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脱げば同じ


 魔境に入って1週間経った。思っていた以上に魔物が多かったが、特に問題にはならなかった。行程としては順調すぎるほどだった。


 昼間はなるべく進み、夜間はキャンプだ。男女でテントを分ける余裕もないので、全員で一緒に雑魚寝だ。というか男女で分けると俺と勇者のバラ色のテントが出来てしまう。そんなわけにはいかないので、5人が寝て2人が見張りということになった。


 正直、見張りはいらない。魔物が近づいて俺が気付かない訳がないのだ。寝ていても気付く。仮に気付かない程度の力量の相手がいたとしたら、それこそ見張っていても意味がない。俺以外の誰にも見つけられないだろう。

 索敵能力はパーティの誰よりも高い。おそらく人間でも一番ではないだろうか。無限牢獄で神に近づいている囚人にはもっとすごいのもいるかもしれないが、人間界で最高峰だろう。


 さて、今夜の見張りは俺と勇者だった。そういう組み合わせにならないよう、今まで気をつけていたのだが……残念、無理だった。紆余曲折あったのだ。どうしても避けられなかった。

 俺の落ち込みようを見たジーラさんは気を利かせて『アタシも見張ろうかな』なんて言って付き合ってくれた。魔法王にはない心の機微を察する力、かつ他の3人にはない優しさだった。

 3人で見張る必要はないのだが、ジーラさんの優しさに対して『後はヨロシク』なんて言うのも微妙で、結局3人で見張っていた。



 焚き火がぱちぱちと爆ぜる。俺たち3人の沈黙は続く。何をするでもなく、ただ焚き火を見つめていた。火を見張ってるみたいだな。魔物に対してはノーガードのようだ。熟練冒険者がこの光景を見たら即説教だろう。


 最初に沈黙に負けたのは俺だった。


「ジャン・アークボルト氏は何故、あの街にヌーディストビーチを作ろうと?」


 焚き火から宙へ、そして闇の中へと消えていく灰を見ながら聞いた。勇者とジーラさんが顔を上げ、こちらを見る気配が伝わってくる。


「仲間たちの話になる……」


 勇者が話し始めた。あれ、そんな重めの話し? 裸が好きでさー、とかそんなんじゃないの。


「ドワーフ族の斧戦士グンドンという男がいた。最高の仲間だった。彼が自ら鍛えた斧はあらゆる魔物を粉砕した。強く、男たちの憧れだった。だが…………彼は半裸だった。パンツしか履いていなかった」


 変態の話か。軽い話かな。


「そうか。なんでなんだ?」


「彼は鋼の肉体が自慢だった。金属を鍛えるのと同じぐらい肉体を鍛えていた。自分の筋肉を何より信じていた。彼は優れた鍛治師でもあったが、彼がどんな立派な鎧を鍛えても、その筋肉に及ぶ事はなかった。だから裸だった」


 なにそれバカなの?


「そうか。すごいガチガチのボディだったんだろうな」


「わかる男だな、ナイスガイ。ガチガチの筋肉だった。魔物の爪を、牙を、尾を全て受け止めた…………しかし、最後は死霊騎士の剣の前に倒れた。筋肉を超える鎧さえ着ていれば、な」


 うーん……悲しい話だな。泣ける。


「アタシ達は何度も鎧を身につけろって言ったんだけどね。筋肉が解決するの一点張りさ」


「それは皆さんも複雑な心境だったでしょうね」


「まあ、当然の結果かなって」


「そうですか……ですよね。えっと、それとヌーディストビーチは何の関連が?」


 勇者は頷いた。


「まあ、待ってくれ。他の仲間のことも聞いてほしい。草原族の双剣士フェコという男だ。草原族らしく見た目は子供だった」


「ふむ…………続けてくれ」


 そういえば宿で女の草原族に会ったりするが、男は今まで見たことがないな。すれ違っても分からないだけかもしれないが。


「フェコはただの露出狂だった。変態だ。だが、見た目が少年だから問題にはなりにくかった。奴は手練れだ。子供のフリをするのが上手く、捕まらなかったのだ」


 犯罪者じゃん。英雄じゃないぞ、それ。いや、思春期の少年の英雄にはなり得るが、人類の英雄とするには心許ない。


「その方も、やはり?」


 恐る恐る尋ねる。


「裸だ。戦闘中もギリギリの命の応酬がたまらないと言って、手に持つ2本の剣と、もう1本の剣を駆使して前線を駆けていた。最後は敵に囲まれ、為すすべなく死んだ」


 3本目の剣は恐らく急所だっただろう。危うい戦いをするものだ。


「アタシはあまりフェコを見てなかったから人柄はわからないけど、下衆という言葉がよく似合う奴だったよ」


「そうですか……英雄も色々ですね」


 そう言うと勇者はゆっくりと頷いた。


「そう、魔王討伐に集まった、たった8人でも色々だった。違う点もあれば、共通点もあった。もう少し聞いてくれ……虎人族の槍使いコアッサというメスがいた。虎人族は胸ミノ文化だった」


 え、なに?


