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すこし不思議


 眼下には遺跡があった。巨大な街の遺跡だ。

 グルガンと同じく、よく分からないデザインだ。丸みを帯びた輝く建物があったり、奇抜に尖った建物があったり。高さも様々だ。ガラスが多いな。


 上から見つつ、マナフィールドを広げる。遺跡にはやはり悪魔がいるようだ。悪魔王相当の個体がいるな……2体も。厄介な。敵か味方かわからんが向こうもこちらを捕捉しているだろう。おかしな動きは避けよう。そう、急に素早く動いたり、物陰にさっと隠れたりするような動きは……『変態様』の称号のような動きはNGだ。


──────

【称号】

変態様

→人目を避け行動する黒い生物。あまり触りたくない。どうやったら死ぬのか殺し方がわからない。しぶとさを感じる。急に飛んで人を驚かせることもあるので注意。

──────


 遺跡に行って悪魔王に挨拶した方が良いだろうな。情報収集もできるし。他の皆も連れて行った方が良いだろう。あいつら全員、便器にぶち込んでやる! なんてね。


 便器の中を跳ねていき、元のトイレに顔を出す。あ……これ『変態様』だわ。


「どうなっていたのです?」


 アルマは便器の中に興味津々だな。知識欲は人一倍強いのだろう。


「遺跡があったよ」


「……便器の中に遺跡?」


 ジーラさんが首を傾げている。


「ああ、違いますよ。えーと、便器を抜けると巨大な空間がありました。そこに一つの街ほどの遺跡があるんです。ただ、便器の出口が空間の天井なので、空を飛ぶ手段がなければ遺跡に落下して死亡ですね」


「ニトはどうしたのさ?」


「俺は空を跳ねられるので」


「あ、そう……」


 もはや何も言う気がおきないという顔だ。気持ちはわかるよ。


「ブレア達には、グルガンの遺跡と同じって言った方がわかりやすいかな。たぶん悪魔王が2匹いる」


「悪魔王!?」


 ジーラさんだ。常識人は大変だな。勇者なんかずっとにこにこしているし、魔法王はずっとハアハアしている。俺が便器から顔を出しているのが面白くてしょうがないといった様子だ。

 ブレアは納得してくれたようで、平然と答えた。


「そういうことね、わかったわ。じゃあ全員この便器を抜けないといけないのね」


「話が早くて助かる。向こうにも気付かれているから、おかしなことになる前に行った方がよさそうだ」


「ぐぬぬ、しょうがないのです」


「行こうっ!」


「吾輩は通れるかね?」


 ガチムチボディがつっかえないか心配なのか。そうだな……微妙だな。

 よし、持っている水をぬるぬるに変質させよう。つっかえてもスムーズにぬるっと通れるように。


「このぬるぬる液を体に塗ってくれ。念のためだが、たぶんそれでつっかえることはないだろう」


 そして勇者はぬるぬる液を肉体に塗った。日焼けしたガチムチボディがぬるぬるてらてらと光を反射する。嫌なもん見ちまったぜ……。


「わたくしはぁ、どうしたらよろしいでしょうかぁ……空が飛べないものでぇ」


「いや、アルマと俺以外は飛べないけどな。とりあえずブタを2匹運ぼう」


 そして、俺とアルマで全員を遺跡の徒歩数分ほど手前まで運んだ。近すぎると悪魔王を刺激する気がしたので。


 流れとしては、まずアルマが翼をはやしつつ、一度、遺跡空間まで出て様子を確認。そして戻り、アルマがメスブタを抱え便器を抜ける。その後、俺が魔法王を頭から便器に突っ込んだ。

 『かんべん、かんべん、マジかんべん』と魔法王は叫び、遺跡空間の途中まで落ちたところで俺にキャッチされた。股間がちょっとしっとりしてしまっていた。癖になりそうとか言っていたが、その前に死ぬだろうなと思う。


 そして、アルマがジーラさんとブレアを頑張って運び、俺はアルマが避けたヌルヌルのガチムチを運んだのだった。密着する肉体がくどい。何というか、とてもくどい。


 終わった後、速攻で体のぬるぬるは水に戻し、乾かした。しかし汚れてしまった印象がぬぐえない。ガチムチ勇者とぬるぬるFly体験をするなんて思ってもみなかった。どうしてこうなった。



