76話 潰えた灯火の手中
ネロ率いる軍勢が第三拠点を襲撃している。しかし、第三拠点の守りが異様に固く、手間取っていた。
それも当然だ。《暴風》の異名を持つ冒険者が守護しているのだ。種族能力『竜法』。空中に漂う魔素を取り込み自在に操れる能力で、一定の許容範囲内でほぼ無制限に適正属性を行使することができる。
彼女は竜人の中でも最も多くの魔素を取り込むことができる。そして、彼女の最大限……拠点全てを覆う暴風の結界が軍を押し退けていた。
「…………」
吹き荒れる風の中、ネロは渦巻く嵐を仰ぎ見ながら、今、この状況の異質さについて思案していた。
(革命軍など取るに足らぬ存在だったが、冒険者が現れてから動きが明らかに変わった)
ここが正念場とばかりの執念さえも感じる。
(自棄か、それとも………)
恐らく極小の勝機に賭けている。
こちらとて、シバ国の本軍とは衝突は避けたい。
特にウォーロクが出てきたら、戦争は終結する。
それだけはさせない。その前に決着をつけなければならない。俺様とてこの戦いに賭けているのだ。
「…………」
前方に視線を戻す。
そこにはベヒモス軍の前線を粉砕して突撃してくる者がひとり。そいつは守りが薄い箇所を的確に攻撃し、一直線に迫ってきた。
一騎当千の如く、大咆哮した。
彼は親友との決着をつけるべく、ネロの前に立つ。
「ネロ!」
「あの時の獣人か」
怪訝な瞳を薄汚れた獅子人に向ける。体は傷だらけで、呼吸も乱れている。それでも尚、瞳に燃える炎は潰えていない。
ずきん、とまたしてもネロは頭を痛めた。
「【跪け】」
上空の空間が歪む。不敬なる敵に頭を下げるべく重圧が獅子人にのしかかる。
「『抗魔』」
しかし、右手首に装着している腕輪が輝いた直後、重圧が弾けた。
それを見たネロは、目を見開く。
「それは………」
腕に装着しているのは《魔道具》。小鴉丸の持つ、魔力を放出する能力が備わった小太刀のように、特殊な能力を付与した道具もしくは武器である。
そして、込められたのは対概念。魔素が込められたあらゆる概念を破壊する概念が込められいたのだ。
「これか。これは潰えた灯火から託されたものだ」
ズキズキと頭を押さえながら、ネロは思い出した。
シバ国で最も異質な存在。歪な者。
今にも消え去りそうな魔導士を。
「これほど都合よく全てがぬしへと集約されている。お前もそれを感じているのでないか? ネロよ」
「……………………」
宣言したその言葉を思い出す。
思い通りにならぬ戦況。タイミングを見たかのような強力な冒険者の出現。そして、革命軍の特攻。
思い通りではない状況。因果の収束。
北陸最後の地で施した手法と同じ。
シャントリエリの儀典と……
「余も半ば信じられないが、この状況も手中にある」
革命軍の動向も、冒険者の出現も、シバ軍の進軍さえも彼の頭の中で見出した可能性だった。詰みゲームのように、全てがネロへと集約するように仕向けられていた。
しかし。それでも。
ネロは勝ち得ると信じた。
「……だが、勝てなければそれまでだ。てめぇらに、俺様を倒しうる力があるのか?」
「余の勝機が極小であるということは理解している。そして、余にあやつの全て思惑は知り得ないが、分かっていることはある」
「……………」
「状況が彼の手中にある以上、ネロ、ぬしは負ける」
豪、とネロは魔力を解放した。
絶大な魔力の渦が吹き荒れる。頭を抑える指の間から竜の瞳が獅子人を射抜く。
「万に一つもあり得ん。それを知れ」
クラウディウスは理解していた。
心だけで勝てるほど、甘くないのも分かっている。
勝機も極小であるということも知っている。
だが、それでも。
「長きに渡る因縁、ここで決着をつけよう」
クラウディウスの体が輝き、一回り巨大化する。
気合いが地を砕く。小細工もない。
短時間だが、枷を外した全力なら渡り合える。
ただ一撃。心の臓を貫けば勝てる。
「オォ、オオオオオォォオオオオッ!!」
革命軍、そして、ベヒモス軍。
この日、長年にわたる戦いに終止符が打たれる。




