教えてアルマ先生!
「魂があるのです」
アルマ先生は自らの胸を優しく撫でながらそう仰った。愛を感じる。俺にも撫でさせていただけないだろうか。ツバ飛んできた。最近すごくツバが速い。
「魂は胸らへんにあるんですね! だから人はおっぱいに惹かれるのか……」
「いや、雰囲気でやってみただけなのです」
「あ、そうでしたか……じゃあ、ごめん、続けて。同化って何?」
そう、同化ってなんだろう……ってなった時に気付いた。『あ、アルマ先生なら知ってんじゃん?』的な感じで、聞いたら当然のように知ってた。アルマ先生がいて良かった。大変難解だろうが、頑張って聞こう。せっかくのアルマ先生の講義だ。
「そうそう。同化なのです。良いところに目をつけたのです」
腕を組み仁王立ちでうんうんと頷く先生。早くしてくれませんか。
「先生……」
「ああ、はいはい、なのです。えーと改めて、魂があるのです。それはマナが空間に収束した状態なのです。マナがどれだけ集まれば『収束した』という状態となるのかは厳密には分からないのですが、明確な判断基準はあるのです。アストラル体を纏うか否かなのです」
「アストラル……? アストラルリンクのアストラル?」
ユリーネとメスブタが繋がったアレか?
「その通りなのです。アストラル体とは簡潔に言えば霊体であり、魂の周りに構成される精神的な部分なのです。ステータスで言うところの精神力と言い換えても良いのです」
「え、ステータスの精神力って実態があったんだ。なんかもっとこう概念的なものかと思っていた」
「違うのです。ちゃんとしっかりアストラル体の持つエネルギー量として定められているのです。霊体を増やしたり減らしたりしているニトはだいぶ壊れているのです」
変質者スキルが急に怖くなった。これ使ってて大丈夫な奴なんだろうか。
「続けてくれるかしら?」
俺の戸惑いは今は関係ないとばかりにブレアが続きを促した。恐ろしい女よ。
「マナが魂として収束すれば、それは意思を持つのです。意志とはつまり、迷い、判断するということなのです。迷いと判断──分散と収束──それは感情を生むのです。その受容体としてアストラル体が構成されるのです。つまり、マナが収束したというのは魂と霊体を兼ね備えた状態であると言えるのです。そう、それは精神を有することにつながるのです」
えーと。マナが集まると自然と意思が生まれてくる。これは良い。で、意志が生まれると感情が生まれる。まあ、いいか。で、感情を管理する部分が必要になるから、魂がそれアストラル体を作って任せる。そのエネルギー量が精神力ですってことか。
「わかったわ」
「俺も。たぶんわかった」
そこからの講義は非常に難解だった。
俺たちの世界よりも上位の世界──五次元時空間──の存在であるマナで構成された魂は、この世界──四次元時空間──に対して、力を媒介する物質を求める。それが身体である。魂はアストラル体によって保護され、マナを増幅し、世界に干渉するために身体に宿る。
五次元時空間の物質が四次元時空間の物質を支配下に置くのだ。通常は、強く結合した魂、霊、体いずれかの崩壊につられ、すべてが崩壊する。しかし、マナ総量によっては身体やアストラル体が滅んでも魂が死なない、時には記憶すらも失わないということが起こり得る。マナはあらゆる振る舞いを記憶しているからだ。
魂を根源としてどこまでを己が支配下に置くかはその魂質による。つまりマナフィールドの範囲だ。これが広いほど安定している魂だとも言えるし、逆に広すぎても壊れた魂だと言える。バランスが大事だ。
言うまでもないが、俺はぶっ壊れタイプだ。
そして、アストラルリンク。ユリーネとメスブタはアストラル体がマナフィールドで接続した状態だった。メスブタ本人が自分の魂から読み取った情報が、ユリーネにも連携されていた。
もちろん、メスブタも全ての情報を魂から読み取れているわけではない。2703年に及ぶ存在期間を有する魂の、全ての技術と記憶を引き出せればとんでもない事になるだろう。メスブタが急に流暢に詩を詠み始めたりするかもしれない。ビビる。
基本的には本人の研鑽によってマナの一部を読み取れるようになり、さらにその一部をアストラル体から借りるのがアストラルリンクと言うわけだ。
例えば精霊と人間が共闘する場合、アストラルリンクが実現されることが多い。ファンタジーだ。光の精霊を纏って戦う戦士とかやってみたい。闇の精霊を纏うダークヒーローでも良い。あとは透明の精霊とかいたら楽しいし、時の精霊とかいればもっと楽しい。