「……じゃ、全員揃ったな……いこっか……」


 そして歩くこと数分。遺跡の入り口では悪魔達が出迎えてくれた。真ん中にいるのは悪魔王だな。マナフィールドで探知しなくても見た目で十分にわかる。こいつは王だ。


 まずガチガチの筋肉。これは紛うことなきマッスルキングだ。上腕二頭筋をピクリとさせればその衝撃波で吹っ飛ばされそうだ。髪は轟々と燃える炎のように赤く、逆立っていた。怒髪天をついておられる。おこだ。


「何者だ」


 悪魔王(仮)が問うてきた。なんだかピリピリした雰囲気だな。ここでも赤い女がなんかやったのか。


「人間です。勇者と愉快な仲間達です。みんな個性豊かな気のいい仲間なので仲良くしていただきたい。手土産のみかんがなくてすみません」


 答えると悪魔王(仮)は若干悲しそうな顔をした。


「みかんがないのか……。いや、それは良いが。なぜみかんが好きだと知っている?」


「グルガンの魔界村に宿泊したことがあり、ベルゼブブ様とも面識があります。今は……たしか、みかんの苗木を探してるそうですね」


「なるほど。嘘ではなさそうだ。我はサタン。憤怒の悪魔王サタンだ」


「見た目は憤怒ですけど喋ってみたら凄く冷静に見えますね!」


 あ、見た目は憤怒とか言って失礼だったかな。憤怒しちゃうかな。


「怒りとは後からやってくるものだ。思い出してイライラするのが一番の憤怒だ。目の前にいれば怒りのぶつけようがあるが、後からイライラするとどうしようもないからな。後からイライラは憤怒の最上級だ。我の持論だが。我はだいたい寝る前にイライラして寝れなくなる。そのことにまたイライラするのだ。終わらないイライラが不眠症につながる。これぞ憤怒」


 どおりで目の隈が凄いと……。しかし暴食の時も思ったが憤怒も言葉の印象より実態がかなり弱い。寝る前にイライラって何とかセラピーでどうにかなるんじゃないのって思っちゃう。アロマ焚いたりハーブティー飲んだりしてみろよ。

 俺のさっきの発言も今夜、憤怒されるのだろうか。小さい憤怒だな。


「憤怒のサタンさんだけじゃなくて皆さんピリピリしてますね? 何かあったのですか?」


 サタンは少し考え、頷き、遺跡の方を指さしながら答えた。


「まあ、ダンジョンにいるなら知っておいた方がいいだろう。公民館まで来い、説明してやる」


「ありがとうございます」


 そして全員で歩き出した。遺跡はやはりグルガンと同じ系統のようだ。


「ここは何という街なのです?」


 アルマはきょろきょろしている。まあ、これも観光みたいなもんか。


「魔界村3だ」


 何と安直な。というか魔界村って何個かあるんだな。


「そういえば遺跡はどこも不思議ですね。この建物とか素材は何でできてるんですか?」


「強化クリスタルガラスとCMカーボンナノチューブだ。軌道エレベーターも作れる強度だな」


 わからん。


「へー」


 興味津々とうろうろするアルマに、サタンに殴りかかろうとするメスブタ。2人を捕まえていたら公民館についた。非常に疲れました。


 グルガンの魔界村と同じく公民館だけは、慣れ親しんだ外観だった。中に入り、執務室へと案内された。扉を開くと、そこにはまた別の悪魔王がいた。穴ガチャで激レアのフィギュアを連続で引いたような気分だ。


 悪魔王はガーリーなボーイだった。ミドルに近いショートヘアで、服装もふわっとしたシャツに、短めのパンツを履いている。女だったらなー……今のところ悪魔王3匹全部オスじゃん。


 サタンが紹介してくれた。


「こいつはベルフェゴールだ。ベルフェゴール、こちらは勇者と愉快な仲間達だ。全員が個性豊かな気のいい人間らしい。手土産にみかんがないことを謝罪していた」


 適当な自己紹介がここまで正式に採用されると何とも言えない不安を覚える。もっとカッコよく自己紹介すべきだったか。


「あ、ども。ベルフェゴールっす。やー、パネェっすね。人間のマナ総量とはおもえねっすよ。やっべー、マジやっべー」


 マナ視を持っているのか? 要注意だな。


「仕事中でしたか? 突然すみません」


「いや、構わねっすよ。適度な休憩は必要っすから」


 ベルフェゴールと言えば怠惰だが。働いてんのか。


「怠惰ですよね?」


「うーん、ストップ過労死って感じっすね。人が働いているのを見ると、休めー休めーって思うんすよ。自分がやるっすって。良くないって自覚してるんすけど……今回、トラブルがあったんすけど、部下が自分の過労死を心配して魔界村7からサタンを呼んだっす。ははは、部下に恵まれてるっすよ」