「胸ミノ?」


「胸ミノだ。胸を蓑で隠すのだ。恥ずかしい箇所が胸らしくてな。下は丸出しだった。虎に近い獣顔に、人間に近い体。胸だけを蓑で隠し、下は丸出しでやって来たのだ。出会った時は戸惑った」


 それは戸惑うだろう。攻撃してしまいそうだ。


「街の法律で下を丸出しにしてはいけないと決まっていると言ってなんとか腰ミノもつけてくれた。ノーパンだったが。魔境に入ってからは腰ミノは取っていた。『すごい快適。やっぱり動きのキレが違うわー。なんでみんな下半身を出さないの?』そう言っていた。ある日、試してみたがまさに納得だった」


 試したのか。納得したのか。もしかしてこれって勇者が変態として作られていく過程の話か。でもな……


「わかる。下半身を出していると1割り増しで動ける気がする」


「だろう? さすがナイスガイ」


「アタシはわかんないよ……」


 あ、ジーラさんごめん。でもさ……


「やって見ましょうよ。いつでもいいんで。気持ちいいですよ」


「えっ!?」


「うむ。ジーラ、やってみると良い」


 なんだか赤くなって俯いてしまった。かわいいな。


「……コアッサもフェコと同じだ……乱戦の中で、その生を終えた」


「…………ああ」


「あと2人だ。兎人族の神官グレッグという男がいた。職業柄しっかりローブを着ていたが、中は裸だった。こいつは逆にヤバイなって思ったものだよ」


 同感だ。逆にヤバイ。


「兎人族は基本は裸だそうだ。獲物を見つける時、逆に外敵から逃げる時、布が擦れる音が不快で邪魔になると」


「なるほど。種族の特性として裸なんだな」


「ああ、そして都市に馴染んだグレッグはそれを盾にして裸を楽しんでいた。最低限の服しか着ないクソ野郎だった」


 勇者にそこまで言わせるか。神官が立派な人物であるとも限らないか。


「でも一応、服を着てるんだよな?」


 答えたのはジーラさんだった。


「着てるんだけどさ、チラ見させるんだよ。相手の視線の先を読んで、チラッと見せつけてくるんだ。ま、それをかわすことで鍛えられた斥候の能力もあったけどね」


 ニカッと笑うジーラさんが何となく不憫に思えた。かわいそうに……。


「最後に、エルフ族の精霊術師リーフレイヌだ。今の魔将軍だな。動物と意思疎通が出来るというファンシーな彼女は森の動物たちと会議をしたらしい。服を着るか、着ないかで。当然のことながら動物たちは圧倒的多数で服を着ていなかったので、服の意味が分からなくなり、最終的に服を着てるのがなんか恥ずかしくなったそうだ。彼女は森に紛れるように体を緑に塗った。街にでる時には真緑の服を着ていたよ。おかしな奴だった」


 おかしくない奴の話を聞かせてくれないか。結局、八英雄のなかでまともなのジーラさんだけじゃねーか。俺の表情で察したのかジーラさんが苦笑いした。


「みんな変だろ? ジャンもこんなだし、ゾアもあんなだしさ」


「待て。我輩の何かが変なのか? なぜゾアと同列になる」


 お前…………無自覚か。ジーラさんもため息まじりで答えた。


「あー、気にすんなよ。ほら、なんでヌーディストビーチなんだ?」


「む、そうだったな。そんな仲間たちに出会い、我輩は恥ずかしくなったのだ。彼らは自らの我を通した。異文化を恐れずに正面からぶつかった。戦いでは勇敢だった。何が勇者だ、我輩は勇者の鎧に守られているだけの存在にすぎない。守る存在ではなく守られる存在だったのだ」


 その理屈はおかしい。使えるものは使えよ。勇者は熱く語り続けた。


「立派な鎧が恥ずかしくなった。代々受け継がれるという勇者の鎧が。なにが勇者だ。グンドンを見ろ。筋肉ひとつで勝負してるんだぞ。最後は刃物にやられて死んだが、勇敢だった」


 それは勇敢とは言わないことに気付かなかったのか。勇者はついに立ち上がって熱弁しだした。


「だから……だからっ! 魅せる肉体を作ろうと思った。筋肉だけでもダメ。脂肪だけでもダメ。分厚い『肉体』で全てを包み込むような男臭さ溢れるガチムチボディを、ね」


 ここでウイーーーンク! 油断してた。真正面から受けてしまった。


「あー、で、ヌーディストビーチは?」


「そう、そうだった。要するに、みんな違うのだ。違うものが集まるからルールが必要だ。しかし、違うものが来るたびにルールを追加していくのか? ちがうだろう? 新しい種族が現れるたびにノーとイエスを決めていくのか?」


「……ま、たしかにな。絶対的な根幹部分の取り決めはあるだろうが、細部には無理だな」


「だろう? つまりやるべきは『多様さを認める』と言うことだ。あの高級リゾートビーチを見たかね? 多様さとは無縁の特権階級のビーチだ。あの街の住民があのビーチに現れることはない、観光客だけのものだ。あれこそ……あそここそ、許容する文化を根付かせるべきなのだ!」


「あ、そんな真面目な感じだったんだ」


「真面目だとも! 裸が見たいし、裸になりたい! 気持ちいいから!」


 真面目じゃなかった、というか真面目に変態だった。結局、最初に考えた通り、『裸が好きでさー』に尽きるのだった。


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