死んでいる
金獅子族の黄金色の尻尾がふらふらと揺れる。ネコ科の耳はピクピクと動き、何かの音を拾っている。
「ここから先が魔境ですぅ。もうあぶなーいからぁ、気を付けてぇ」
魔法王ゾアが俺に向かってそう言った。念のため、彼女は獣人ではなく魔族だ。獣耳と尻尾、そして黄金色の体毛が金獅子族の特徴だそうだ。獣人はもう少し獣らしさがある。爪がすごかったり顔が獣そのものだったり。色んなパターンがある。
金獅子族は誇り高き魔族の一族だ。過去にも多くの魔法王を輩出してきた一族である。優れた身体能力に魔法の力。そして、思考力。何より、人の上に立つ王者の風格を生まれ持っていると勇者から聞いたが、多分嘘だ。勇者なりの冗談──ブレイブリージョークだろう。
ここまでの道中、彼女は結局3回置き去りにされた。アルマの手によってだ。木にくくりつけられ、顔以外を埋め周囲の土を岩のようにカチカチに固められ、棒で頭を打たれ気絶させられ……置き去りにされた。
マジで危ない。『あぶなーいからぁ』ってレベルじゃなくて本当に危ない。特に最後の気絶パターンは容易に死に至る。『魔法王も死ぬときは死ぬんだぞ、たぶん』そうアルマをやんわり諭すも、彼女はそれどころではなかった。
『知っているのです。死ぬときには死ぬのです。しかし、死ぬとは一体何なのです。アバドンちゃんは死んだのです? 生きているのです? 魔法王は肉体の機能が停止したら死ぬのです? アンデッドになって魂が肉体に止まったら生きているのです? 死んでいるのです? 仮に死が明確に定義されたとして、魔物に殺されて死んだらその責任は誰にあるのです? アルマに絡んで喜んでいた本人なのです? それとも直接手を下した魔物なのです? あるいは魔法王の期待に応えたアルマなのです? もしくは木にくくりつけるときに使われたロープなのです? ロープを売った雑貨屋も怪しいのです。いや、生えていた木も悪いのです。もしや世界が悪いのではないです? 神も悪い可能性があるのです。ああ、そう考えると視野が広がったのです。死の責任は等しく全てにあるのです。生きとし生ける全ての存在あるいは生きてはいない全ての存在、それらに等しく死の責任があり、逆に生まれることにも責任があるのです。つまりアルマはうわわわわわわああああーーーーん。えーん、えーん。もうやだぁ、なんなのあの人ー、変に絡まれて気持ち悪いよー、えーーん。昔の父さまみたーい、やだーー。えーんえーん」
気付かなかった自分が許せない。アルマは成長しているのではなく追い込まれ、大ダメージを受けていたのだ。というわけで彼女は何も悪くない。悪いのは世界だ。特に魔法王ゾアが悪いので、きつく叱ったらちょっと懐かれた。悪くない傾向だ。アルマと俺と魔法王でウィンウィンウィンだ。
さて、俺たちは砦の魔境側にいる。跳ね橋が降りていて、俺たちが渡ったら橋はすぐに上げられる予定だ。勇者と魔法王がいるというのに、砦の兵士たちは跳ね橋を降ろすことにちょっとビビっていた。勇者と魔法王の人柄的に信用がないのか、魔境が恐ろしいのか。こんなところで働いているのだから後者はないと思いたいが、前者も悲しい。両方ちょっとずつかな。
「準備は問題ないか? なんて愚問か」
「大丈夫よ」
「ないっ!」
「行くのです。魔王城で宝探しなのです。略奪、略奪、略奪なのです」
アルマは見た目上は復活していた。目の下は泣きはらした跡がある。痛々しい。略奪ならいくらでもしてあげよう。望むならジーラさんのパンツでも魔法王のパンツでも魔将軍──アンデッドエルフのリーフレイヌさんのパンツでも……え、アルマってパンツが欲しかったのか。
「お前そんな目的だったのか」
「道中に山賊の巣とかないのです? ここまでも期待していたのです」
あ、びっくりした。なんでかパンツで頭がいっぱいになってたわ。お金ね。ていうか巣て。
「ふむ、吾輩が知る限りはない。なんせ山賊が奪うものがないから、ね」
「残念なのです。略奪……」
そして、略奪への想いを魔境の外に残し、跳ね橋を通り過ぎた。振り返り合図をすると跳ね橋が上がった。ぎりぎりと橋を持ち上げる音が俺の不安を煽る。何となくドキドキする。──もう、後戻りはできないぜ。
なんて気がしたけどジャンプしたら戻れるわ。
そこには地獄のような風景が広がっていた。あらら。さっきまでと全然違うじゃん。見渡す限りの荒野、たまに爆煙。なんでや。
何というか……おかしいな。ちょっと前までこの世の楽園たる高級リゾートビーチにいたはずなのに。なんでこんなところにいるんだっけ。おかしい。天国から地獄へ。人生って簡単に落ちる。でも大丈夫、這い上がってきた実績がある。頑張ろう。
「とりあえず、魔物は避けていくか。素材を持って帰れない以上、戦う意味はあまりない」
「なのです。エネルギーの無駄遣いは断固拒否なのです」
「あ、残念。言ってる傍から魔物だ…………これはこっちに向かってくるやつだな」
来るなら待ってよう。向こうが迫ってくるのにこちらから向かうとか、それこそエネルギーの無駄遣いだ。アルマ先生にお叱りを受けてしまう。
しばらくして、見えてきた。マナフィールドが結構な広範囲をカバーしているので待ち時間が長かった。途中からメスブタがそわそわを通り越してブルブルし始めたぐらいだ。
やっと姿が見えてきた。お、なじみ深い魔物だな。斥候能力の高いジーラさんが視認してみんなに声をかける。