「なるほどですねーははは」


 上司と部下の関係に愛があるな。でも気になるのはどこにも怠惰がないところかな。いや、もうどうでもいいか。


「あ、俺はニトです。こっちから順にブレア、メテオストライクブースター、アルマ、勇者ジャン、ジーラ、魔法王ゾアです」


「魔法王に勇者っすか……」


 ベルフェゴールの反応はあまりよろしくない。ここの悪魔は魔王生産工場の人なのかな。作るたびに殺されているんだから良い印象を抱いていてもおかしくはないが……。


「ところで、トラブルというのは?」


 サタンが答えてくれた。


「変な女が現れた。我々にもわからん。赤い女だ。知っておいた方が良い、というのはそいつに気をつけろという話だな。13人の悪魔が犠牲になった。今は葬式と遺族への補償など手続きでてんやわんやだ。それに赤い女の捜索もな。一度だけ遭遇したが、数分戦って決着がつかず気まぐれに去って行った……ちっ舐めやがって」


 やはり赤い女の件か。憤怒のサタンは思い出しイライラなさっている。寝る前じゃなくてもイライラするんだな。去っていったときは『フーン、去るんだ?』みたいな感じだったのかな。冷静に考えて舐められてた気がしてきたと。

 この悪魔王と戦って決着がつかず、なおかつ『舐めやがって』という印象まで抱かせるとは相当強いな。


 ここはひとつ情報交換と行こう。


「なるほど……実はその女なら数時間前に我々も出会っています」


 ベルフェゴールとサタンが身を乗り出す。


「まさか!」


「……何があったんすか?」


 さて、どこまで話してもらえるかな。まずは軽くジャブだ。


「魔将軍を葬っていましたよ。完全に。その場にいた我々の誰も新たに魔将軍になることはありませんでした」


「なっ、やられた。まだ下にいるとばかり……!」


「くっ、遅かったっす。ここを抜けてたんすね」


 正直な悪魔王どもだな。わかりやすすぎる。おっと、マナ視スキルホルダーが相手だ。ちゃんとマナは管理しておこう。感情を揺らがさず、平坦に。


「魔将軍が死ぬと困るのですか?」


「……まあ」


 サタンは答えに窮している。なるほど、魔王と魔将軍に悪魔がかかわっていることを話したくないのか。


「俺たちも赤い女を追っています。できれば情報を交換していただきたいのですが」


 ベルフェゴールが悩まし気な顔で話し始めた。本当に正直者だな、おい。


「魔王は永遠に誕生しない。魔将軍が死んだことで魔王の輪廻は終わった」


「それは……素晴らしい事ですね! じゃあ勇者はもう戦わなくていいんですか?」


 悪魔王たちは渋い顔で黙り込んだ。ふーむ。追撃しておくか。


「魔王が生まれないなら勇者も生まれる必要がない、ということですよね?」


「……それは知らん」


 サタンが答えた。どういうことだ? 魔王について話しておきながら勇者についてはこの回答。勇者は管轄が違うのか? それにしても冷たすぎる反応だ。管轄が違うどころか敵対している? いや、飛躍し過ぎか。もう少し聞いてみよう。


「そうですか……ご存じないのですね。勇者はどうしたらいいのでしょう?」


「だから、知らん。勇者は好きにすればいい。問題はもう魔王を誕生させることができないという点だ」


 ほほう、なるほど。サタンさん失言では。悪魔が魔王を生んでいたということで確定して良いかな。しかも魔王誕生の仕組みの復旧は困難。そして、おそらく勇者の運営者はここの悪魔とは別口だ。勇者と魔王は黒幕が同じで作られた対立ではなく、黒幕たちの代理戦争をしていたのか?


