
強さとは一度に得られるものではない。使命を持って生まれることはあるが、最初から《勇者》だった者はいない。
「やっぱり、あたしは……」
積み重ねは『経験』を指し、才に依らない強さを意味している。近い未来、もしくは遠い未来に出現する勇者の力を先取りしていただけで《勇者》として積み重ねた強さが足りない。
悔しいけど、【強欲】の言う通りだ。
仲間にも剣を向け、いっときでも魔王の味方をした以上、自分は『偽り』だったと否応なく自覚させられていた。
「何を言っているのよ」
「……えっ?」
「あなただって苦難を乗り越えて、力を持つ者としての責を果そうとする真摯さは伝わったわ」
数手にも満たない戦いの中で見抜かれる。
「それに、あなたが救ってきた人々は確かに存在していて、あなたに憧れる人もたくさんいるわ」
《勇者》の偉業は轟いている。ここでサキが挫けようと、勇者サキへ向ける羨望は潰えるわけではない。
「あなたが否定しようと、私たちが憧れた《勇者》であることには変わりないわ」
「────!」
所詮サキは、この世界の新参者。
戦無き国でぬくぬくと生きたサキの心は弱い。
(偽りだったとしても変わるはずがなかった)
心の未熟さ、経験の少なさは自覚している。
でも、だからといって根幹が変わるわけではない。
「……うん、そうだった」
勇者とは、人の想いに応える者。
信じてくれる者たちのために戦う英雄。
偽りだろうと、勇者として『選ばれた』のだ。
「困っている人が見捨てられなくて、あたしは聖剣を取った」
世界を救世する聖なる剣──エクスカリバー。
異世界に来て間もなく、地に刺さる剣に試された。
『汝の偽善が偽りなきものであれば是を抜くが良い』
短絡かもしれない。短慮かもしれない。
それでも、見捨てられなかった。
「元よりこういう性格だった。一度の屈服がなんだ」
あの深い闇を纏った剣士と戦った時に感じたこと。
圧倒的力量差の中で、積まれた研鑽を見せつけられた。あれにまともに勝てる者などいないだろう。
技量、筋力、魔力、どれを取っても敵わない。
人外には収まらぬ未踏域へと達している。
【憂鬱】との戦いが何よりの証拠だ。
そして、その域にありながら……悲しんでいる。
ヒトが抱え込める闇をとうに超えている。
彼はきっと挫折を幾度も味わい、それでも尚戦い続けた末に囚われた。己が中に生まれた葛藤に耐えられず、負けたのだろう。
……そう、弱い自分に。
「挫折で飲み込まれようとしていた。それに言い訳するつもりはない……けど、この救いたいという気持ちは偽りじゃない」
思いがけない形だったかもしれないけど、彼は自分を助けてくれた。何もかも手遅れになる前に叩きのめしてくれた。
恩を返そうだなんて大それたことは考えていない。
純粋に、単純に、彼を救いたいと思った。
「だから、あたしも力にならせて」
助けを求める者に応える英雄。
それが───、《勇者》なのだから。
「……そう。だったら、ひとつ約束しなさい」
そして、勇者たらんとする少女を前に彼女もまた、見て見ぬ振りなんて出来なかった。
そう、彼女も見捨てられない性質だった。
「───ちゃんと話をしなさい。何があったのか分からないけど、大切な人だったのよね?」
サキは驚きを隠せず、まぶたを見開く。
そこまで見抜かれるとは思わなかったのだ。
「なんで……」
「私もそうだったから」
かつてエリーゼも裏切られたと思っていた。
それが自分のためとは知らず、憎んだこともある。
でも、彼は諦めず強くなって、会いに来てくれた。
「……君も」
「私も勇気を出したばかりで、納得できないことだらけだけど……誰よりも優しい彼を信じているわ」
サキの手を取り、エリーゼは微笑んだ。
「あなたも、まだ信じたい気持ちがあるなら、きっと希望も潰えていない。ひとりで勇気が出ないなら私も力になるわ」
一筋の光明かもしれないけれど、光があるならば絶対に諦めない。一途に追いかけ続けると決めたのだ。
「────うん!」
少女は爛漫な笑顔を見せ、活発な声で答えた。
読んでくださりありがとうございます。




