品性について今一度考えなさい
これが魔王城か。見れば見るほどみすぼらしいな。何だろう、掘っ立て小屋とまではいかないが……えーと、魔王邸? 魔王小屋? ……ああ、あれだ、農村の民家だな。魔王ん家って感じだ。何をもって城と名付けられているのやら。
「ザ・マッスル・ブレイブ。ここが魔王ん家?」
「うむ。ここが魔のウサギ小屋…………ごほん、魔王城だ」
「ぼろくて狭くて威厳もないんだが」
「威厳は必要ないだろう。ここに辿りつけるのは一握りの強者だけ。建物の外観などに威圧されることもない。立派な外観など飾り以上の意味はないのだから、ね」
顔は見てないのでウインクしたかはわからない。
「じゃ、入るか」
と言ったところでストップがかかった。魔法王ストップだ。
「あのぉ、魔王城に着いたんでぇ、そろそろぉ、その、ご褒美をぉ……」
「ああ、そうだった。自分からねだるなんて卑しい女だな」
すっかり飼い主になりつつあった。これは現地妻一号も夢ではないかもしれない。魔法王のむちむちボディは黒タイツで覆われていた。いつぞやの誘拐時にレイシャに着せた俺特製の全身黒タイツだ。
体のラインに合わせて服を変質させており、だらしないボディラインがハッキリと見えてしまっている。肌そのものは見えないが、気持ちの面では裸と変わらない。とても良い。存分に恥ずかしがるとよい。アルマを悲しませたお仕置きだ。
というお仕置きではあるが、頑張ったらご褒美を上げる約束もしている。彼女に与えるご褒美とは、そのタイツをきつく締め付けることだ。変質者スキルで。この格好で魔王城まで行くというお仕置きをし、それまで我慢すれば御褒美をあげると約束したのだ。
「ほらよ、ご褒美だ」
タイツを締め付けるように変質させていく。むちむちの肉体を包むタイツが縮んでいき、パツンパツンになっている。おっと、だんだんくびれがハッキリして引き締まったボディになってきたぞ。いいのか。こんな姿見せちまって。これじゃあただのダイナマイトバディだぜ? 女性たちの憧れになっちゃうぞ、いいのか? 羨望の眼差しを向けられちゃうぞ?
「やだぁぁあああ、やせちゃううう! 憧れられちゃうううう、らめえええええ」
ヨダレと涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった魔法の王。魔法都市で、魔族でもっとも魔法に優れた女。最高の権力者。小気味よくパーンと音が鳴るビンタをしたい。そして、顔汁で手が汚れたことを怒ろう。この手がキレイになるまで嘗め回せと、そしてまたビンタして──
「なんていうかさ、魔王城の前でやることじゃないよ」
ジーラさんのセリフで我に返った。ほんまや。何やってんだ俺。魔王城(?)の前でやることじゃない。確かに。
ブレアの冷徹な目と、メスブタの真剣な眼差しと、アルマのドヤ顔が目に入る──ドヤ顔? なぜおまえがドヤるのだ。
「すみません、それもそうですね。じゃあ魔王城(?)に入りますか。あ、隊列はどうしましょう」
「吾輩が先頭で行こう。ここまでナイスガイ達には十分に働いてもらったからな。魔王の墓掃除ぐらいは吾輩たちがやろう。ジーラ、ゾア、良いか?」
がっちりむっちりボディのおじ様が優しい笑顔で二人の女に語り掛ける。
「ああ、そうだね。あんたらは休んでな。アタシらからしてみれば勝手知ったる魔王城ってわけよ」
「うううう、う、はあ、ああ、締め付けがああ、締め、つけがああ、ううう、あ」
あ、忘れてた。なんか顔が青くなっちゃってる。ヨダレも泡に変わってるぞ。慌てず落ち着いてタイツを元の服に戻すと魔法王は残念そうに、血色の良くなった顔で『ありがとうございましたぁ』とお礼を言った。おそらく締め付けをやめたことに対するお礼ではなく、締め付けたことに対するお礼だろう。
ということで、勇者とジーラさんが先頭、次に魔法王、そしてメスブタ、アルマ、ブレア、俺。この順序をベースにアンデッド掃除をすべく、魔王城に突入した。普通の民家のような、人ひとりが通れるサイズの扉を開けると、一本道が見えた。徐々に下に下がっているように見える。
「あれ、民家部分は? このままだとまっすぐに地下に向かいそうだけど」
「上の建物はハリボテだからな。本命はこの通路とその先のダンジョンだ」
勇者が通路を進みながら答えてくれた。
「なるほど、魔将軍はどこにいるんだ?」
「魔王がいた30階層にまで潜れば出会うだろう。稀に上がってくることもある。その時は共闘をお願いしたい」
「了解」
「だが、おそらくは吾輩たちを認識した時は止まってくれる。リーフレイヌの思いがそうさせているのかもしれないが……その隙に離脱すれば良い。誰も寄生されずに倒すのは困難だからな。それともバイオレンスピンクガールのパンチを試すか?」
止まってくれているアンデッドエルフちゃんをメスブタに殴らせるのもなんだな。襲い掛かってくるならやるが。
「まあ、無理には戦わなくていいさ。アンデッドとは言え生きてるんだ。女の子を傷つけるのは『はじめての時』だけって心がけているからな」
心がけているだけだが。
「ふふっ、ナイスガイらしい。吾輩もそう、男だろうが女だろうが──」