「そうですか……しかし魔王が出ないとなると世界の未来も明るいですね。魔族領も発展するでしょう」


 さすがにそろそろ分かった上で言ってることは気付くかな。未来が明るいとか発展とか分かりやすすぎるか。

 案の定、2人は表情を引き締めた。


「お前の言いたい事はわかった。もういい。たしかに、魔王は世界を停滞するためのものだ。だが、ここまでだ。これ以上は言えん」


「そうですか。わかりました」


 まあ、いい。神の依頼か何かだろう。停滞させるということは神の意志にも悪魔の意志にも沿うものだということだ。ただし、悪魔はやり方を変えたいところや不満もあると。例えば聖女のように。

 魔王の仕組みが終わった今回の事件、これは神も悪魔も望むところではないだろう。しかし、だとすれば勇者は何だ。

 てっきり、魔王は『変わらない驚異の演出』であり、勇者は『変わらない希望の象徴』かと思っていた。そう、伝説という一種の娯楽ではないかと…………どうも違うな。


 あの赤い女は勇者の仕組みも壊すのか、壊さないのか。それが問題だ。


「あ、そうだ。もう一つ情報が」


「なんだ?」


「あの女、ステータスがありませんでした。そんなことあり得るんですか?」


 何かしらの回答が即座に返ってくるだろう。そんな俺の予想とは裏腹に2人の悪魔王は戸惑っていた。


「ステータスが、ない?」


「何を言っているっす? そんなことあるはずないっす」


 おっとこれはいよいよ不味い雰囲気では。何者だ、あいつ。


「ここにいるブレアがレベル10のマナ配分読解スキルを持ってまして。ステータスを読むことなら一流ですが、あの赤い女からはステータスを読むどころか、マナもほとんど読むことが出来ませんでした」


 驚愕する悪魔王たち。これは……手を引くべきか。


「有史以来、前例がないことだ」


「それはやばいっす。創造神様案件っすね」


 出た創造神。となると赤い女追跡は終了だ。幸い魔王が誕生できないことは確認できた。ならばあとは…………帰って遊ぶだけだ! 仕事は終わりだー!


「それは大変なことですね。我々は早めに帰ろうと思います。あ、ところで一泊していっても?」


 さすがにこれから帰るのは怠い。泊まりたい。


「構わん。ベルフェゴール、ゆっくりできる宿があったな?」


「あるっす。皆さん泊まれるっすよ。『堕落の豚亭』という宿っす」


 いい名前じゃん。よーし、今夜はブタの調教に挑戦だ! ああ、こんな時にグルガンの魔界村『断罪の拷問具亭』、ラッキーキャットさんの拷問具があれば色々楽しめたのに…………あ、箱。


「そうだ、グルガンの魔界村のラッキーキャットさんからこんな箱をもらったんです。旧世界の遺物だとか」


 しまっていた箱を取り出す。5センチ四方の正四面体。肉球の柄がある。ベルフェゴールの顔色が変わった。


「これが……魔界村に? あるところにはあるもんっすね」


「すごいモノなんですか?」


「AI……自律型・反LDM粒子隔離ロボのマザーボードっすよ。壊れてるっぽいっすけど。わかりやすく言えばホムンクルスの脳みそっす。マナがほとんどLDM粒子化した……力が平準化された魔法もない世界の技術っす」


 なんじゃそりゃ。


「そうですか……ところでこの魔界村って穴ガチャはあるんですか?」


 突然の話の切り替わりにきょとんとする悪魔王様方。いや、後ろの仲間たちも。


「あるっすよ」


「よしっ! このマザーボードやらとDコインを交換してもらえませんか?」


 貰い物だけど別にいらないしな。壊れているようだが、こういうのって壊れてても欲しい人は欲しかったりするじゃん! 高額ですように!


「それなら300枚は交換できるっす」


 え、フィルトアーダ君とはDコインと白金貨1枚を交換したから……白金貨300枚? もしかしてラッキーキャットさんはとんでもないものをくれたのか。気付いていたのかこの価値に。それとも悪魔に金は無意味か。


「ち、ちなみに、金貨ならどれくらいに?」


「白金貨350枚っす」


 フィルトアーダ君、良心的だったんだな。Dコイン1枚に対してベルフェゴールは白金貨1.17枚、フィルトアーダ君は白金貨1枚だ。交渉とかめんどいしこれで────と、思ったらアルマが張り切りだした。



 10分ほどの交渉の末、結局マザーボードはDコイン100枚、白金貨250枚になった。やるじゃんアルマ。さすがパーティきっての守銭奴。


 赤い女の件も手に負えなくなったし、早速ガチャだ! ひゃっほー!


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