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113話 糸



 セイアッド大陸のはるか西方にあるアルマ大陸の端。常に雪の降る地であり、かつては大国が存在していたという領域だ。その地を支配していたのは【強欲】の魔王であり、一度は統治し、捨てた場でもあった。


 その巨大な建設物の名は、魔王城アワリティア。雪原にそびえ立つ建築物はかつて一国を担っていたが、今や見る影もない。


「エリー……」

「……大丈夫よ。まだ何も諦めちゃいないわ」


 少し涙を汲んだ瞳は、なおも前を見ていた。


「それよりも、そろそろここも崩れるわよ」


 床が軋み、今にも崩れる。元々老朽化していた城で、戦いの余波で支柱が崩れたのだ。


「あなたたちは大丈夫?」


 無気力となったサキを抱えたゴウは、自分に言われるとは思ってなかったらしく驚きを隠せなかった。


「お、おう!」

「………」


 相変わらず無言のサキに、エリーは瞳を細めた。


「じゃあ、私の近くに来て」


 支柱が崩壊したのも一因だが、千年以上前から存在した魔城を支えていたのは魔王アワリの魔力だった。城に魔力を行き渡らせ、城内に侵入した敵を屠ってきたのだ。


 その魔王が討たれた今、崩壊しようとしていた。


「白き女神よ、我に至高の守りを授けたまえ」


 エリーゼは極大の盾を展開した。負傷者を抱えての移動は間に合わないが故の判断だった。


「────『天盾アイギスシールド』」


 【強欲アワリ】が支配していた城が崩れ去る。

 轟音が響き渡り、魔城が倒壊した。けたたましく煙が巻き起こり、徐々に雪嵐に掻き消されていく。


「…………」


 実に呆気ない、とゴウは思った。


 千年以上の歴史を重ねた城も、最後は呆気ないものだ。恐ろしかったあの【強欲アワリ】も瞬きの間も無く、死んでいったのだ。


「なあ、あんた」

「……エリーゼよ」


 少し棘のある態度に言葉を改めて、言い直した。


「俺はゴウという。これからどうする気か聞かせてくれないか」


 廃墟と化した城が吹雪に雪化粧されていく。

 エリーゼは『彼』が消えていった彼方を見つめた。


「そうね、ひとまずは手かがりから探してみるわ。あなた達はどうするの?」

「ひとまずは村に戻るつもりだが、あの剣士を追うなら同伴させてくれ。俺も、あの剣士を知りたいのだ」


 覚えのある雰囲気に、魔王を殺し得るその力。

 あの剣士を追えば、何か掴めるかもしれないとゴウは睨んでいた。


「そう、好きにしなさい。私はこのまま探すわ」

「……手掛かりもないのにか?」


 エリーゼは観察するようにゴウの瞳を見つめ、ちらり、と消えた片腕に視線を向けた。


「……良いわ。まだ確信はないけど、ダイアナ」

「え、ボク?」

「アルの気配はどんな風に消えたの?」

「ええと……途切れるように消失した、かな」


 うーん、と少し上を見て考える仕草をした。


「じゃあ、魔力じゃなくて『縁』を辿ることはできる?」


 熟練された察知魔術は魔力のみならず、所有者や僅かな過去であればイメージを投影することもできる。


 ダイアナは、その域へと達しているとみていた。


「できるけど……媒体がないと無理だよ。それも、かなり高い魔力が込められているものでないと……」


 可能だが、彼が彼たらしめる何かが必要だ。

 衣服であれ、武器であれ、彼の生命……魔力が染み付いたものでないと辿れない。


「あるじゃない。その腕に」

「あっ!」


 貰った腕輪は彼が作ったものだ。

 これなら手かがりはゼロではない。


「……すごいね、なんで冷静でいられるの?」


 もちろん嫌味ではない。

 装ってはいるが、ダイアナは内心揺れていたのだ。

 言葉(づら)を気にしていられないほどに。


「私だって冷静じゃないわよ。でも、泣いていれば解決する訳ではないのよ。立ち止まっている暇なんてない……それだけよ」


 立ち止まっていても、距離が遠ざかるばかり。

 今、動かないと届かないのだ。


「……そっか、そうだよね」


 腕輪を握り締めて、彼の存在を感じ取る。


 縁とは、繋がりを指す。互いを繋ぐ『糸』のようなもので、小さなことで容易く切れてるしまう。


 綻びができてしまえば、いずれは崩壊する。

 血という強固な繋がりだろうと、だ。


 しかし……その繋がりは、未だに強固だった。


「うん、『糸』は感じるよ。早速やってみるけど、その前にどこか雪を凌げる場所はないかな」


 今はエリーゼの盾による結界で防がれているが、長くは持たないだろう。


「それなら下町はどうだ? 過去の記録からこの地は元々雪国で、最低の備えはあるはずだ」


 ゴウはそう言った。


「場所はあるのね?」

「ああ、というか下町は通ってこなかったのか?」


 実のところ、エリーゼたちは光速で空を飛び、下町など目にもくれずに城へと突入したのだ。


「そんな余裕なんてなかったわ。とにかく行くわよ」


 盾の結界を解き、雪嵐が吹き荒れる。

 城は完全に崩壊しているが、奥に広がる下町は廃街と化している。


「まだ使えそうな廃墟をいくつか目をつけているんだ。そこへ案内しよう」


 先導して進もうとした時、サキが肩から離れる。

 その手には、聖剣を持っていた。


「待って」


 先ほどまで無言だったサキが立ち塞がる。

 剣を握りしめ、僅かな決意を瞳に。


「あたしと戦って」

読んでくださりありがとうございます。

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