112話 消えゆくもの
初撃は───【憂鬱】。
剣と槍が衝突し、空間が響く。
「………」
ちらり、と黒剣士は背後を見た。
僅かに体勢を逸らして城外に叩き出される。
「セイウン。記録がほとんどなく、名のみは存在していましたが……流石にこの強さは予想外でしたよ」
セイウンは手をかざし、水が飛び散った。
そして、散る水のつぶてが一斉にサキを襲う。
「気操流・乱式『迅雷陣』」
雷鳴とともに黒剣士が城内へ戻ってくる。
その同時に、蒼の魔力を全て叩き落とした。
「早いね。雷速で動けるのか」
着地した黒剣士は生成した白槍を黒に染め上げ、投擲の構えを取った。
「気操流・破式『黑槍』」
意趣返しとばかり、城外へと叩き出す。
そして、この技は投擲だけではなく、黑槍の真価は膨大な魔力を圧縮し、解放することにある。
「炸裂せよ」
魔力を押し留めた黑槍が臨界点を達し、膨張する。
「【殷滅】」
しかし、膨張した空間が縮小されていく。
炸裂したはずの、魔力が消えていく。
「それが能力ですか」
「うん、大したことないだろう」
【憂鬱】の能力は『消失』。
対象にできるのは魔力のみだが、どんな魔術だろうと消失させることができるのだ。
「……なぜサキを狙うのか聞かせてくれますか」
黒剣士と蒼の槍士は、雪原で対峙する。
「そりゃあ、当たり前ってもんだよ。魔王と勇者は対立する立場にあるのだろう」
セイウンが適当にそう答え、黒剣士は目を細めた。
「表舞台に出てこなかった魔王が、このタイミングで現れるのは妙です。何か、理由でもあるのですか」
はぁ〜、とセイウンは頭を掻き始める。
「ぶっちゃけ、戦いには興味がないんだわ。当たると痛いし、負けるとめっちゃ憂鬱にもなるじゃん」
なあなあと溜息混じりにそう言った。
「……なるほど、それが貴方の願いですか」
「うん、俺は『平穏』を望む。今までは他の魔王と同盟を組んで、戦いとかその辺は任せていたんだがね」
竜人と鬼人。共に戦闘能力に特化した種族で、セイウンは両方の特性を併せ持つ特異な人種だった。
言葉にするならば《竜鬼》。
竜の様に水を自在に操り、鬼の様に剛腕を振るう。
両一族でも抜きん出た力を持ち、竜の里で才にかまけぬ鍛錬の果てに《竜神》をも凌駕した。その後も真面目に鍛錬も欠かさず、順調に力をつけていった。
その力は誰もが届き得ぬある領域へ届こうとしていた。
しかし、その同時に───孤独にもなっていた。
誰もがセイウンの強さを恐れ、腫れ物を触るように距離を置かれていたのだ。
セイウンは、強くなりすぎたのだ。
このまま高みへと進めば、世界からも見做される。それを恐れた時から『強さ』には固執しなくなり、自ら里から去り、静かに過ごしていたのだ。
「さて、平穏の邪魔する以上、俺たちも戦わなければならない。少し休息が過ぎたな」
バキバキ、と背中から翼を生やし、額の角がより鋭利に巨大化する。体も刺々しい鱗へと変質し、より攻撃的な姿になった。
「『竜鬼化』」
その姿はまるで、青い悪魔のようだった。
「仕方ありませんね……」
対し、黒剣士は【邪神】の権能を解放する。
膨れ上がる黒の魔力が剣士を包み込んだ。
「禁式【亡魔】」
黒い魔力を纏い、両手にも黒剣をたずさえる。
「……ヘぇ、消せない魔力か」
まとう魔力は、ただの魔力ではない。
放出される魔力は存在しないという認識を与え続けている。
「さあ、蹂躙しますよ」
◇◆
雪嵐の中でそびえ立つ城に空いた風穴へ、体を引きずらせて戦いを目にしたゴウは見開いた。
「……まさか」
魔王に匹敵する存在など数えるほどしかいない。
そして、【憂鬱】の強さは、サキとは比べものにならない。
そう、そんな規格外と対等に戦えている黒剣士が異常なのだ。
