71話 灯火の予言
黒フードを深く被った魔導士らしき男は、革命軍の頭領たるクラウディウスが息を潜める洞窟へ現れた。
突如現れた怪しい男に、側近が敵意むき出しに叫ぶ。
「誰だお前は!?」
「待て! ……お前は…」
「……クラウディウスさん、ですね」
魔導士の顔は酷くやつれ、瞳は黒く燻んでいた。
体中を巡る魔術刻印には見覚えがあった。
「……ディーヴか、どうしたのだ?」
彼とは以前に少し会った程度だったが、緻密な魔術と高い魔力にインパクトを残していたのだ。彼の一挙一動、全てに刻まれた魔術印が起動していた。まるで自分を傀儡にしているかのような……
そして、彼は暗い表情のまま零すように呟いた。
「……13日後、ベヒモス軍は動きます」
「何……!?」
放った斥候によるとつい数日前にシバから退却したばかりのはず。ネロの性格、そして、強引さから少なくとも兵数を倍以上に増やして再進軍してくることは予測できていたため、シバ国付近で奇襲をするべく準備をしていた。
しかし、これほど早く進軍をしてくるとは思わなかった。今のベヒモスは侵略国家であらゆる国に対して攻撃を行っていた。故にこれほど早く進軍をするとは思えなかったのだ。
「そう、あまりにも強引な侵攻です。故に隙は大きく、貴方達にとって絶好の機会だと知るはずです」
自分の考えを見透かしたような言動。そして、誰も知り得ぬ未来のことを確定していると言わんばかりの力強さに異常性を感じた。本気でそう思っているのならば、思い込みを真とする信仰にも似た狂人と言わざる得ない。
「今は信じてもらえなくとも構わないです。その代わり、その時に私を信じていただけるのであれば、これを読んでください」
差し出されたのは小さなボロボロの手日記のようなものだった。
「これは……?」
「予言書……は言いすぎですね。ベヒモス軍の動向の可能性をまとめたものです。なにぶん急ぎで書いたもので散逸しているかもしれませんが、大筋は全て記載しています」
予知能力でも持っていたのか、それとも別の何か。
いずれにせよ、今の段階では信用できないのは確かだ。しかし、彼は信用しているとばかりの瞳をクラウディウスを見据えた。
「では、クラウディウスさん。お願いしますね」
「待ってくれ。なぜこれほど早い段階で余たちの元へ来たのだ? ……まさか、病で?」
「似たようなものです。恐らく、当時はすでに私はこの世から去っているでしょう。ですが、この選択には後悔などありません」
「おぬし……」
死ぬ事さえも恐れぬ瞳。優しい瞳の奥には、密かに、深く、揺るぎない決意を感じた。慈愛、とも言えるほど優しい表情にクラウディウスは「そういうことなのだな」と納得する。
「……ならば、せめて祈らせてくれないか。ぬしの最後が幸福であることを」
「ありがとうございます。では、先を急ぎます」
こうして白い包帯を頭を巻く、黒ずくめの少年魔導士は黒炎に消えた。
◇現在◆
天が轟き、立ち籠める黒雲に紫電が疾る。信じられないことに空全てに魔力が渦巻いている。つまりは人為的に発生した天災、これは開戦した証左だ。
クラウディウスは天を仰ぎ見て、噂に聞くウォーロクの魔術であることを理解した。
そして、戦慄を覚えたのはウォーロクではなく。
「恐ろしい魔導士だな、ディーヴ。起こった大きな局地はほぼ間違いなく書き当てている」
そこでまた、ディーヴの予想通り。
斥候に放っていた梟の獣人が戻って来た。
「ホホウ、ベヒモス軍が動き出しまシタ」
「進行先は?」
「この地───第三拠点デス」
「………そうか、第二拠点に控える冒険者たちに指示通りに動くようにエルヴィンに念話を飛ばせ」
「ホーホウ 承知しまシタ」
一度会った時からその異質さは感じていたが、ここまでとなると戦慄さえも覚える。
「……ディーヴ、ぬしは一体どこまで見えている?」
パターン化された線を全てなぞって行くと、必ずその結末に至る。過程の詳細は省略され、結末も一言しか描かれていないが、必ず辿り着く。
まるでゲームしているかのように。駒を動かすかのように、その状況における最適な選択肢が全て描かれ、それを実行すると必ずそれが実現される。それはまさに予知……否、固有能力における予知よりも恐ろしい。パターンを選ぶことができ、結末を選ぶことができるのだ。
とにかく、ただ……
「真に結末が、全て一点に集約されているなら……」
その結末は、一言しか書かれていない。
どう選択しようと至るのならば、と。
「……ホホウ いいのデスか?」
「ああ、冒険者方と皆には悪いが、余にはやらねばならないことがあるのだ」
クラウディウスの瞳が黄金に煌めく。
袂を別った友のために、彼は立ち上がった。




