72話 人外の英雄
◇開戦直後◆
───犬の少女は目撃した。
人の枠から外れた、外なる領域を。
「これはヒトが刃向かっていい存在ではないッスね」
我が軍の千が感電させられた。
たった一人の魔導士によって、だ。
「……まるで武芸を演じているようッス」
彼は軍が対峙した直後、ベヒモス軍のど真ん中。彼は敵陣のど真ん中に現れた。しかし、彼の天性の体術と魔術を前に次々と倒れていったのだ。圧倒的な兵数を前にして、悠々と戦う彼の動きはまるで武を見せる演舞のようだった。
「まァ、こんなモンか」
頃合いだ、とばかり白の魔導士は拳を天に掲げる。
魔力が迸り、雷は天へと穿ち、そして、避雷針のように魔導士の体から雷が放電される。
ベヒモス軍は近づこうにも近づけず、たじろいでいると天が黒く染まり、蠢き始める。
天に白の線が疾る。輝くたびに轟く。
ウォーロクは神託が如き詠唱を唱えた。
「勇猛なる雷神よ、我は欲する」
剣聖ユージンは魔力も並、筋力も並、凡人の身でありながら、血に滲む努力の果てに剣を極め、精霊神の加護を受けた「人」の英雄だったが、彼は違う。
「全てを轟かせし、汝の偉大なる雷電を譲りたまえ」
彼は人ならざる力を持って生まれた。幼少期から神童、異才者と呼ばれた。謂わゆる「人外」の英雄。
「我が代行者となりて、かの者を殲滅してみせよう」
黒雲の中を迸る雷電が獣に形成されていく。
それは誰も知り得ぬ、神代級の魔術だった。
「さァ、招来せよ『雷神獣』」
幻がごとき荘厳な神獣は嗎ながら空を駆けて彼のもとへ降り立った。そして、ウォーロクは雷神獣の背に乗り、怯むベヒモス軍を一瞥する。
全てを支配せしめんとする眩い輝きを纏う魔導士に、兵たちはただ、ただ畏怖するしかなかった。
あれはヒトの領域ではない。
それはヒトならざる者。
超越者が如き存在。
そこから更に千の損失。足止めどころか消耗するだけだと理解した犬の少女は退却を決意した。
◇◆
そして、人外の英雄がもう一人。
生まれながらにして怪物と呼ばれた女騎士は、騎士団の先頭で地に大剣を突き刺して構えていた。
彼女の名は、レイア・ニーベルゲン。
「…………」
そこに、己が肉体に自信があるのか、半裸の赤仮面のざんばら髪の男が突進してくる。そして、先頭の巨大な騎士を視認すると、地を抉らせて対峙した。
「自分は赤クラブのイグニスいうねん」
「…………」
「これでも赤の団長を張っとる身でなぁ。仲間の仇は討たせてもらうで!」
しぃん、と静寂が続く。レイアは剣を地面に突き刺したまま微動だにせず、構えていた。
「…………」
「…………」
あまりにも微動だにもせず、さすがに不審に思った赤クラブは眉をひそめた。そこで隣に控えるメズヴが杖で兜を叩く。
「いい加減、起きなさい」
「応、寝てしまっていたか。……って誰だ?」
「赤ダイヤよ。貴女に決闘を申し込んでるよ」
「応、それはすまんな。連日不眠でな」
そこでちょうど、赤仮面の女性が現れる。
背後には万の魔物。
「竜殺しのレイア……!」
と、彼女は怒りに染まった顔で手に炎を燃やす。
しかし、イグニスは手で御した。
「かめへんよ。そないなことより俺たちは敵で、あんたはシバを守護する騎士や。やることは一つやろ」
「……応、そうだな」
レイアは大剣を構え、イグニスは拳を握った。
「いくで! 『炎速烈躯』」
イグニスの体が白熱化する。そして、前屈みになった状態で熱を解放する。炎を加速補助とし、レイアに凄絶な速度で迫った。
「『天火明命』」
レイアの体が僅かに紅色に灯る。
そして、振り上げられる大剣。イグニスは構わず懐へ足を踏み出し、溜めた拳を解き放った。
その時。
─────カヒュッ
と硬い何かが一瞬で断たれたような音が聞こえた。
直後、凄絶な衝撃が高原を通り抜けて森林が轟く。
「…………ゴボッ」
その一撃を真っ向から受けたイグニスは肩から斬られ、口から大量の鮮血を吐きだす。
「……あんた……めっちゃやばいやん……」
イグニスはそのまま意識を失い、絶命した。
「あ……だ、団長? 嘘でしょ…?」
─────赤クラブは、亡き黒道化のクラブに次いで最も力が強く、茶ダイヤと双肩する肉体硬度を持つ。超近接戦においては六道化の中では最強クラス。
最上級の強さを持つ存在だったはずだった。
「そこな赤の道化よ、魔物を引かせよ」
と、赤仮面の女性に向かって大剣を向ける。
「頭領を失ってなお戦う気なら、容赦はしない」
俯けになる赤仮面の女性は憎悪の瞳でレイアを睨む。仲間を、大切な人を、殺されて容易く引けるはずがなかった。
「う、ぁ…あぁああ………」
嗚咽を上げ、体に業火を纏い、突撃を開始した。
「あああああーーーーーーーっ!」
この時を以って、赤道化の紋印は全滅した。