「この感覚は……間違いない」
ゴウの中にある、光が訴えていた。
欠片を持つ者同士に会うと共鳴するのだ。
しかし、だ。
元の世界で見た顔でもなく、知り合いでもない。
異世界人という風貌でもなかった。
「あの剣士は一体───?」
更に激化する戦い、もはや目で追えない。
雪原が弾け、剣と槍がぶつかる音だけが聞こえる。
「………ん!?」
背後の気配に振り向くと、白い髪を靡かせて何者かが飛び出していった。
「ま、待て!」
戦いの巻き添えになる、と手を伸ばすが何者か引っ張られる。
「大丈夫だよ。エリーを傷つける訳がないから」
ツバの大きい帽子をかぶった女の吟遊詩人だった。
「……お前は?」
「ボクはダイアナ、しがない吟遊詩人だよ」
愛想笑いをしながら名乗ったが、どこか浮かない表情で彼方の戦いを遠い瞳で眺めた。
「あの剣士が誰か知っているのか?」
「……彼は《魔剣聖》だよ」
「それは……噂の?」
うん、とダイアナは頷く。
「……ヒトがあれほどの力を持てるとは思えない。何か欠如してるはずだ」
黒剣士から感じる歪な気配に覚えがあった。
その者はここから遥か南方にある国に棲む剣士で、人族でありながら絶大な力を抱え持った存在……
「まるで……《鬼神》だな」
◇◆
その戦いは人外……否、ヒトには永久に届き得ぬ域に達しようとしていた。
かつて、セイウンが果てなき鍛錬の果てに届こうとした領域に今、ここで至ろうとしていたのだ。
「禁式【黒日】」
空から黒い太陽が堕ちてくる。
「全く……憂鬱だよ」
その領域に迫りながらも一方的だった。
黒き太陽が墜ち、雪原が溶けて蒸気が噴出する。
蒸気の中心に倒れるは、セイウン。
「……簡単に魔王を滅ぼすんじゃねーよ」
セイウンの体がひび割れ、灰となっていく。
そして、笑みを浮かべながら雪とともに散った。
「…………」
黒剣士は天を見上げ、瞳を閉じた。
蒸気を覆い隠すように雪嵐だけが響く。
凄絶な戦いの跡の全てが、白い雪に埋もれていく。
まるで何もなかったかのように……
そこで、雪を踏む音が聞こえた。
「……アル」
いつものヘルムを外した、白い鎧をまとった少女がそこにいた。その顔は不安げで、寂しそうだった。
「エリー……」
すると、彼は逃げるように視線を外した。
「……【魔王】の力の半分は削ぎ落とせました」
こぼすように、言葉を続けた。
「力の譲渡もなく、転生もなく、私の中に封じ込めました。《勇者》たちの力でも十分に討ち倒せます」
理解、したくなかった。
その暗い表情は、何度も見てきた。
「大丈夫、優しい君たちなら、きっと幸せになれる」
「何を……言っているのよ?」
少女は悲痛な顔を浮かべて、否定した。
否、理解しているから拒絶した。
「……白クラブ」
「ウキキッ、ようやく行く気になったんだねぇ」
すると、彼の隣に白い猿人が現れた。
(ラム=ミトラ!?)
転移の聖人で、シバ国でも昔から懇意にしていたという白道化のひとりだ。
そして、彼は引き離すように踵を返した。
「嫌、待って……!」
慌てるように手を伸ばした。
二度と、彼を孤独にしないと誓った。
「そんなこと……そんなこと言わないでよ」
行かせては、いけない。
彼を独りにさせてはならない。
「私が、私が一緒にいるから……もうどこにも行かないで」
最後に一目だけ。
振り向いて。
「……さよならだ」
それだけを告げると、雪嵐の闇へ歩み始めた。
「待って、待ってよ……」
吹雪に遮られて、前へ進めない。
彼が、あんなにも遠い。
「アルーーーーーーーッ!!」
その叫びは届かず、彼方へと消失した。
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