73話 魔剣聖
第二拠点に構える部隊は、単騎で強い冒険者を先陣に「奇襲」をかける。大きく迂回してベヒモス軍の背後を冒険者、エルヴィン隊、ファング隊、と三段階で攻撃を仕掛ける。
負傷者や村人たちを集めた第三拠点に囮に奇襲するという作戦だ。もっとも、第三拠点には”暴風”と呼ばれるS級冒険者カムイや、防御に特化した魔術師や防衛戦を得意とした獅子人族の隊が構えている。万の軍勢といえど、容易くは突破できないだろう。
とにかく、どれだけ早くネロを討てるかにかかっているのだ。そして、ベヒモス本軍が来るまでの勝負でもある。森の向こう、シバ国方面には既に天が轟き、衝突を開始している。
あとは自分たちに発破をかけるクラウディウスの一声を待っているのだが、それがどうにも遅いのだ。
「おかしいな……」
俺は黒のフードを深く被って影に潜む。
雨天で奇襲にはもってこいだ。とある武将は圧倒的兵力差にも関わらず奇襲を成功させた。そのあとはそのまま天下のあと一歩前へと突き進んだという。
とにかく、奇襲するなら今だと思うが妙に遅い。
第三拠点で何かあったか、あるいは……
「ッ……アベ……アベル様!」
普段はオーブを描くような髪が濡れて、ストレートになった金髪の少女が自分のもとへと駆けつけてきた。いつもの「ダーリン」をそっちのけに俺の名を叫んだ。
彼女は後方で控えているはずのオリヴィエだ。
「パパが……パパが……!」
息が途切れ、上げたその顔は悲痛に歪んでいた。
あ、あぁ、と震える声には何かあったようだ。俺はオリヴィエの両肩を掴みんで目を見据える。
「落ち着け、どうした?」
「お願い……父を助けて……」
途切れる息を整え、訳を話した。
それは俺にも予想外だった。オリヴィエにだけ届いたクラウディウスの念話一言が、
『幸せに生きてくれ、彼ならば信用できる』と。
それはもはや遺言だった。彼は死ぬ気だった。
オリヴィエはその一言を聞いた直後、何度か呼びかたが、一切返信しなかった。
間違いなくネロと直接対決をするつもりでいる。
一切の情けをかけずに奴を討つ……あれは自分自身の決意だったのだ。一度邂逅した時、かつて親友だった頃のネロもいるのだと、どこかで信じていたのだろう。
ただそれは、その時に打ち砕かれた。
だから、借りも返し、憂心を断ち、個人の決戦を望んだのだろう。全く……人の心はままならないものだ。
「……分かった」
「え……」
確かに誰も失わない決意だろう。
だが、それは誰もが悲しむ結末だ。エルヴィンもファングも皆、クラウディウスを付き従ってきた。それ故の空虚感に苛まれる。
そして、オリヴィエ。彼女はクラウディウスの愛娘。自分がそうであったように、彼女こそ最も悲しむ者だろう。
「あんた、まさか……」
「俺が先に行く。お前らは作戦通りに動いてくれ」
「……でも、あんた一人で勝てるの?」
「正直厳しいかもしれない。だが、勝つためにはお前らの力も必要だ。必ず追いついてくれ」
「……分かったわ」
背後に控えるエルヴィンにも視線を送る。
こっちは大丈夫だとばかりの瞳で「クラウディウス様のことを頼みます」と言われ、俺は何も言わずにひと頷きをして視線を前へ向ける。
背後にはベヒモス本軍が迫り、前方にはネロの小隊だ。今がチャンスであるのは間違いない。出来るだけ隊の構成も崩したくないのも確かだ。
ゆえに、直接クラウディウスを救うよりも先にネロを討たねばならない。先に俺がネロと接触して時間を稼ぎ、遅れてきたアートとエリーで総攻撃する。
革命軍もクラウディウスも救うにはこれしかない。
