爆発都市メテオ小
赤い女がスライムか……普通の女に見えるが。
そもそもスライムなら人間界にも普通にいる。よく道端でぷにぷにねばねばしてる。ダンジョンとかだと天井にいたりするし。それとは別物なのだろうか。
神界、いやダンジョンコアやそこに転がっている勇者の源泉、それらを『スライム』と呼ぶのなら、それと同類が赤い女なのだろう。確かにマナフィールドで検知できないという特異性が同じではある。
戦いぶりを見ていると、どうも赤い女は魔王城ダンジョンであった時のようなキレがない。
赤い女は忌々しそうにアバドンちゃんを見ている。アバドンちゃんも意外に善戦しているな。『マナが効かない』にも関わらず。
「アルマ、お前が予想した通りだ。さっきの赤い女の『溶けて混ざれ』攻撃で俺のマナフィールドが消失した。さすがだな」
「ふふん、なのです」
だいぶ調子に乗っている。腰を手に当て今にも高笑いしそうだ。まあ、調子に乗っても全然問題ないぐらいの成果だ。
ここに来る途中、事前に打ち合わせをしていた。もし赤い女と戦うことになった場合どうするかを。
赤い女が何者かなどわからないし、当然ながら弱点も見当がつかない。しかし、マナフィールドで探知した時にそこだけマナが空白になったことからアルマが一つの予想と提案をしてくれた。
『それが何であれ、マナがないのだからマナに訴えない物理現象で勝負してみるのが良いのです。もしかしたらマナを無効化・消失させる可能性すらあるのです。だから、例えば──』
アルマの言葉を思い出していると、赤い女がこちらに向かって来るのが目に入った。
やりにくそうに戦うアバドンちゃんの隙をついたのだ。狙いはこっちで息も絶え絶えな勇者かな。やるしかないか。準備はしてある。
「ブレア、アルマ、メスブタ、やるぞ」
そう、例えばこういうことだ。
「えい」
俺が辺り一帯の地面を硬く変質させる。砂、岩、鉱物、これらを分離、結合させながらより硬いものを増やしていく。結構しんどいな。だが、今の俺ならこの程度の物質の変質は可能だ。
周辺数十メートルの地面は鉱物のような突起をあちこちから飛び出させている。さて、ここまでの質量を変質させれば十分だろう。赤い女の足がわずかに止まる。警戒しているのか? 俺の仕事はひとまずここまで。あとは万が一に備えてお嬢様方の盾になる準備だ。
「シンテサイズ!」
そしてブレアが大地を一気に収束させる魔法を唱える。俺が硬くしたあらゆる物質が一点に収束して行く。直径10メートルはあるだろう巨大な塊の出来上がりだ。当たったら大変なことになりそうだな。ところどころ突起がある。近くで見れば突起だらけの凶悪な壁だ。硬い突起がいっぱいあるのだ。
ここで赤い女が勇者に向かって駆け出した。黙って見てるわけがないか。死にませんように、と祈りながら女と勇者の間に出る。俺に向かって女が繰り出したのは普通のパンチだった。なめられてるな。助かる。
実はそれなりに格闘はいけるんです。色んな相手とやるたびに本質を掴んできたからな。女の拳をいなし、崩し、打つ。ダメージはなさそうだ。だが、足は止まった。裏ではアルマが魔法を唱えていた。
「ムーヴインテンションなのです」
『なのです』はやめなさい。とくに切迫しているときは本当に。死ぬから。
と言いつつ、この魔法は念のためだ。塊に絡みついた俺やブレアのマナを移動させ、まっさらで綺麗な状態にする。
本来なら呪いや弱体化、強化などの意思が絡みついたマナをどこかへ追いやる魔法だ。『どこかへ』という点でずいぶん乱暴な魔法だが。
赤い女がマナにどう干渉しているのか全くわからないため、こっちの意思が絡んだマナは安全のために消しておくことにしたのだ。
ここでアバドンちゃんが上空から落ちてきて、女を叩き潰してくれた。よっしゃいいタイミングだ。アバドンちゃんナイス。ここで離脱だ。離れる俺を見て何かを察したのか、アバドンちゃんも後ろに飛んだ。赤い女は起き上がろうとしているが、間に合うか。
「真・メテオブーステッドパ――――――ンチッ!
