84話 ひとときの……
どこか遠く。
泣き声が聞こえる。
聞き覚えのある声だが、初めて聞く……
瞼を開けると、白く染まりゆく空が見えた。
そこに銀髪の魔導士の顔が覗く。
「よォ、目を覚ましたか」
夜明けの光だけではない。
空気中に暖かい光が包まれていた。
「これは……」
「《星の欠片》を砕いた。善なる者には一時的にだが、生気を与える」
自分の手、そして体を省みる。
いつもの黒ではなく、白い体毛に染まっていた。
底から力が湧いてくるような気もする。
「………」
そして、気づく。
ひとときの希望であるという事を。
「………そうか、ありが……」
銀髪の大魔導士は手を振って「礼はいらん。それよりも」と、その視線の先には歪な怪物……アベルが頭を抑えながら呻いていた。
【ア、あぁあアァア、ガァアああーーーーッ!】
光が彼を蝕んでいるかのように叫んでいた。
大魔導士は、哀れな怪物を憐れむような瞳で。
救いの手を差し伸べるように。
「………オレの手は、必要か?」
呟くように尋ねた。
しかし、返答は即答だった。
「いらない。主は俺が救う」
「……言っておくが、オレがやろうが、オマエがやろうが、結果は変わらないぞ」
彼はもう一度確かめた。
試すような言動だが、優しい人だと理解できた。
だからこそ。
「分かっている。その為に契約も成したのだ」
「そォか、なら一つ助言をしてやる。神胤は光を持つ者しか握れない刀だ。……やることは分かるな?」
「…………ああ」
そう、主はまだ完全に堕ちていない。
今こそ約束を果たす時だ。
「エリー」
ぴくりと肩を震わせるエリーゼ。
アートはしっかりと彼女の瞳を見据える。
「あいつの、支えになってやってくれ」
「……っ」
再び決意するように彼女はただ頷いた。
その返答に微笑んで、拳を握り締めながら。
絶叫する主と対峙した。
「…………最初で……最後だ」
彼の顔は、喜びに満ちていた。
反逆している訳でもない。裏切る訳でもない。
ましてや、殺したい訳でもない。
主の為に、主と本気で戦える。
理屈ではない。
忠誠として、男としても。
本気で、主と戦えることが嬉しかったのだ。
「行くぞ、我が主よ」
ひとときの戦い。
地を蹴る音を置き去りに挑む。
時間にして僅かだったが、充実していた。
【ガ、ァアッ!】
自我を失いながらも技のキレは衰えていない。
誰にも見えぬ速度で動くアートを正確に捉えた。
「ッ!」
紙一重。
振り回す剣を仰け反りながら地を滑り込んだ。
そのまま体勢を持ち直して彼を見据える。
「まずは刀を………」
───奪う。
戦闘において主は無敵に近いが、隙はある
それは、抜刀。低く構えるタイミングがあった時、高確率で抜刀の型を構えるのだ。
染み付いた技だけで動く彼には必ずそれが現れる。
【ギ、ァアッ!】
振り下ろされる刃。アートは、さらに前進する。
刀を振れぬ距離に飛び込み、ぴたりと密着。
「『気衝』」
零距離からの掌打。全力の気をぶつける。
確実に当て────
【カ、ハァッ!】
「ぐぁっ!?」
衝撃が体を貫いたのはアートの方。
放った衝撃を返されたのだ。
飛び退かなければ一撃でやられていた。
血を拭い、再び挑む。
追撃する彼は、払うように刀を薙ぐ。
アートは超低空を駆け、刀の間合いの内に入った。
途端、膝蹴りが飛び込んでくる。
(ここだ!)
寸前で踏み耐えて、足を払う。
【ギァッ!?】
彼は崩れ落ちる体勢のまま、白刀を振り下ろした。
アートはそこから半歩後ろに、半身になって刀を空振らせる。
(────来る!)
外した刀を切り返して、抜刀の構えで踏み込んで来た。この構えの時は一瞬の脱力から放たれるのだ。
そこを、狙う。
「『瞬功』」
最短で最速の一歩を踏み出し、刀の柄を打つ!
脱力状態にある彼の手から容易く抜け、後方の地面に突き刺さった。
アートは一瞬で背後に回って刀を手にする。
その時の彼はすでに振り向き様に後退した。
直後、彼は黒い翼を広げ、空高く飛び上がった。
「────!」
見上げるアートは目を見開く。
膨れ上がる深淵。一見して絶望でしかない。
しかし。
だからこそ、隙が作れる。
無限の魔力に遮られ、感知もされない。
彼は飛ぶことにも慣れていない。
【ガ、ァア、ァアァアアアァア!!】
その深淵は黒き太陽となり、眼前の敵を滅するべく堕ちる。対し、アートは牙を剥いて、魔力を込めた咆哮を放った。
「『破哮砲』!」
いつもの拡散した砲ではない。
威力を一点に集中させ、主への道を作る。
眩い一線の閃光が黒い太陽を穿つ。
「『最大瞬功』」
砕かれる大地。針のほどの孔を通って、白い刀を届かせる為に飛び上がる。
黒い炎に巻かれながらも辿り着く。
あとは、刀で彼を貫くだけ。
「────浄化せよ!」
貫かれる白刃。
彼を覆う闇が剥がれていく。
だが、まだだ。彼は未だ闇に蝕まれている。
【アァ、ガ、ァアッ!】
抵抗するように、暴れるように拳を振り下ろした。
「『破哮砲』!」
それさえもさせない。
体勢を立て直す間も与えない。
空を蹴って、気を纏わせた拳をぶつける。
全てを賭けた一撃が顔面を捉える。
───約束通り。
殴ってでも、お前を────!
瞬間、薄白い空が一気に眩く染まる。
森中が始まりの光に包まれた。