彼がネロと接触するべく動いている今、一刻の猶予もないだろう、と俺は前へ進もうとするが、アートに立ち塞がれる。
「……俺に行かせてくれないか」
行かないでくれ、とばかりの暗い表情だ。
「嫌な予感がするんだ。だから、俺に行かせてくれ。お前でもできない事もある。その為に俺は……」
「大丈夫だ。お前らが追いつくまで持たせてみせる」
「………だめだ」
死が確定しているような口ぶりだ。
何か不安なことがあるのだろうが……
「言っとくが死に行くんじゃない。救いに行くんだ」
「…………」
「俺も頑張って時間を稼ぐからよ」
「……分かった」
俺は小さく頷き、黒マントをなびかせて進む。
かなりの距離があるが、全開の雷功を維持して真っ直ぐに移動すれば、ネロに追いつくはずだ。
それまでに終わってなければいいが……
◆◇
黒いローブを纏う剣士は森を駆け抜けた。
漆黒は白い雷を纏いながら進んで行く。
「ゴフッ……ちっ、流石に負担がかかるな」
漆黒は血反吐を吐き、鮮血に濡れた口を擦り取る。
無限の魔力【地獄】と進化する肉体【修羅】。そして、『超再生』によって損傷も癒え、耐性が付く。
「全く、チートだな」
『雷功』はある意味「リミッター解除」である。
思考を加速させることができ、肉体へ行き届く神経の命令信号を増強することができるのだ。
しかし、それは肉体損傷を無視したもの。いずれアートのように筋がズタズタになり、まともに動けなくなるが、それは『超再生』と【修羅】がなければの話だ。
と、そこで黒の剣士は前方に気配を感知する。
「『無音』『無明』」
足音を消し、姿を黒に塗りつぶす。幸い森は曇天で暗闇なのも相まって、より隠密性が向上する。
そして、掌に気を圧縮して解放。
感知領域を拡大させる。
「最大領域『気圏』」
前方に二人、その奥には五人。
二人は恐らく斥候で夜目のきく猫の獣人だ。
黒の剣士は両腕に『気剣』を持って加速する。
「何か黒いものが……っ!」
「体が動かない!?」
二人の視線に俺の目を合わせて『邪眼』。
金縛りにあったように動けなくなる。
そして、後頭部を峰打ち一閃。
「あっ、敵しゅっ……」
倒れる二人を目撃した熊の獣人は、叫ぼうとするも顎を掠め、膝から崩れ落ちる。
「何かい…ぶうっ!」
巨大な体躯の象人の太っ腹に掌底を叩き込む。
悶絶して崩れ落ちた頭に蹴りを入れる。
そして、またひとり、ふたり……
敵からすれば、まさに悪夢。
その黒い影を視認したら最後。
次々と勝手に倒れゆく。
「なんだアレは……?」
ただ一人、鷹の獣人は遠方からソレを目撃した。
静かに倒れゆく者もいれば、轟音と共に吹き飛ばされる者もいた。
自慢の視力で捉えられるのは影の一端のみ。
影の移動した先を目で追うと、そこには泡を吹いて倒れていたりもする。どこに行った、と巡らすも影すらも捕捉できない。
そして、気がつけば背後に影が立っていた。
「な……いつのまに……っ」
鷹の獣人は「うっ」と呻き声をあげて意識を失う。
漆黒の剣士は黒マントをなびかせて先を見据える。
「……あそこか」
彼の剣技は《剣聖》に酷似しているとまで謂れ、優雅な剣さばきを見せたかと思えば、凄絶なパワーを見せることもある。剣聖の技に闇魔術を取り込んだ戦法であらゆる敵を討つのだ。
そして、特筆するべきは、その強さの種類。
多くの顔を持ち、局面に適応して強さが変化する。
ある時は怪力無双。
ある時は悪鬼羅刹。
ある時は疾風迅雷。
彼の凶悪なまでの強さに皆口を揃えてこう言う。
《魔剣聖》と。
「早々で悪いが───仇を討たせてもらうぞ」
影は木の上から飛び降り、雷を纏って駆ける。
そして、ネロの下へ辿り着く。




