96話 抗えぬ闇
今宵は月光が眩く輝いていた。
静寂が包まれるなか、その男は孤立していた。
そう、ドーベルの周りには『死』が横たわっていたのだ。
そして、同時に理解する。
目の前の【亡霊】は、殺しに慣れている。
横たわる死体は、ベール商会の裏を知る古参の者のみ。
惨状からして一瞬の出来事だったのだろう。遭遇して戦いは突如と始まり、一掃されたような有様だった。そして、一人一人の『急所』を明確に貫かれて即死している。
……それよりも、目の前の男は先ほど首をはねたはずだ。感触もあった。間違いなく、殺したはずだ。
「なぜだ。なぜ生きている!?」
「これですか?」
その手には、男と全く同じ顔の首があった。
「簡単なことです。貴方の斬ったものが、実体を伴った《幻影》だっただけの話ですよ」
手に持つ彼の顔が割れ、夢幻の如く消えていく。
「ば、馬鹿な!《幻影》とかそんなレベルではない!」
「まあ、色々と魔術組み合わせたものですが、よく出来ているでしょう?」
男の体から黒い魔力が放出され、人の形に形成され、彼と全く同じ姿となった。
「私の思考を完全にトレースして動いているだけの傀儡の様なもので、魔力供給を続けなければこの通り」
コン、と軽く剣の腹でぶつけると亀裂が入り、黒い魔素がこぼれ落ちた。
「精々、身代わり程度しか役に立ちません」
《幻影》というには卓越した魔術だ。
それだけではなく、纏う魔素が異常に……濃い。
身の毛もよだつほどに『魔力濃度』に、ドーベルは絶句した。
「それに、これからやることには必要ないですしね」
彼の微笑みに背筋が凍りつく。
逃げなければ、とドーベルは一目散に逃げた。
「……う、うわぁああああっ!!!」
「『傀儡化』」
手足に力が抜け、地を転がる。
そして、ゴミを見るような目で見下される。
「全く、さんざん部下を使い捨てにしておいて最後は敵前逃走ですか」
切っ先を突き付けられ、死を覚悟した。
その視界の横、片腕を切り落とされた蛇男が飛び出した。
「シャアァァーーッ!」
「気操流・原式 『閃』」
しかし、一瞬。
見向きもせず、首を飛ばされる。
「殺し損ねていましたか。私もまだ未熟者ですね」
「…………ッッ!」
この魔力濃度を持ちながらも、これほどの剣術会得していることが、より絶望的なものとした。
もはや勝つことも、逃げることも、何もできない。
そう悟ったドーベルの瞳は完全に光を失った。
「……っあ、アル君?」
ドーベルを一方的に痛めつける様を、少女は壁の大孔から茫然と覗き見ていた。
それを一瞥した彼の顔は、申し訳なさそうだった。
「文句は後でいくらでも聞きます。だから……ここから先は見られたくない」
パチン、と。
指を鳴らした直後、意識が遠ざかりゆく。
少女は壁を支えに力なく崩れ落ちる。
これは、魔力を使用した《催眠》だ。
「ダメ……そこには、行っちゃダメだよ……」
また消えていってしまう、そんな恐怖から手を伸ばすも抗うことができず、意識が途絶えた。
「……さて、色々と聞かせてもらおうか」
赫色が暗く輝き、握る刃が月光にきらめく。
「ひ……!」
悲鳴は誰にも届かず、ドーベルは暗闇に消えた。
読んでくださりありがとうございます。
前編の最終話は明日です。




