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18 死んでしまえ

 ぼくももちろん、霧島さんから、体操服を嗅いだり舐めたりした容疑者の一人として疑われた。

 ひどい言いがかりだ。たしかにぼくは、田宮くんに体操服を嗅ぐようそそのかしたが、ぼく自身は、霧島さんの体操服などに興味はない。


 そこでぼくはあることを思い出し、かばんから一冊のノートを取り出した。『ラヴィン・コイワイ』である。

「ぼくは、小岩井さん以外の女性など眼中にない。これがその証拠だ」

 霧島さんはぼくのノートを広げ、まじまじと読み出した。恥ずかしかったが、ぼくはがまんした。

「平井くん、これは、二度と人に見せない方がいいと思う。もちろん、小岩井さんにも。わたしはなんだか、君の妄想力が恐ろしくなってきたよ」

 霧島さんはドン引いた感じの顔で、ノートを返してくれた。どうやら、ぼくが犯人ではないと認めてくれたようだ。


 ぼくは霧島さんの隣に立ち、正座をしてうつむく田宮くんを見下ろした。

 霧島さんが吐き捨てるように言う。

「さて、この変態、どうしてくれよう平井くん。とりあえず罵ってみようか」

 ぼくはあごに手を当てて考える。ちらりと田宮くんに視線を送り、そして霧島さんを見る。

「待ってくれ霧島さん。たしかに田宮くんは、まじもんの変態かもしれないが、君、今日田宮くんから告られたんだろう」

「そうだけど」

「田宮くんの話によれば、告白の返事すらまともにしていないらしいじゃないか。口くさいって言っただけで。ちゃんと返事をした上で、田宮くんのことを罵ったらいい」

「返事なんて、最初から決まっている。わたしが口にするまでもないじゃん」

「それは、純粋な気持ちを打ち明けた者に対して、あまりにも失礼だ。とにかく、田宮くんを振るなら、ちゃんと振れ」

 霧島さんは不服そうに押し黙った。

 ぼくは田宮くんの腕を掴み、彼を立ち上がらせる。

「田宮くん、もう一度告白しろ」

「もう無理だよ平井。結果は見えている」

「結果は見えているだと? 結果から目を逸らしている、の間違いじゃないか。まだ君は振られていない。泣き言なら、振られたあとで、いくらでも吐け」

 田宮くんはうつむいたまま、うなずいた。それから顔を上げ、霧島さんと正対する。


 しばしの沈黙が流れ、田宮くんは口を開く。

「一年の頃から、ずっと好きでした。こんなことをしておいて、付き合おうなんて図々しいことは言わない。だけど、俺のこの気持ちだけは受け取っておいてくれ」

 田宮くんの言葉に、霧島さんはあざわらうように吹き出す。

「うるせえだまれ。この変態野郎。死んでしまえ」

 ぼくはため息を吐き、霧島さんのもとへ歩み寄って、霧島さんの頬を引っぱったいた。

 ぼくに叩かれた霧島さんは、頬をおさえ、畏怖の眼差しでぼくを見上げた。ぼくは、彼女のそんな、いつまでも被害者ぶったような態度が許せなかった。

「『死んでしまえ』は、おまえの方だ霧島さん。いくら変態行為を働こうが、田宮くんは今、真摯な態度で霧島さんに向き合ったんだ。それを一瞬でも受け取ろうともしない、霧島さんが死んでしまえ」

 霧島さんは、とうとう泣き出してしまった。

「何故わたしは、体操服を嗅がれたり、舐められたりしたのに、その上、ひっぱたかれて、死ねとか言われたりしなきゃいけないの。意味わかんない」

 ぼくはやっと、自分がやり過ぎてしまったことに気づいた。


 霧島さんは泣きながら床に落ちた体操服を拾い、そしてぼくの足に一回だけ蹴りを入れた。蹴られたのがすねだったので、ぼくはすねを抑えてうずくまった。

「平井くんのことは、小岩井さんに言いつけてやる。口臭大魔神のことは、女子全員に広めてやる。おまえら、二人まとめて死ね!」

 霧島さんは泣き叫んで、教室を飛び出していった。

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