95話 掴んだ幻
ちっぽけで、子供の我儘だった。それは、アル君がエリーを助けに行こうとした時のことだ。
《…………行かないで》
我ながら卑怯だったと思う。その時、一瞬でもエリーさえも見捨ててしまえ、と思ってしまったのだ。
どうにかその気持ちを抑えてたけど、それでもアル君がどこか遠くに消えてしまう、と嫌な予感が騒いで、つい溢すように言ってしまったのだ。
その罰が下ったのか、乗っていた馬車が《道化》に襲撃され、生死を彷徨っていた。
幸か不幸か、通すかがりの吟遊詩人の師匠に救われたものの生死を彷徨った期間が長く、この身体となってしまった。
もちろん、その事に後悔はない。
師匠に付き従い、未知の世界を見て回り、冒険する楽しさも知ることができた。
だけど……心は空くばかりだった。
生を重ねていくにつれて膨れ上がる罪悪感に押し潰されそうになった。これが罰。助けてくれた友達を見捨てようとした罪に全うするつもりだった。
『孤独』を罰として受け入れた、つもりだった。
けれど、それでも…………
「会いたかった……!」
その気持ちだけは捨て切れなかった。
「………お前、何故ここに?」
気がつけば、縋り付くように抱きしめていた。
彼は少し困惑しながらも受け止めてくれた。
「…………その体は……」
「………うん」
それを、告げようとした瞬間。
彼の顔が横へと飛ばされた。
「────え?」
吹き出す鮮血を浴びる。
「これはこれは、感動の再会を邪魔したかな?」
剣に滴る血を飛ばし、ドーベルは笑った。
「……ア、ルく……ん?」
現実を受け入れられず、そう呟く。
頭なき体を抱えながら崩れ落ちた。
「お友達……いや、恋人だったかな?」
ドーベルは見下しながら首をかしげる。
しかし、少女の耳には届いてなかった。いくら嗤われようと馬鹿にされようと反応しなかった。
「うん、うんうん、その顔いいね。最高にそそるよ」
少女の瞳に映るのは彼だけだった。
そう、彼だけだったのだ。
「アル君がいなくなったら、ボクは………」
一生伝えないつもりの気持ちだけど、心の在処だった。旅を続けた理由を、生きる理由を失ったのだ。
「ボクは……」
愛しい彼を最後に抱きしめて。
少女は、世界から消え去ろうとした。
────その時、抱える彼の体に亀裂が走った。
「……えっ?」
◇◆
首なき死体を抱える少女をよそに、ドーベルは堪えきれぬ笑いを上げた。
「はははははっ!これで邪魔者はいなくなった!」
高笑いするドーベルの背後に何か。
「これで心置きなく───」
影をまとう【亡霊】がいた。
「っ!?」
ただならぬ気配にドーベルが勢いよく振り向いた瞬間、凄絶な衝撃に吹き飛ばされる。どうにか剣で防いだが、刀身が折れてしまっていた。
「なん、ッ!?」
今度は下───黒い影が迫ってくる。
辛うじて上体を起こすも、肩から鮮血が飛び散った。傷は浅い……が、脇腹に衝撃が突き刺さり、壁を抜けて外へと叩き出された。
「がはっ……!」
しかし、影から奇襲はもう来ない。
ここは月光の下、影の正体を視認できる。
(………来ない?)
不気味なほどに何も起こらなかった。
暗闇に佇む黒い影は、揺らめいでいるだけで何も動かなかった。しかし、警戒は解かない。一瞬も目を離さずに、後退して折れた剣を手にしようとした。
瞬間、その影は消失した。
(馬鹿な……っ!)
まさに消失。瞬きの瞬間に消えたかのように。
忽然と影が消えたのだ。
「どこだっ!?」
その影を探すが見当たらない。引退したと言えど、目の前の存在を見失うなど有り得ない。その恐怖が、恐慌が、呼吸を乱した。
そして、背後の気配に、息が詰まった。
「────何を、そんなに慌てているのです?」
耳元で声を囁かれ、咄嗟に距離を取った。
そして、影の正体をようやく視認できた。
「なぜ……なぜ、生きている!?」
そこにいたのは、目元の鋭い青年だった。
月光に照らされた薄氷の微笑みが露わになる。
「良い【夢幻】は見られましたか?」
読んでくださりありがとうございます。
明日もさらに短いですが、一話のみの更新となります。