「女性陣を挟んでやる会話じゃねぇよ」
ジーラさんからの警告が入りました。先頭の勇者、しんがりの俺。間に5人の美女。これは失敬。紳士にあるまじき行為、変態紳士のあるべき行為だった。
「えーと、そうそう。リーフレイヌさんも勇者を視認して止まるってことは、かつての記憶があり、そして思考しているということかな?」
勇者はしばし思案し、答えた。
「……そうとしか思えない時がある。こちらを見て一瞬笑顔になったりな」
あー、それはキツイな。
「ブレア、アルマ、アンデッドをもとに戻すことはできるかな?」
ブレアはアルマを見る。アルマは嬉しそうに話し始めた。
「まずそもそも魔王の残滓なるマナがどう作用しているのかがわからないのです──くどくど、ぺらぺら、云々かんぬん──というわけなのです」
10分は話していたな。大体聞き流していたが、要するにメスブタパンチじゃなくて変質者スキルみたいにピンポイントに繊細な作業ができないと無理とのこと。そのうえで肉体を回復するか、状態によっては蘇生させる。やるならレイシャが必要だな。
「そうか。マナ総量を増やしてスキルレベルを上げたいところだな。すまんなマッスル、魔法王。ジーラさんも申し訳ないです。妙な質問で期待させたのでは」
勇者たちは気持ちの良い笑顔を見せてくれた。
「いいさ、ナイスガイ。アンデッドも生きている……墓参りの対象が減ったなら心も軽くなるというものだ。病気療養中の友人がいるならお見舞いかな。次はメロンでも持ってこよう」
ジョークじゃなくて本当に持ってきそうだ。
「そういえば墓参りってのが具体的に何をするのか……アンデッドを倒すだけで良いのか?」
「そうだな、普段はそれだけだ。だが、今回はダンジョン異常の調査も────」
「すまない」
遮って謝罪した。話してなかったな。申し訳ない。というか話してれば魔法王は来なくてよかったな。
「どうした?」
「言うのを忘れていた」
「何をだね?」
「ダンジョン異常の原因は俺たちだ」
「……? 詳しく説明をお願いできるかな?」
「もちろん。まず、俺たちはダンジョンを踏破した。グルガンだ。100階層まで潜った」
「え」
「うそ」
「えぇぇ」
勇者は珍しく目を点にして、ジーラさんは真顔で、魔法王は恍惚とした表情でお返事をしてくれた。
「そうなるのはわかる。人類最高到達階層は37階層だからな。付け加えると、聖女の件も俺たちだ。本人の希望で50階層に連れて行ったが……詳しくは省く。そしてバトゥールも俺たちが関与している。説明するには俺たちが何者かを話す必要があるが……」
ちらりとブレアとアルマを見る。2人は頷いていた。ここまで魔法王に無駄足をふませて話さないのも悪いしな。
「俺たちは神になることを強制されかけた、神界の牢獄からの脱獄者である」
「む?」
「なにそれ?」
「えぇぇ」
勇者は目を鋭く光らせ、ジーラさんは変わらず真顔で、魔法王はより恍惚とした表情でお返事をしてくれた。
ざっくり無限牢獄の目的と仕様を説明した。神へと至る道、人間界を変え得るものを閉じ込める無限に続く果てなき牢獄。物質機能固定。そこで変質神と出会い、アルマを預かり、脱獄した。
「──そして人間界へと出た先がバトゥールの最下層だったんだ。最下層で女神の気配を感じたので慌ててボスをなぎ倒しながら駆け上がったら出入口で見つかった。その時の女神の呪いの叫び声で近隣が腐ってな……」
「な、なるほど……吾輩もびっくり仰天。あまりにも強く、そして知識がありすぎると思っていたが」
「なにそれ?」
「えぇぇ」
勇者は本当に珍しくたじろぎ、ジーラさんはずっと変わらず真顔で、魔法王はヨダレをだらだらと垂らしながらお返事をしてくれた。
「しかし、ダンジョンが神界につながっているのか。なるほど、それで……」
何か気がかりなことでもあったのか? ……おっと、その前にやらなきゃないけないことがあるな。話しは中断。みんなに伝えよう。
「待て、この先にアンデッドがいる。けっこう多いぞ。かなり歩いたから、そろそろかと思っていたが」
なかなかの量だな。ここを数分まっすぐ行った先に集まってる。広場でもあるのか。質と量を鑑みるに、Sランク上位の英雄2人とSランクオーバーの勇者1人で相手するには少し手間だろう。負けることはないが怪我することはあり得る程度だ。
「ふむ。腕の見せ所だな。場所は?」
「このまま数分まっすぐ行ったところだ」
「ああ、あの広場だな、よし、行くぞ!」
勇者が真っ当な勇者っぽく号令をかけた。ジーラさんもきりっとした表情でうなずいて歩き出す。魔法王だけがだらしなかった。『ええぇぇ、アンデッド大量とか、かんべん、かんべん』なんて呟いている。墓掃除は3人でやろうと合意した直後にこれか。こいつアンデッドよりも腐ってるな。
そして広場にはすぐに到着した。アンデッドアンデッドアンデッド。見渡す限りのアンデッド。だいたい100メートル四方の広場かな。天井は10メートルほどだ。ここまで密集していると大規模殲滅系の技か魔法で半壊できそうだ。
「ちょうどいい……あの技で行こう」
「ちょっとやめてよ」
勇者は何か良い手があるらしい。対して、ジーラさんは嫌そうな顔をしている。なんだ?