仕上げがこれ。メスブタが思い切りジャンプし、空から力いっぱいパンチで赤い女に向かって塊を飛ばす。塊は途中で一部砕け、まさにメテオのごとく空から降り注ぐ。すごい勢いの完全な物理攻撃だ。
今回メスブタはその身体力のみでこの塊を飛ばしている。拳には一切のマナを纏わせていない。とんでもない女だ。破壊の拳はマナを纏っているため禁止したが問題なかったな。
赤い女もダンジョン内で見た時に比べて弱っているように見えたが、アバドンちゃん戦でさらに弱っていた。今ならいけるのではないか────という期待が的中した。
赤い女は次々と降り注ぐ岩や鉱物の塊を避けきれず、少しずつ削られ、潰れ、そして最後は山の中に消えた。
しばし待つが、中から出てくる気配はない。ここで一発ブレアの収束魔法を使うか。いや、下手なことはしたくない。やはり相手の特性がわからないままというのがキツイ。
悩んでいると、背後から声が聞こえてきた。
「やったっ!」
「やったのです!」
「おい、お主ら! 見事な連携だったではないか!」
メスブタとアルマに加えてアバドンちゃんまでニコニコだが……。
「それはなんか嫌な予感がするなぁ」
「むぐぅお!」
悲鳴に振り向く。勇者だった。そして……スライムが勇者に絡み付いていた。普通の粘性のスライムだ。白くてねばねばしてる。赤い女か?
「ほらな。嫌な予感がしたんだよ」
スライムは勇者を引きずり移動し始める。思ったより速いじゃん。ていうかふつうに速い。白いねばねばと勇者の組み合わせが気持ち悪いとか思ってる場合じゃない!
追いかける。さて、どんな手が取れるか。変質は効かない。殴るにしても勇者を巻き込む。斬る。斬れるのか? 斬ることに意味があるのか? 燃やす……。
頭の中に無数の選択肢が浮かび消えていく。定まらない。どうする? しかしその思考は無駄に終わった。
スライムが勇者を連れ去った先には、『勇者の源泉』があった。
「ジャン!」
ジーラさんの叫び声が聞こえてくる。くそ、間に合わない。
そして、スライムは勇者を『勇者の源泉』に突っ込んだ。辺りが眩い光で満たされる。
気付いた時、そこには倒れた勇者だけがいた。あわててマナフィールドを伸ばし、状態を探る。
……よかった生きている。何だったんだ?
「ジャン! やだ、やだよ、ジャン!」
「ジーラさん、生きてますよ。異常はなさそうです」
そう言うと一気に緊張が解けたのか、ジーラさんは涙をぽろぽろとこぼしながら勇者に縋りついた。しゃくりあげながら泣いている。
この人は普段はどうあれ本当に勇者のことが大事なのだろう。マナを介して安堵の感情の大きさと、ぐちゃぐちゃになった不安や心配、何もできなかった自分を責める気持ちが伝わってくる。マナが無くても見ていてわかるか。
「えーと、すまなんだな……」
そこには少し気まずそうなアバドンちゃんがいた。
「何がでしょうか?」
「肝心なところで役に立たなかったわけであってな……油断ぞよ」
相変わらず語尾が変だ。
「なぜ申し訳なさそうにしているぞね?」
ああ、もう。俺も語尾が。
「依頼主ゆえ」
「依頼主?」
依頼した覚えがない。
「知らずに呼んだのか? ガチャで引いたインターホンだろう。一度だけ代わりに敵を抹殺するという品だぎゃ」
「あ、そんな便利系魔道具だったのかえ……」
今回に打ってつけの魔道具だったわけだ。ガチャの説明書とか景品一覧とかガイドブックとかないのか。どっかの悪魔が作ってくれてないだろうか。
「抹殺できなかった代わりに何か……汝求むるを叶えん?」
話しにくいなコイツ。
「じゃあ、教えて欲しいことが一つありまする。あの女をスライムと言っていましたが、どういうことでしょう? 地上にいるスライムとは違うのでげすか?」
「スライムは2種類いる。人間が認知している粘性生物としての魔獣と、そうでないもの。後者はLDM粒子──低次元マナ粒子の収束体だ。折に触れて神が始末しているが……あそこまではっきりと意思を持った者がいるのはまずいぞい」
LDM粒子か。今度は集まりやがった。えっと、確かマナが物質に収束してオリハルコンとかミスリルになる。そんでそれがLDM粒子になる、だったからあの赤い女はオリハルコンが進化したみたいな感じか? オリハルコンのインテリジェンスソードがスライムになりましたみたいな?
んー。関わらなきゃダメなやつなのだろうか。ノータッチで行きたい。神になんとかしてもらえるようにもっとアピールしておかないとな。
「そうそう。魔王城ダンジョンにも現れてサタン様たちと戦っていたので神々の耳にも入っているはずですよ。ここの事も神々の耳に入れておいた方が良いのでは?」
「そうか、サタン殿が。ならば我は今ここで起きたことを報告するだけだな」
「あ、我々のことはただの探索者とお伝えいただけないでしょうか」
一応、脱獄者ですし。この忠義にあつそうな武人が応えてくれるかはわからないが──
「依頼主の願いだからな……構わん」
応えてくれた。ラッキー。
話がひと段落したのを悟ったのか、メスブタがぐいと前に出る。
「戦ってくれっ!」
「それはもうだめだ。時間切れ故に。しからば、バイバーイ」
謎の口調だが、だんだん砕けてきている気がする。今度からダンジョンでも顔パスで最下層を通れないだろうか。
アバドンちゃんは地面にもぐっていった。どうなってんだ。すごいな。
後にはメスブタの咆哮のみが響いていた。