なお、精霊やゴースト系のアンデッドはアストラル体のみで生命活動を維持している。精神崩壊魔法で殺せるのだ。魂は精神崩壊魔法を受け付けないが、アストラル体は精神崩壊魔法を受け付けるのだから。
精霊を攻撃するにはアストラル体に干渉するしかない。そして、アストラル体を崩壊させれば、自然と魂も崩壊するというわけだ。
だが、マナ総量があまりにも高い場合は、アストラル体を崩壊させても魂は存在したままであり、かつそこに干渉する方法がないという厄介な状態になってしまうというわけだ。そうこうしているうちに、魂は新たなアストラル体を構築し、纏う。
さて、ここまでが前置きだ。
本題に入ろう。同化とは一体なんなのか。
答えは魂の崩壊だ。単純な話だ。身体やアストラル体に干渉することなく、魂を崩壊させる。即死魔法の上位互換だ。魂は五次元時空間の存在であるため、殴り壊すことはできない。だが、同じ次元の存在、つまりマナならばマナを崩壊させうる。
四次元時空間から五次元時空間のマナを直接あやつり、マナを分散させるのだ。これは普段の魔法とは決定的に違う。
例えばファイアボール。普段はマナにお願いして火球を作り飛ばす。
『マナちゃん、火を起こしてあっちにぶん投げてよろしく!』
『よっしゃ! まかしといて! どりゃあっ!』
という感じだ。あくまでもマナちゃんが自然に介入しただけなのだ。
しかし、マナを直接操ってマナに干渉するというのはそれとは違う。
『マナちゃん、あっちに立っているマナちゃんむかつくから殴ってきてよ!』
『えっ! マナがマナを殴るんですか!?』
『うん、マナちゃん、あそこのマナちゃんをボコってよ』
『えっと、え? マナでマナを? マナはマナと仲良くしたいよ……』
『そこを何とか!』
『しょうがないか……えい!』『いたっ! えっ? あたし? どうしたの?』
『ふふふ、それでいい。傷つけあうのだ。わはははは』
というわけがわからない感じになるのだ。
それを踏まえて、同化の仕組みだ。
同化とは、自らの魂に向けて、周囲のマナを大量に収束させていくことで、強制的な高速分散を促し自壊させることなのだと。
収束したら分散する、この法則に則り、大量に収束させ、大量に分散させるのだ。自分の魂を巻き込んで。
これならマナも騙せる。
『マナちゃん集まれー! 収束合体だ!』
『わー』『わー』『わー』『わー』『わー』『わー……うーぎゅうぎゅうで苦しいよー』
『マナちゃん分散した方がいいんじゃない?』
『離れろー、散! 散!』『散!』『散!』『散!』『散!』『散!』『散!』『散!』
『ふふふ、崩壊完了』
というイメージでお祭り気質のマナちゃんを騙すわけだ。素直に分散しろと言っても『えー、集まりたーい』となるから、分散したくなるまで自発的に集まってもらうのだ。
囚人たちは数千年、数万年におよぶ監獄生活の中で何度も何度も死を願い、迷い、恐怖し、怒り、希望を持ち、絶望し、壊れていく心の中で生きている。そんな彼らがある時ふと思いつくのがこの方法だ。今までのうっ憤をすべて、自殺という強い決断に収束させ、自爆するのだ。過激だ。
「もう分かっていると思うのですが、同化に至る本命は収束魔法で分散させることなのです」
「うーん……」
「そうね……だけど……」
リスクは大きい。なんせ相手にマナを収束させ続けるということは、相手が強くなるということなのだから。無限牢獄でブレアが俺にやったようなイメージになるが、敵がじわじわと強くなっていくのだ。いや、そんな悠長なことしてられないか。もっとドカンと急激に増やさないとマナちゃんは『散!』しないだろう。
そうなると、敵がいきなり強くなって大変な事故が起きる可能性もある。魔将軍でも怖いし、格上のアバドンちゃんには絶対に使いたくない。収束させまくったところで、分散しない可能性もあるのだ。収束しきった状態というのがわからないのだから、どこまでやれば分散するかがわからない。
「変な神の禁忌に触れる可能性も高いのです。時間もないので魔将軍にはやめておくのが無難なのです」
「そうだな。ま、アバドンちゃん崩壊への道が見えただけでも良しとするか」
「そうね……」
ブレアは思考モードに入っている。いかにして収束魔法を強制同化へと転換するかを考えているのだろう。