勇者が集中して右手にマナを収束させていく。そして、ソレは放たれた。
「ミラクル・フラワーイリュージョンッ!」
かわいい! 勇者が可愛い技を放った。なんだそれ、ミラクル? どんなイリュージョンなんだ? 否応なしに期待してしまう!
勇者は手を開き、アンデッドの大群に向けた。その掌からは大きな手形の衝撃波が放たれていた。これがフラワーか? いや、違う! それだけじゃない、二段構えだ! まるで花のような手形の衝撃波はアンデッドの大群を蹴散らし、奴らの肉片は美しいピンクの花のように乱れ咲いた。これがミラクル・フラワーイリュージョンか。恐ろしい。俺には絶対に使えない。だって恥ずかしいじゃん。ジーラさんが渋るのもわかる。見るのもつらい。
しかしそんな俺たちの想いもむなしく、勇者は勇気ある者として2撃目を放った。
「ぺっとぺとのキャンディハンドッ!」
かわいい! 幼女がキャンディを食べるときにぺとぺとしちゃって困っちゃう絵が浮かぶ。今度はどうなるんだ?
勇者が放った魔法のような何かは、散り散りになろうとしていたアンデッドたちの足を止め逃さなかった。何を出したんだ。不安になる。やめてくれよ。俺には決して使わないでくれ。
そして、勇敢な男の猛攻は続いた。
「ふわふわましゅまろバーニングアウトぉぉおおおっ!!」
かわい……なんだそれ! かわいくない! かわいくないぞ! ましゅまろバーベキューみたいだ。焼いたましゅまろはおいしい。そういうことなのか。
その技の名の通り、足止めされたアンデッドたちは燃え……ない。燃えてない。何が……あ! なんかカッカッしてる。アンデッドが、アンデッドなのに暑そうだ。割と実体を保っている奴から順に脱ぎ始めた。
バーベキューの解放感と『ちょっと暑いね、脱ごっか?』な感じがそうさせるのか。ましゅまろがバーベキューの合間の弛緩したひと時の雰囲気を出しているように思える。めちゃくちゃ便利な技だな。教えてほしい。街で使いたい。
かつては勇者の剣と鎧で戦っていたというが、今は謎の技と筋肉の鎧で勇猛果敢に戦っている。どうしてこうなった。おかしな仲間たちのせいなのか。
一方、ジーラさんは冷静に勇者の攻撃の範囲外から敵を消して行っていた。仕事人だ。苦労人で仕事人で結婚できないのだ。
「盟約の地の時を奪いし氷の棺よ──偽りの夢を見よ、眠れる闇のコキュートス!」
鳥肌すげえ。俺の鳥肌は総立ちだ。まさにスタンディングオベーション。かっこいいからなのかかっこわるいからなのかわからない。ただ、技自体はすごい。アンデッド達がひとまとめに凍らされ、そして彼女のナイフの一振りとともに砕け散った。ダイヤモンドダストのように幻想的で美しい光景。そこに冷たい表情でナイフを持ち立つ英雄ジーラ29歳独身、惚れたら尽くすタイプ。
そしてジーラさんは続けて次の技を放つ。
「裏切りの枷は真実の番人──うたかたの楽園は檻の中で未来を失う、終末のプレリュード!」
これジーラさんが考えたのかな。もう手遅れなのだろうか。だって結婚したい願望強めのジーラさん29歳の技たちは、俺の中の少年の心をくすぐるが、男の心の方はこれをネタに悪いことしたいとしか考えない。結婚はちょっと……どうかな。
なんだかんだジーラさんは筋肉一辺倒の勇者が心配なのか、勇者の方に向かうアンデッドを率先して倒していた。まあ、半裸ドワーフさんの前例があるもんな。筋肉じゃ死ぬわな。布装備パーティの俺たちは人のこと言えないが。
魔法王は腐ってる系アンデッドを避けながら『ひええー、かんべん、かんべん!』してた。地味にちゃんと精神系の魔法を使ってゴースト系のアンデッドを倒していた。なんだこいつ、つまんねーな。意外性を見せてくれよ。普通にいつもの魔法王じゃねーか!
でも他の2人じゃ相性がわるいゴースト系を倒すのは必須なので我慢しよう。
そんなこんなで、ケガぐらいはするかと予想していたアンデッドの大群も終わってみれば無傷で圧倒した英雄3人なのだった。




