魔王だってトイレぐらい使える
エルフの儀式らしい。
半裸になった勇者がリーフレイヌが死んだであろう場所で悲しみの舞をささげる。彼のマナは悲しみによって分散していき、死んだ彼女の魂とともにマナ脈へと流れていく。そして、マナの終着点であるここ魔境まで、無事に着くことを祈るのである。
正直に言って悲しい顔で踊り続ける半裸のマッチョを見るのはつらい。それが葬式だとしても。しかし今はお葬式中なので厳かな顔をするのみである。
なお、今回のは簡易版とのことで、本来なら遺体を前に盛大に魂を送るすごい儀式があるとのこと。
しかし、実際は魂らしきものはすでに見当たらなかった。マナフィールドで感知できないし、ブレアも視認できていない。
俺たちは、勇者達とともに一人の英雄のここにはない魂をここ魔境からここ魔境へと送った。何やってんだ。
◇ ◇ ◇
「さて、どうする?」
葬式が終わり、俺はブレア達3人へと問いかけた。
「下層へ向かうべきだと思うわ」
「俺もそう思う」
俺とブレアの意見は一致した。
「何故なのです? またあいつに会ったら危ないのです」
アルマは反対派か。だと思ったが。
「後回しにすると後手に回る可能性がある。あいつがここで何をしていたのか、何らかの痕跡があるなら確認したい。できれば今後のことを考えて何者なのかヒントを得たい。何より、危険というなら戻っても出会う可能性はある」
「うむむ……なのです。反論はないのです」
メスブタは黙り込んでいる。迷いが大きいのだろう。死神を前にして殴り合った彼女ですら、殴りかかることを躊躇したのだ。その戸惑いは大きいだろう。数百年生きて初めての経験なのかもしれない。
「メスブタ、全力で逃げることもできる。戦うか逃げるか、それは俺達が判断する。戦う時は、殴るか殴らないか、お前が自由に判断していい。任せる」
メスブタは顔を上げ俺を見た。揺れる瞳が俺を映す。ここまで迷うのは見たことが無い。だが彼女の言葉は力強かった。
「殴るっ!」
迷いの中で、自らを鼓舞するかのように決意の言葉を口にした。気持ちの面で揺れていても曲げられない軸があるのだろう。揺れ惑う気持ちに一本の柱を立てるその姿。美しい、素直にそう思った。
「よし、決まりだ。だが危ないと思ったら殴るなよ。安全第一だ」
俺達4人の意見がまとまるのを待っていたのか、勇者が声をかけてきた。
「失礼、ナイスガイ。我輩も連れて行ってほしい」
真剣な顔だ。冗談ではないだろう。
「ジャン!? 何言ってんのさ、アタシ達じゃ力不足だよ!」
ジーラさんの言う通りだ。あの女を前にして一歩も動けなかった勇者たちを連れていく危険は冒せない。
「吾輩の我儘であることは重々承知している。ただ、魔王の間の先があるなら、見てみたい。そこに魔王の源泉があったのか否か。そして、それは今どういう状態なのかを」
「それは勇者としての責任感ですか? それとも個人的な願いでしょうか?」
連れて行かないと決めている。だから答えによって何が変わるわけではないが質問が口をついて出てしまった。
「両方だ、な。我輩に勇者として、男として、かつて散った仲間達の本懐を遂げさせてくれ。魔王の悲劇を終わらせる。そう誓ったのだ。それは吾輩が倒した魔王だけのことではない。今後、誕生するかもしれない魔王もどうにかしたかった。やり方は皆目見当もつかなかったがな……その答えが出たのなら、確認したいのだ」
気持ちは分かった。だからこそ思う。お前、リゾートでヌーディストビーチがどうとか言ってる場合じゃなかっただろう。まあ、やることがわからないまま、闇雲に何かをしようとしても辛いよね、とフォローしておこう。
魔法王も何か言いたいことがあるようで、伏し目がちに足元を見つつ、スッと手を挙げた。
「発言を許す」
躾は順調だ。
「ありがとうございますぅ。えっとぉ、わたくしもぉ、魔法王という役職がどうなるのかぁ、気になるところがありぃ、そのぉ……魔法王の責任を果たさねばならないのです」