「あ、でも神界ホテルの非常階段で虫をつぶした奴あるだろ? フォースリザレクションだったか? あれならかなり一気に収束するんじゃないか?」
「周りに元になるマナがあればね。幸いここは魔境だから人間界にしては多いけど、あの環境がないとあそこまでの収束は無理よ」
「そういうことか……」
「なのです。とりあえず、魔将軍を崩壊させるだけなら同化にこだわらなくても可能性は3つあるのです」
「マジか……って、ああ。確かにな」
俺が3つの可能性に思い至ったのでアルマ先生は不服そうに口を尖らせた。
「ニト君、では三つの方法とその問題点を述べるのです」
先生っぽいぞ。なんで今日は眼鏡をかけてないんだ。今こそ眼鏡をクイクイするときだろう。あとは教鞭が必要だ。あれは鞭スキルの対象なのだろうか。
「えーと、一つ、精神崩壊魔法。アストラル体に干渉し分散を促す魔法であることから、さらに深く魂へと干渉する魔法へと作り変えれば魂の分散が実現できるかもしれない。強制同化とは異なる手段で。しかし神の干渉がある可能性が高いし、時間もない」
「ふん、続けるのです」
「二つ、変質者スキルのレベル上げ。マナの変質ができるなら何も問題はない。リスクもないな。問題は、あとどれだけマナ総量を増やせば、Sランク上位の魔物である魔将軍の魂を変質させられるのかが検討もつかない点かな。どうもマナ総量の増加に合わせてレベルが上がっているようなので、使い込むことにあまり意味はなさそうだけど……」
「ぐ、最後は? なのです」
「三つ、メスブタのスキルだ。あの神界ホテルの非常階段で目覚めた、拳を自らのスキルで覆っている状態。あれはマナで覆っているとも言えるんじゃないか? 検証が必要だが、自分のマナに破壊の意思を込めて殴っているってわけだ。なら魂も壊せちゃうかもしれない。ただ問題は、メスブタは魂が見えないし、どこをどう殴ればいいかわからない」
「ぐぬぬ……なのです」
地団駄を踏むアルマ先生をよそにブレアが会話に返ってきた。
「アバドンちゃんほどのマナ総量ならば魂だけでも意思を持って動き回るかもしれないわね」
やはり、アバドンちゃんレベルを相手にするには、マナを目視できるブレアが分散させる方法を覚えるか、俺がマナフィールドで魂を捕捉して変質させるしかないのだ。
だが、今回の魔将軍については、不本意ながらメスブタパンチが一番安全なのかもしれない。本当に魂を壊すかはそこらの敵を相手によく見極めねばならないが。
今回のアルマ先生の講義──なのです地獄──は半日かかった。
実は勇者たちも静かに講義を聞いていた。ジーラさんは理解が追いついていなかったが、魔法王は途中から汁だくでヤバかった。
「スンゴォーーイ、ご主人様、知識スンゴォーーイ! パない、パない、パなぁぁあい!」
抱き着くわけではないが、とにかくハアハアと荒い息を吐きながら汁だくでそんなことを言うものだから、アルマが反射で攻撃したのは仕方がないことだと思う。魔法王は棒で腹を突かれ、血反吐を吐いて倒れた。
「アルマ、流石に死ぬかもだから回復を」
「……ヒール」
なのですが消えてるな。先生、マジギレです。
魔法王の身体が光に包まれる。良かった死ななかった。これほどのむちむちえちえちボディ、失うのは惜しい。だが、アルマに近付きすぎたので後でお仕置きだな。ビシビシやろう。おっと、俺までヨダレが。
「俺が担いでいくよ。進もう」
そう言っておっぱいやお腹のお肉の感触を楽しみながらピクニック気分で魔境を進んだ。
道中、ドラゴンとかドラゴンとかドラゴンが現れたが、先生の講義で気を失っていたメスブタがここぞとばかりに元気に飛び回って消滅させていた。
磨きがかかっているな……。いいことだが、不意に殺されそうで心配だ。仲間としては信用しているが、行動は一切信用していない。複雑。
さて、ブレアがマナ視で見えるように、メスブタになるべくゆっくりとドラゴンをパンチしてもらった。ゆっくりゆっくり潰してもらったわけだ。おかげでブレアはしっかりとメスブタが敵を殴るところを目撃できた。
結果、たしかにマナそのものでマナとアストラル体と身体の全てを崩壊させているとの事だった。ドラゴンどころか、ゴーストも、精霊も、そして神すらも殺す拳だったのだ。知らぬ間に死神殺しに近付いていたらしい。
そして、俺たちは2週間と少しの旅路を経て魔王城(?)についた。魔王城は……みすぼらしかった。




