88話 ひとつの果て
アートの墓標は王国内、ではなく。
シバの壁から少し離れた場所に埋葬した。
俺をはじめ、エンジェやエリー、カムイ、そして小鴉丸。アートと近しい者だけで葬儀を執り行った。
「…………」
隣はカムイだ。その瞳には大粒の涙が溢れている。
その表情に、俺はつい言葉を零してしまった。
「すまない。アートは俺をかばって……」
「…………アベル」
パァン、と頬に痛みが響く。
「……謝らないで。アートは……君が一番大切だったんだから……君が謝らないで」
ぽろぽろと涙を零しながらそう言われた。
その瞳には怒りだけだった。俺を恨んでもいない。
むしろ、謝ったことだけに怒っていたのだ。
「…………アートとはちゃんと向き合って」
沈黙が続く。俺からは何も言えない。
とやかく言う資格など……無い。
「……それから……これ」
俺の手に置かれたのはウードソルト。
アートの大好物だ。
「…………私は十分に語り合えた。……あなたは、もう少しだけアートと一緒にいてあげて」
そう言われてカムイは去っていく。
エンジェもひと頷きして、エリーと場を後にした。
俺はひとり残され、墓標と向き合った。
「……本当に好きだな。これ」
ウードソルトを墓前に置く。
「毎日毎日ウードソルトばっかりで、塩分過多とかで死ぬんじゃないかって思ってたよ」
ふと刻まれたアートの名を見つめる。
すると、アートの顔が見えた気がした。
『お前の作ったレナッツに似てうまいんだ。食感は全く違うけどな』
『店の買えばいいだろ?』
『いーや、お前の作ったのでないとダメだ』
なんて事のない日常の会話。
「そう……だったな。忘れていたよ」
出会った時に初めてあげた野菜。
あいつは、俺の作るレナッツが大好きだったのだ。
「何でお前はこうも頑固なんだよ」
と、俺は嘲るように笑った。
「まぁ、旅をしていたら畑なんて出来ないよな」
我儘に付き合わせてしまったことにバツが悪そうに俺は顔を歪めた。
「その……なんだ」
墓前で照れ臭そうに頭を掻いた。
そして、今まで言えなかった言葉を伝えた。
「……いつも、一緒にいてくれてありがとう。そして、命を懸けてくれて……ありがとう」
俺は視線を戻し、墓と向き合う。
彼がそこにいるかのように見つめた。
「……じゃあ、また来るぞ」
俺は立ち上がって踵を返す。
「今度は、レナッツを持ってな」
いつものように。
俺は手をひらひらと振って、場を後にした。
◇◆
その夜、俺は王宮の廊下を歩いていた。
「!」
突如、背後から喉に迫る刃。
俺は一瞬後退し、その手を掴んで捩じ伏せた。
「くっ……まさかここまでとはね」
「………誰だ?」
「その前に手を離してくれないかな」
俺は敵意がないことを確認し、手を離す。
埃を払いながら向き合う彼の瞳は紅く輝いていた。
「あまりこう名乗りたくはないのですが……」
微笑む漆黒の男。どこかで見た気もする。
「私はアカイム。一応、六英雄です」
「…………」
「ふむ、君がアベルですね」
「……なぜ俺のことを?」
「はは、この間に会ったばかりなのにつれないな」
確か、白翼勲章を受け取ったときに視界の片隅にいた。シバが擁する最後の六英雄はこの男だったのか。
「…………」
アカイムは俺が行こうとした部屋を一瞥する。
「一つ忠告です。入ったら最後、引き返せませんよ」
彼は僅かに微笑みながら忠告される。
そして、ひらひらと手を振りながら踵を返した。
「では、またどこかでお会いしましょう」
ばつん、と気配が消えた。
俺はアカイムが一瞥した部屋の取手を握る。
躊躇いもなく俺は開けた。そこに広がるは本棚。
────ディーヴの書斎だ。
「…………うん?」
ディーヴの机の上に一つの本が置かれていた。
以前に来た時は無かった。
俺はその本を手に取る。
タイトルは……掠れて読めない。
どちらにせよ、初めて見る本。
俺は興味惹かれるままに読み進めた。魅入るように没頭し、頁を進めていくごとに明らかになっていく。
そして、俺は得心がいったように口を開いた。
「…………真祖」
それは《真祖》に関するもの。
真祖は森羅万象を司り、あらゆる全て願いを叶えられ、世界を創造することまでも可能する。
まるで……いや、神だ。
そして、道化どもはその神の力を欲したのだ。
五つの道化が結託し、血眼になって求めたものだ。
「……それで、禍が必要だったのか」
追随するように殴り書かれていた記載。
真祖の力を奪う───。
その資格こそが《禍》である、と。
無限の魔力を司り、あらゆるもの喰らい、進化し続け、全てを支配することができる能力は、真祖の力を呑み込むことを可能とする。
そう、『資格』たりえるのだ。
「……………そうか、俺は……」
俺は手を眺め、握り締める。
すると、窓から冷たい風が吹いた。
俺は思わず身震いをする。
「……寒いな」
外は夜風が響く。静かに窓を締める。
敷かれるレースにひっそりと蝋燭の火が揺らぐ。
これが復讐に生きた男の、ひとつの果て。
───第一部完───