「気をつけろ! デュラハ──「やったっ!」
メスブタによる排除完了。ジーラさん最後まで言えなくてかわいそう。ブルブルしてPOWERを極限までため込んだメスブタは地面を駆け抜ける際にその軌跡を大きく削りながらデュラハンを消滅させていた。マジで一直線に隕石が飛来したかのようだった。一回ぐらい乗ってみたい。ビューンって。ビューンビューン。
俺が空を眺めていると勇者が声をかけてきた。
「本当に2週間で着きそうだ、な」
「だろ?」
メスブタは飛び道具なんだぜ? ちょうど空もいけるかもなって思っていたところだ。
勇者は苦笑いし、ジーラさんは高ランクのデュラハンすら虫よりたやすく倒したメスブタに唖然とし、魔法王は真剣な顔で削れた地面を見つめ何かを考えている様子だった。少し気になり、近づくと彼女のつぶやきが聞こえた。
「SPEED……いい、POWER……いい、でも……死ぬかなぁ」
雌豚がメスブタにお仕置きされる計画を検討中でした。死ぬと思うけどやるなら止めない。
そして歩き始めたが、本当に魔物が多かった。ジーラさんの仕事を奪って悪いが、俺が検知してメスブタが排除。この繰り返しだ。敵も雑魚とはいえ多種多様。ちょっと頭を使って戦うメスブタはどんどんマナを増やして行っていた。欲深い魔法王の死が迫る。
魔物の方はどうとでもなるのがわかってきたので、ずっと考え事をしていたブレアに話しかけた。
「ずっと何を考えてるんだ?」
「魔将軍を何とか分散させたいのよ。今後のいろんな厄介ごとの対処として」
ブレアはいつも通り、表情を変えずに答えた。
「ああ、確かに。そうなんだよな……アバドンちゃんにしろ、天使にしろ…………神にしろ」
ブレアはマナを分散させる方法を考えていた。2人で相談しながら歩いたがなかなか良い方法は思いつかない。しかし収束魔法に続いて分散魔法まで覚えたら、また変な神が来るだろうな。やりすぎてもだめ。難しいところだ。
「ブレアの精神崩壊魔法が効くなら分散はするよな?」
俺が無限牢獄でひたすらやられた奴だ。精神崩壊魔法は間接的に魂を分散させる。間接的だ、直接的ではない。魂の持ち主の思考に働きかけて、恐怖や怒り、不安を増幅させ壊すのだ。
「裸の魂には効かないでしょうね。精神なんてないのだから」
「なるほど……そういえば、死んだ状態……というかアンデッドって何なんだ。アルマも混乱してだけど、どういう状態なんだっけ」
「そうね……究極的に、命とは『マナが収束した状態』を言うわ。だからアンデッドという命名のとおり、奴らは生命ね。死んでないのよ。空間にほぼマナのみで収束している精霊に近いレイスや、すでに死んだ肉体に魂が執着して存在を保っているリッチやゾンビとかね」
「ふむ。死んだ肉体、というのは? 生きているなら、それが宿る肉体がどんな状態だろうと生きた肉体ではないだろうか」
「ニトの言う通りよ。わかりにくかったわね、ごめんなさい。便宜上の話よ。かつて人間であった時に生きていた肉体が何らかの理由で損傷、死亡に至るも、魂がそこに執着したために新たにその死体を『魂の依り代』として再活用した状態ね。マナが宿り動いている以上、それは生きた肉体なのよ」
「うーん。アンデッドは生きていたのか」
「そうね。定義上は……アンデッドの種類によって程度の差はあれ精神崩壊魔法が効くわ。でも魂だけになったら効かない」
魂だけになったら、か。あれ? 死んだらじゃない?
「ちょっと待った。魂だけでも死んでない?」
「そうよ。魂が分散しない以上、それは生きているのよ。アバドンちゃんがそうでしょう? 肉体を滅ぼしても魂は分散せずそこにあり、新たな依り代を見つけ成長する。死んでないわ。まあでも、あくまでも定義上の話ね。常識的には肉体の死亡イコール死んだ、でいいんじゃないかしら」
ちょっとびっくり。なるほど、そうなのか。例えば転生したってのは肉体を更新した回数であって魂的には死んでないのか。ブレアとかメスブタ長生きだな。えーと、たしかある程度のマナ総量があると転生する。たくさんあると記憶も引き継ぐ、だったかな。引き継ぐというよりは魂を構成するマナから引き出しているのだろう。
一般人とかは死んだ瞬間、魂が分散してしまうと。
あれ? …………おかしいな。俺21歳だよな。なんでブレアのステータスチェックで0歳だったんだろ。転生0回でも21年は存在しているはずなのに。え、なんで。
「どうしたっ!?」
「おわっ!」
心臓止まりかけた。怖い事考えているときにメスブタとかやめてよ。ほんと心臓に悪い。
「あー、びっくりした……魔物は片付いたのか?」
「ああっ!」
周囲を見渡すと色とりどりの肉塊が前衛的な様子で散りばめられていた。多くの命を容赦なく使ったアートである。
「おつかれ」
「おうっ! 何考えてたんだ?」
「…………ああ、ブレアと相談してたんだよ。マナを分散させられないかって」
「ああ、同化かっ?」
「同化? …………同化!」
すっかり存在を忘れていた。ブレアも同じく忘れていたようだ。
無限牢獄の囚人がマナと同化すること。あれが実現できれば。強制的なマナへの還元が出来れば。
思い出したもののやり方はわからないが、『できる』確信を得られたのはでかい。
「メスブタ、やるな!」
「えっ? うんっ!」
何もわからずとも嬉しそうにするメスブタにほっこりしながら、俺とブレアは思考を次のステージに進ませた。




