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94話 誘拐



 やはり、あの時の影はアル君かもしれない。

 天涯孤独の自分を知っている者などごく僅かだ。


 何故自分を見て去って行ったのか、気になる所だがきっと『彼』へと近づけただろう。エリーからもっと話を聞きたかったけど『騎士団長』の仕事で先に行ってしまった。


「あれって本当にアル君だったのかな」


 赤い眼だったのも、黒髪だったのも確かだ。

 しかし、雰囲気だけ違うような気もした。


「…………少し危ないけれど、これしかないかな」


 それは彼が追っているであろう《手引き者》だ。

 自分も追っていけば、彼に行き当たるはず。


 少女は【亡霊】の行方を記した地図を広げて、再認識する。すると、《罪人》はいずれも『あの商会』と接点がある者たちだ。


「となると……」


 次に狙われる、というよりも国外逃走する可能性の高い者……最近、入り用に大量の食料や道具を買い占めているドッグマンだろう。


 と、小路を一瞥する。ドッグマンの所在は迷路のような街の小路のどこかにいる。まずはその界隈を知る者の捜索から始める必要がある。早速とばかり、聞き込みを始めた。

 

「ああ? うちに用がないんなら出ていけ」

「………ふが?誰だい、アンタ?」

「ねえちゃん、そんなことよりも……」


 このように全く情報が得られなかった。

 これでは先を越されてしまう、と肩を落とす。


「はぁ……これでは遠ざかるばかりだよ」


 エリーを待っていた方がいいだろうか。

 しかし、少女に残された時間は少なかった。


「……仕方ないね」


 あまり動いて回ると目に付けられる可能性もあるのだ。今日はもう大人しくしていた方がいいだろう、と小路を出る。


「むぐぅ!?」


 影から出た手に口を塞がれ、袋詰めにされた。

 なんの抵抗も出来ず、何処かへと運ばれる。


◇◆


 麻袋から乱暴に檻の中へと放り出される。

 檻に鍵をかける音が重々しく響いた。チロチロと舌を出し入りする蛇男が張り付くように威嚇してきた。


「うっ……」

「お前、変な色をしているなあ……」

「下がれ、そいつは大切な役割があるのだ」


 奥の横断幕から出てきたのはドッグマンだった。


「ヒヒッ、分かったよ……」


 続いて、出てきた男に少女は驚きを隠せなかった。

 その男は裏と表に顔が効く大商人の一人で、元は《黒の猟犬》という名で知られたS級冒険者だった。引退の直後に商会を立ち上げ、瞬く間にシバの大商を担うひとりとなった。


 しかし、人売やヤク関連にも手を出していた経歴を持ち、これが原因でここ数年は衰退の一途を辿っているという『ベール商会』。


 その取締役……ドーベル・ギャンベルグだ。


「ほう、ほうほう、キミが噂の吟遊詩人ミンストレルかな」


 微笑む表情を傾げながら興味深げに観察された。


「実に、実に奇妙な気配だね」

「………っ!」


 歪む深い闇のような瞳に少女は怯えた。

 それはもはや、トラウマだった。その瞳にかつて、一度殺されたからだった。その最後の光景……笑いながら自分を殺そうとした《道化》の気持ちの悪い瞳にあまりにも似ていたからだった。


「…………これは」


 すると、ドーベルは訝しげに目を細めた。


「キミ、【亡霊】との関係者かな?」

「……え?」


 ドーベルは少女から目を離し、あさっての方へと向けた。気づけば、どこからか戦闘音が聞こえる。


「ちぇっ、クラークに騙されたかぁ。これだから信用するのは嫌いなんだ」


 冷たい瞳でドッグマンを見下す。

 それに気づいたドッグマンは詫びるように縋り付いた。


「も、もも申し訳ございません!何とぞ慈悲を!慈悲を!」

「うん、いいよ」


 と、慈悲深い表情に変貌し、笑った。


「キミには死という慈悲を与えよう」


 ずるり、とドッグマンの首が転げ、ひとコンマ遅れて体が崩れ落ちた。


「さて、もはやキミには構っていられなくなった。あちらを鎮めて戻ってくるので、待っててね?」


 子供のようにそう言って、幕の外へと出て行った。

 あまりの突然の事態について行けず、呆然としたが我に戻る。そして、まだ鳴り止まない動悸トラウマを落ち着かせる。


「ふぅ……少しは克服できたとは思ったけど……」


 あの目を見た瞬間、手足が弛緩し、腰が抜ける。

 もはや染み付いた恐怖でそうそう簡単に治るものではない。この体になった今(・・・・・・・・)では尚更、だった。


「……まだ震える」


 体が勝手に震えている。心と体が一致していない。

 ドーベルの言う通りで癪だが、治るまで待つしかなかった。


 向こうの戦闘音はまだ聞こえる。

 恐らく【亡霊】……彼がそこにいる、一刻でも体を動かして向かいたかった。ぎゅっと拳を作り、強引にでも落ち着かせようとする。


 そして、ようやく治まった頃───声が聞こえた。


「ここが隠れ家ですか。胸糞悪いですね」


 雰囲気、声色、その全てが昔と違うが間違いない。


「……あ」

「君は……」


 向こうも自分に気づいた様子だ。


「────ダイアナ?」

読んでくださりありがとうございます。

明日は短いですが、1話のみとなります。

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