107話 禁忌
勇者召喚は、禁忌魔術のひとつとされている。
異世界人を召喚し、その者には勇者たる資格を与える魔術だ。世界の希望を生み出すために開発された魔術だが、絶大な代償がある。
それは、《真なる勇者》の消失。
本来、勇者は召喚するものでもなく、造るものでもない。普通にヒトから生まれ出で、魔王という規格外から守護する存在である。
その魔術は《真なる勇者》の力を奪い、召喚した異世界人に移す魔術だった。世の理に逆らい、強制的に召喚する魔術だったが故に、禁忌とされた。
「おらぁあっ!」
それが初めて実行されたのは……『126年前』。
とある帝国の命令によって実験的に行われた。
「逃すか!」
指定された資格者は『五名』。
うち、48年前に召喚された異世界人。
拳闘士の才覚を与えられ、あらゆる敵を拳で粉砕する冒険者……
《拳鬼》二階堂 豪。
「ひょっひょっひょっ!」
対峙するは、老人の魔王。
強奪を至上とする魔人【強欲】だ。
「ひょほ、ご老体に乱暴じゃのう」
枯木のような老人とは思えぬ動きで飛び避け、空振ったゴウの拳が壁を砕く。
「『縮地』」
体勢を持ち直し、一瞬で間合いを詰める。
「『聖気勁』」
拳を腹部に接触させ、魔なるものに致命を与える《聖気》も込めた衝撃を体内に直接叩き込む。
老人を吹き飛ばすも、落葉如く着地した。
「ひょほほ……すこぉーし効いたのう」
「くそ……」
まるで効いている様子がない。
今、放ったのは精霊を倒したことさえある技だ。
ゴウが老人の居城に来た時、奇襲気味に一度だけ蹴りを放ってきたが、そこまで威力はなく、受けることができた。恐らく老人自身の戦闘力はそう高くない。
にも関わらず、ゴウの拳を平然と耐えたのだ。
「ほっほっ、勇者の欠片ごときに、わしは殺せぬよ」
やはり仮説が正しかった。126年前に召喚されたとある魔導士と共に立てた『ある仮説』。それは倒せば倒すほどに、他の【魔王】が強くなり、最後に残った存在こそが────【真なる魔王】となる説。
その仮説が正しかった場合、災禍の規模は想像だに出来ず【四凶神】すら凌駕しうる。討ち倒すには《勇者》の力を一つに集結させなければならない。
「そんなことは分かっている」
ドォオン!と震脚の如く、大地を踏み砕く。
左拳を突き出し、右拳を腰だめに構える。
「『聖天大拳』」
異世界に転移させられたゴウは、最初からどんな者でも粉砕できる能力を与えられた。竜や精霊などといった幻想の生物とも戦い、拳を振るい続け、戦うことに高揚感もあった。何より戦いの後のえもいわれぬ達成感もあった。
まさか、友達の本で読んだ、チート能力を手にできるとは思わなかったからだ。それだけではなく、他人よりも強いという優越感もあったかもしれない。
しかし、それは最初だけだった。
幾度と戦いを繰り返した中で与えられた能力などどうでもよくなった。人生ずっと無双など、想像の世界を描いた本でもない。
それに、周りの見る目に嫌悪を感じていたからでもある。与えられた『勇者の力』だけを見て、この世界では『自分自身』を見ない。
この世界では孤独だと知った瞬間、表舞台から姿を消すことにした。それからは、ただの冒険者として、元の世界に帰る方法を探して暗躍することとなった。
そして、元の世界に帰る方法を探していくうちに、もう一つの残酷な真実を知った。それは48年という月日が経ったのにも関わらず、年も取らず、成長することもなかったこと。
ヒトとして死ぬことも、生きることもできない。
そんな人生など、死んでいると同じだ。
もちろん、元の世界に帰る転移魔術を試みたことはある────が、全て失敗に終わった。発動した際、何かに引っ張られるような感覚に陥った後に、術陣が消えていってしまった。
無効化されたわけでもなく、術陣に間違いがあったわけでもない。転移自体は完璧だった。
しかし、帰れない。その理由は……単純だ。
《真なる勇者》が、世界から離れられないのだ。
世界にあれかしとばかり根付いている。
枷となって世界に縛りつけているのだ。
まるで呪いのように……
「だから、取り返すために来たのだ」
ゴウの悲願は、力の返還。
《真なる勇者》の回帰こそが宿願なのだ。
「……ひょほっ、取り返した所で叶うかのう?」
「どういう意味だ?」
二本の指を立てて、それを告げられる。
「『暗殺者』と『回復術士』」
「ッ!?」
それは、最悪の可能性。
「のう、おぬしは知っておるのだろう?」
今から約14年前、それが判明した。
ある魔導士と共に世界を旅して調査した結果、126年前より勇者召喚は五回行われていたということが分かったのだ。
「………なぜそれを」
「ひひ、わしは【魔王】じゃ。己が敵対する存在を無視する訳がないじゃろう」
現在、確認されている異世界人は────三名。
シバ国の数少ない記録……そして、アステル村の記録からそれは間違いなかった。
これらより、その可能性は限りなく高い。
最悪の可能性が否応なく、ゴウに突きつけられる。
「……っ、それでも」
わずかに緩んだ拳を握りしめ、老人を睨み返す。
「それでも、絶対に元の世界に帰る。何があろうと、我らは抗い続ける。その時が来るまで!」
諦めたら全てが終わる。
屈しなければ、最後には叶えられると信じて。
しかし。
「……ひょひょ、それは不可能じゃのう」
決意を小馬鹿にするような嘲笑に背筋を凍らせた。
「何を、言っている?」
「ひょほほ……」
老人の歪んだ目の先……
開かれた大扉に、その少女は現れた。
「───……嘘だろ」
《真なる勇者》に最も近しい者……18年前に召喚され、瞬く間に【魔王】を討ち倒した異世界人。
────星野 咲がそこにいた。
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