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69話 双極



 ────時は少し遡り、エリーゼが到着した頃。

 かたなを持つ黒き剣士が二人の冒険者を圧倒していた。


「ふむ、やはり洗脳か」


 予想していたことだった。

 それは邪神の第三権能『畜生ティトラカワン』の能力について知り、浮上してきた可能性。ネロがその力でベヒモス国を操っている可能性だ。

 確証もなく推測の域だったが、ゼインが自分アベルの事を覚えていない素振りを見せたことで可能性は強まった。


「さて、あとはゼイン、お前だけだな」

「んん〜〜……!」


 洗脳の解除方法は簡単である。


「光よ、眩ませ『閃光フラッシュ』」


 視界が白に包まれるが、常に気配を察知する『圏域』でゼインの影はしっかりと捉えられていた。

 そこで一か八の策。ゼインはマントを広げた。


「………」


 ゼインの姿がマントの影によって隠れる。円状に広がったマントの影、その下からアッパー気味に刺突が飛び出した。アベルにはゼインの姿が見えず、完全に不意を打った────かに思えた。


「んんっ!」


 鋭い刺突を繰り出したゼインの腕が掴み取られる。


「初手だったら傷を負っていたかもしれんが………すでに剣の長さは見切っている」


 ゼインを覆う影の範囲内から攻撃が来ることは読めていた上、ゼインもまたアベルの姿は見えていない。故に、剣の範囲外へ一歩下がるだけで予測不能の攻撃に備えることができたのだ。

 そして、アベルは刀を掲げる。


「浄化せよ、神胤カイン


 純白の刀を振り下ろす。

 それは肉体を斬る攻撃ではなく、闇を斬った。

 浄化の刀で、闇に属する洗脳魔術を断ち切る。


「ふぅっ、さすがS級だな」


 一息をつく。ステータスに圧倒的な彼我差があったとはいえ、それを埋めてくる熟練の技、奇襲、その全てを予測するには凄まじい集中力が必要である。

 そう、二人のS級冒険者(・・・・・・・・)相手を傷一つ負わずに(・・・・・・・・・・)、勝つためには気力を使うのだ。


「アル!大丈夫……だわね」

「ああ」


 エリーゼが駆け寄ってくるも、次第に失速する。

 そして、膨れっ面になる。


「むぅ、一番早く駆けつけてきたのに……」

「そうだな。次がもっと早くに頼むぞ」

「当然よ!次はアルよりも早く来てやるんだから!」

「それは駆けつけるとは言わんなぁ」


 エリーゼよりも遅れて、革命軍も駆けつけてきた。

 熊人族長のファングが率いる隊である。


「オリヴィエ様から敵襲があったと聞いたのだが…」

「ああ、こいつらだ。頭に何かの干渉を受けていたようが、解除しておいた」

「そうか……だが、念のために拘束はしよう」


 洗脳されていたとはいえ、彼らは第四拠点を潰した張本人だ。その調査のため、ゼインとアイザックの両手足を縛り運ばれていく。


「では、拠点に────」


 そこで、は空から降ってきた。


◇◆


 豪と吹き荒れる。獣人たちは細めた目で男の姿を視認する。直後、ファングは目を見開く。


「クックックッ、俺様の支配から逃れるとはな」

「お前は……!」

「俺様はネロ・クラウディウスだ」


 そう名乗ると同時に、熊人たちは即座に武器を挙げて、なりふり構わず狂人バーサーカーが如く歯向かった。


「「「おおおおおおおおおーーーーーっ!」」」


 無粋、と吐き捨てると同時に命令を下す。


「【跪け】」


 場の全員が王に膝をつける。

 言葉に逆らえず、ただ従った。

 ───彼を除いて。


「『雷功』」


 気を纏わせた神胤カインが、ネロの首に襲いかかる。


 しかし、ネロは手に持つ曲剣で受け、ふた振りを抜き放つ。それをアベルはヘッドスリップで空振らせる。そして、続く剣戟。火花が無数に飛び散り、鍔迫り合う金属音が響き渡る。