ああ、そうか。魔王がいなくなるなら勇者がいらなくなるから魔法王もいらなくなるのか。
「わかった。俺たちが4人で見てくるから待ってれば?」
答えるとジーラさんの突っ込みをいただいた。
「ドライ! ドライすぎない!? 真剣に見えて実のところ無責任で夢見がちな2人の思いを完全スルーした現実的な妙案だけども! 妙案なのだけれどもさ!」
ジーラさんは突っ込み上手だな。突っ込みながら2人に注意し、俺の導いた最適解を推奨してくれた。
そう、お漏らし魔法王とワガハイマッスルを連れていく必要はないのだ。ちなみに、お漏らし魔法王の汚れた服は丁寧に変質してあげた。乾かしたのはその通りだが、それだけではなくおもらしによって色が変わった部分はそのままの色で変わらないように仕立ててある。
綺麗なのにお漏らししたみたいな模様の服になった。黒のタイトでミニのスケスケワンピースの股間部分だけ、より深い黒になっているのだ。紫の網タイツも同様に、液体が伝った内股部分のみを深い色のままとして乾かしている。良い出来だ。
「ニト、私は3人と一緒に行くの賛成よ」
ジーラさんは愕然とした顔をしている。何を言い出したんだ、と。心底行きたくないのだろう。だってさっきの赤い女のクレイジーっぷりといったら凄かった。
思い出すのは地元の友人だ。クレイジーな友人だった。クパー貝にムムントソースをたっぷりかけて叩き割りながら『もう食べられない、もう食べられない』と泣き叫んでいた。
あれよりはクレイジーだったかな。普通はそんなやつ会いたくないじゃん? 今頃何してるんだろうな……近々、地元にでも顔を出すか。レンタルエロ魔道具の行く末が気になる。
「一緒に行く理由がないと思うが……なんでだ?」
「魔王の源泉の残骸があったとして、それの確認をするのに最も適任なのは魔法王だわ。勇者の源泉を見たことがあるのでしょう?」
魔法王はこくこくとうなずき、ガッツポーズした。まるでゲームで一抜けした時みたいだ。
「じゃあ魔法王だけで良いのでは?」
「勇者とジーラさんはいた方が助かるわ。私たちも最奥まで行くわけじゃない。途中まで様子を見に行くだけよ。2人の力量があれば、グルガンの90階層程度の難易度までは役に立つと思うわ」
相手を目の前にして中々の上から目線だが……それでも甘く見過ぎだと思う。
「難易度が急激に跳ね上がる可能性はあるし、何より赤い女に出会えば足手まといだ」
「そうね。だけど、さっきあなた自身が話したように戻っても待機してても赤い女に出会う可能性があるのよ。2人だけは危険だし……置いていこうにも着いてくるわよ」
「わかってるね、クールビューティ」
ブレアに向かってウインクする勇者。ブレアにそんなんするなんてマジで勇者だな。ブレアからの一瞬の殺気にその場の全員が息をのむ。ほら言ったじゃん。言ってないけど。
「そ、それもそうか。人情的にも納得してたし合理的な理由があるならなにも問題ないよ。行こうぜ」
今ブレアに逆らう勇気はない。
「ああ、ナイスガイ! 行こう!」
「しょうがないね、1人じゃ帰れないし着いて行くよ」
ぶっちゃけ、ジーラさんがここまでに見せた技のキレならば1人でも帰れそうな気がしないでもない。ブレアは危ないと思ったようだが。まあ、なんにせよジーラさんは勇者が心配なんだな。
正直みんな邪魔なんだけど。まあいいか!
◇ ◇ ◇
さて、隊列を考え直した。あらためて、先頭は俺だ。次いでメスブタ。そして魔法王、アルマ、ブレア、ジーラさん、筋肉だ。
実は、罠の探知について20階層まででジーラさんに一通り教えてもらったりしていた。その知識を応用してマナフィールドで検知する仕組みを強化している。索敵能力も向上している。
俺の変質者スキルの今のレベルだと、他者のマナフィールドの影響下にある物質まで変質できる。つまり、メスブタが再生対象と認識している衣服に穴を開けることができるのだ。すごいぞ!
