89話 小路に唄う者
───シバは、変革期を迎えていた。
《世界円卓》に加入し、運流の中心となっていることでかつてない繁盛を見せ、国を出入りする人々で賑わっていた。
「白き一撃、かの者が邪神を斬ったのだ!」
そんな中、明らかに人が通らない袋小路の細道で詩人は偉大なる英雄物語を高々と語った。
「かくして、姫を救い出しました」
英雄が邪悪な神を討つという単純なものだが、実在した物語でもあり、今でも憧れの的となっている。眩く輝く英雄物語には必ず闇が生まれるものだが……語るのは美談だけだ。
後味の悪さを消し、人を魅了するためでもある。
そうやって光を強める。そうやると憧れが続く。
こうして永世に英雄譚が語り継がれるのだ。
しかし………
「だからと言って、稼ぎが上がる訳がないかあ……」
語り終わった少女は、帽子に入った賽銭に「調子に乗っていたかなあ」と嘆息をつく。
「ま、愚痴を言ってても仕方ないか」
もちろん人前に出ればそれなりには稼げるだろう。
しかし、少女はそれをしない。
「…………」
北陸最後の街。
コリオリを襲った事件から八年の月日が経った。
少女は運悪く、避難中に襲われた。
数日、生死を彷徨ったが、たまたま通りかかった吟遊詩人に救われ、そのまま弟子として旅を共にした。
しかし、旅中にコリオリにいた頃の友達が行方不明になっていることが分かり、師匠のもとから離れて六年間……ひとりで人探しの旅を続けていた。
「……うーん、この国だと思ったんだけどな」
シバに訪れた理由は……【亡霊】だ。
現れた場所には必ず、死があるという。
それが凶神かどうかは不明だが、目撃されたという風貌の特徴が、探している彼に酷似している。
曰く、闇を染み込ませた黒い髪に、射殺すような赤い眼。
前にいたという《朧火》の大魔導士も同じ特徴だったが、【亡霊】の噂が出たのは彼が国を去った後だ。こんな外的特徴は彼以外にそうそういるとは思えない。
そして、もう一つ。
三年前に出現したSS級冒険者《魔剣聖》。
彗星の如く現れた剣士で、シバを救った英雄だ。
冒険者としての活動期間は二年ほどと短いながらも、《勇者》に並ぶほどの偉業を誇っている。
名前と出身からほぼ彼と断定したが、ベヒモスとの戦争後、突如と冒険者を引退し、シバの食客として静かに過ごしているという話だ。
これがどうにも違和感でしかない。
噂は様々だが、挙げられるのは次の三つだ。
1.戦争時の負傷で引退した。
2.引退自体が嘘で、戦争時に死亡している。
3.他の国へ旅立った。
「よし、次は王宮周辺に行ってみようかな」
少女はいずれも違うと考えていた。
暗殺者による殺害であれば、『刺し傷』である場合が実は多い。短い小刀で確実に殺害するには、不意を打ち、肉に深く突き刺す必要があるのだ。
しかし、【亡霊】がもたらした死には、いずれも『斬り傷』が存在する。それも、真正面からのものが多く、剣士としての矜持からか背後から襲った痕跡はないと聞いている。
ただ、これだけでは確証とはほど遠く、邪神討った大英雄のひとり《幽幻》を中心とした、シバの暗部と混同した可能性も高いが……
「だいぶ近いけど、ここでいいか」
《魔剣聖》と【亡霊】は同一人物。
少女は、時系列で繋がっていると睨んでいた。
「……ふぅ」
息を吐き、集中する。
彼女の得意魔術は、索敵。
魔力を薄く広げ、返ってきた反応で感知する。
唄っている間も展開し、反応を探っているのだ。
「よし、今日はどの物語にしようかな……」
魔術を展開し終え、賽銭入れの帽子を前へと置く。
まだ誰もいないだろうけど、と周りを見る。
「ッ!?」
すると、漆黒を纏う男が、影に佇んでいた。
(索敵魔術に反応しなかった……!)
漂う魔素と同化していると言っても良いほどに、希薄だった。あまりの気配の薄さに、索敵魔術に引っ掛からなかったのだ。
すると勘付いたのか、漆黒は闇に消えていった。
「……今のは」
黒い風貌の下に、わずかに見えた紅い瞳。
見違いじゃなければ、探していた人だ。
彼───アベル君がこの国にいるかもしれない。
読んでくださりありがとうございます。
今後も文字数少ない回が続くかと思いますが、
楽しみいただけると幸いです。