「こいつ……」

「てめぇ……」


 ────強い。

 互いの実力が均衡している事を理解する。


 ネロの力が僅かに強く、アベルが僅かに疾い。

 アベルは技が圧倒的、ネロは耐久が異常に高い。


 そして、アベルは即座に決断する。凄絶な速度の斬り合いの中で『気衝』を放って隙を作る。


「ほう、響くじゃねぇか」


 空いた隙に放つは、一斬必殺。

 切り札を早々に切ったのだ。


「『断界』!」


 地を裂き、森林が伐採される。

 ネロの肩が割れ、血が吹き出る。

 ───躱されたのである。


「何!?」

「【司闘竜】」


 アベルの切り札に怯むどころか、さらに前に踏み出して放った豪腕の刺突。アベルは後ろに下がりながら体を回転させ、刀を捻って攻撃を逸らすも肩に突き刺さる。


「ぐ…っ!」


 互いに弾ける。そして、アベルは『超再生』で傷を癒し、ネロは筋肉を締めて出血を止めた。


「クク、俺様と対等に戦える者がまだいたとはな」


 ファングらはアベルの攻撃で既に解放されていたものの、見ているしかなかった。割って入ることすら許されぬ速度に呆然とするしかなかった。

 彼らは睨み合い、互いに隙を探っていた。


「………」

「…………」


 そして、黒き剣士がぐっと低く構えた瞬間。

 ────遠方から純白の光が輝いた。足を止めたアベルは、眩く輝く光と共に響く声が聞こえた。


「……アート?」


 同時に、光があった方向から感じていた膨大な魔力は消失していく。向こうの戦いが決着したのだ。


「……妄執に囚われた愚かな道化だな」


 はぁ、と嘆息するネロは踵を返した。


「どこに行く?」

「興醒めだ。それに時間切れだ」

「それはどういう………」


 直後にアベルは気づく。戦いに集中するがあまり狭めてしまっていた『圏域』を拡げて気配を察知すると、ネロが去りゆく先……森の向こうから数千の兵の気配が接近してきていたのだ。


「ベヒモス軍……!」


 対しこちらは百にも満たない。仮にアベルがネロが抑え、エリーゼが守りに徹して援軍を待つとしても戦力差があり過ぎる。

 少数を切り捨てて大局……ネロを討つべきか。


「気づいたか。いくらてめぇでも全てを変えることは叶わんぞ」

「ぐ……!」


 ベヒモス王を討つ千載一遇の好機と、今ここにいる者全員を退かせて己が殿しんがりを努めて革命軍を救うか、揺れていた。

 迷っている間にアベルにとって(・・・・・・・)は苦渋(・・・)の一声が響く。


「お館様から念話テレパシーだ! 第一拠点は放棄しろとのことだ!」

「……っ」

「全隊、退却だ!」


 足が動かない。決断が納得できなかった。

 止まっている間にも他の者は影に消えて行く。


「アル!?」

「……っ、分かった!」


 エリーゼの一声でようやく動く。

 その去り際にネロの声が掛かる。


「待て、てめぇの名は?」

「……アベルだ」


 そう名乗ってアベルは影へと消える。

 彼らは追跡してくるヘビモス兵を遮断しながら退却。第一拠点に滞在していた兵は無傷で退却済み、第二拠点の負傷者は数名程度だった。全体的な被害としては軽微といえよう。

 しかし、最前線たる第一拠点を失った。



◇◆


「……あいつがアベルか」

「ネロ様」

「遅い。タイミングも最悪だ」

「申し訳ないにゃ。ネロ様が早過ぎるんだにゃ」


 兵を率いる猫耳の少年は申し訳なさげに笑った。


「それよりも、何だか嬉しそうにゃ」

「……そうだな」


 猫耳の少年は、ぞくりと背筋を凍らせた。

 強欲。愉悦。そして、狂気の入り混じった表情に。


「俺様のものにしたい。服従させたい」


 好敵手でありながら、我が物としたいという強欲さもあった。そして、歪んだ表情のまま呟く。



「必ず、手に入れてやる」




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