えーと、それで、どれくらいか分からないがこの後レベルが上がれば、魔将軍やアバドンちゃん対策で本命だったマナの変質が可能になる。
マナ総量での勝負になるが、格下ならまずマナを変質させることが出来る。そして、その後はステータスをいじったりできるようになるわけだ。つよい。
さらにその後は、空間全体を変質させることが出来るようになる。もしかしたらその後は世界を変質させることが可能になるかもしれない。あるいはどこかにいるマナちゃんのような存在の変質も可能となるのかもしれない。
だが、さっきの女など変質者スキルが効くのかよくわからない。無能だった時の自分が頭をよぎる。しかし思えば無能は無能で悪くなかったな。だって誰からも『優しいね』って評される女の子が俺のこととなると途端に汚物を見るような顔になるのだ。貶められていながらも貶めているような不思議な感覚になったものだ。悪くないというか、良かった。
関係ないか。
さて、隊列の話だが、敵が来たら2匹の雌豚が対処する。ウチはブタパーティだから。メインの火力はブタなのだ。真ん中のアルマは回復要員。みんなで守るパーティの要だ。そして、サポートにブレア。ブレアはバックアタックの際にも対応できる配置だ。そしてしんがりには経験豊かな斥候のジーラさんと万能筋肉──オールラウンダーマッスル──が控える。
「これでいいかな?」
誰からも異論は出なかった。ブタパーティの部分も納得してもらえたようだ。
「とりあえずマナフィールでマナを感知していけば最奥に行くことはできる。帰還はブレアの魔法だ。探索もマナフィールドでやるが、万能じゃない。何か気づいたら教えてくれ」
全員がうなずいたところで、やっと探索を開始した。
そもそも、元々は勇者たち3人でガンガン進んでいたのだ。さっきの赤い女や、それに伴う何かしらの異常対策でこのような形をとっているが、通常通りの魔王城なら何も問題ない、どころかぬるすぎてメスブタが怒るレベルだ。
しかし、実際は楽勝中の楽勝だった。楽勝・オブ・ザ・楽勝である。
アンデッドが現れる。メスブタがパンチで粉砕する。アンデッドが現れる。魔法王の精神指向性魔法──詳しく聞いたところ感情の方向性と力の強弱をコントロールして操作する魔法だとか──でなんかダメダメになったところを精神系魔法の原点『スピリットバースト』で倒して行く。精神系の魔法を覚える人はここから始めるらしい。
一度だけ背後から攻められたが、すでに検知済みだったので、待ち構えていた筋肉によって捻り潰された。俺はあの死に方だけはゴメンだ。
途中、入った部屋では武具や争いの後を発見したりした。
「我輩の前の……過去の勇者の戦いの痕跡と、その遺物だよ」
「伝説は知っているが……昔からずっとやってるんだな」
呟くと勇者は少し切なそうな目で優しく答えた。
「ああ、だからこそ終わらせたかった……」
そして、何も見つけられないまま、30階層に到達した。魔王の玉座がある30階層だ。玉座といっても巨大なソファのようなものだが。
「ナイスガイ、通説ではここが最下層だと言われている。なんせ魔王の玉座があるのだからね。しかし……どうかな?」
「まだ先がある。えーと、ああ、なるほど」
「どこだ? 定番だと玉座の下か後ろかな?」
「そいつは定番だな。残念。玉座の下でも後ろでも上でも横でもない。あっちの部屋だ」
俺が指さした方を見て勇者は顔を顰めた。
「ナイスガイ、それは部屋ではなくトイレだ」
「マジか。ならばトイレが下層への出入り口だ」
ちょっと自信がなくなったが言い切った。頑張ったな俺。
そしてトイレを開ける。綺麗なトイレだった。外れたうんこもなければ、小便の臭いもしない。お、これは期待できるトイレだ。
「私から見てもそっちにマナが集中しているわね。だけど……抵抗があるわね」
ブレアが助け舟を出しつつ抵抗してきた。納得の行動である。
便器の中が本命のようだ。巨大な獣である魔王の便器はやはり大きく、一人の人間が入るのに苦労はしない程度のサイズだった。
「そうだな、便器の中に続いているが……誰が一番に行くかが問題だな」
独り言のつもりだったが、俺を除いた6人中5人が俺を指差していた。そして魔法王1人が自分を指していた。とりあえず魔法王は無視。
「え、なんで俺?」
「第一発見者だからかしら」
ブレアは適当なこと言って俺に試させ、危険がないか確認するつもりなのだろう。まあ、間違ってない。性格的にも能力的にも俺が適任なのは俺も納得済みである。
「ニトが一番乗りだっ!」
メスブタに他意はない。一番に見つけたから一番に入る権利があるぐらいの思考だろう。
「アルマは入りたくないのです」
こいつはストレートだな。許す。が、結局正規のルートならお前も入るんだからな。
「頑張れナイスガイ」
お前は率先して便器に入るぐらいの気概を見せろよ。頭から突っこんでやりたいが、途中で詰まるかもしれないから止めておこう。
「ちょっと常識が邪魔してるから変な人から順番に行って欲しい……」
ジーラさん……俺が一番変な人なのか? そんな風に思われていたのか。
「わたくしがぁ最初にぃ」
はあはあと息が荒い。誰にも憚ることなく便器に入れる機会なんてそうそうないからな。
「待て待て。俺が入ろう」
ホッとした空気と、一部で落胆した空気が流れる。くそっ。どうせお前らもこの後に入るんだからな! たぶん。
そして俺は便器に入った。二度と考えないだろうな……『そして俺は便器に入った』なんてセリフ。
「お、おわぁ!」
あぶね。落とし穴か? とっさに変質させた空気を踏んで、跳ねた。そして落ち着いて眼下を見る。
おぉ……これは、俺じゃなかったら大怪我してたな。広大な空間、その上部に俺はいた。上を見ると天井に穴が空いていた。あそこから出てきたようだ。
空中から下に目を向ける。そこにはグルガンで見たような光景が広がっていた。




