旅も思い思い
昨晩はいい道具をお借りすることが出来た。宿の魔法少女に礼を告げ、俺たちは旅立った。
街を歩きながらサンドイッチを食べる。大量にあるので、食べられる時に消費しておかねばもったいない。
「このサンドイッチ美味いな」
そこらの食堂の料理なんか目じゃ無い。高級料理店が全力で庶民向けの味付けをしたようなサンドイッチだった。変に意識が高い調味料は使わず、食べ慣れた調味料をくどく無い程度に上品に使っている。素材の肉もかなりの高級素材だろう。
「美味いだろっ? ドラゴンの肉だからなっ!」
ブレア以外の全員が固まった。
「ピンクデッドレディ、聞き間違いじゃなければだが、このサンドイッチにはドラゴンが?」
「聞き間違いじゃないっ! ドラゴンだっ!」
ブレアはなぜ黙っていたのか。メスブタがちゃんと自分で説明できるように促していたのか? メスブタの社会復帰支援みたいだな。いや、活躍してたことがないから復帰じゃなくて進出かな。メスブタ社会進出支援。やだ、なんか卑猥。
「なんてこった。この量なら白金貨5枚になるのも頷ける。どこで買ったのかな?」
「魔法王に紹介された店だっ! 汚い店だったっ!」
「なるほど、『肉亭・締め付け』だね。これはゾアが狩ったドラゴンだろう。あの店の肉は彼女が仕入れたもので、購入できるのも彼女の紹介があった者だけだ。彼女のことだからそれなりに希少種で美味いドラゴンなのだろう、ね」
はい。ウインク。呪われそうで怖くなってきた。
「ドラゴンとか食べたことなかったのです。寄生虫とか大丈夫なのです?」
嫌なこと気にする奴だ……。もうたくさん食っちゃったよ。
「大丈夫だ。ドラゴンに寄生できる程の虫なら倒す時に気付く」
「それもそうなのです」
ドラゴン肉を味わいながら、こないだグルガンで仕留めた龍帝はどんな味だったんだろうなと考える。美味かったのかもしれないが、一度でも意思疎通したものを食べるのは、なんというか倫理的な意味で憚られる。
とりあえず勇者行きつけの店に立ち寄り、日持ちする食材を購入した。ついでに余りそうなサンドイッチの大半を譲渡した。
店主は喜んでくれた。というか、ドラゴン肉と言った瞬間に店内は騒然とした。そうなると、ますます龍帝の味が気になるが、いやいやアレはしゃべっていたからなぁと自戒するのであった。
「さて、準備は完了だ。まだ昼前だ。旅立つには丁度いい時間かな」
みんなに声をかける。ブレア、メスブタ、アルマ、ジーラさん、ガチムチ髭の人。美女ばっかりの喜びを両刀使いの33歳男性が台無しにしてくれる。
申し訳ないけど、いきなり落とし穴が空いて地中深くに落ちていかないかな。本当に申し訳ないんだけど。埋めることだけはしないから。
「魔法王が来るんじゃなかったかしら?」
「ああ、そうだった」
「丁度良い。待っている間にナイスガイたちへの報酬を相談しておこう」
…………それもそうか。俺たちからすれば『気になるから行っとくか』ぐらいの認識だけど、勇者さんサイドからすれば相当に危険な場所への同行依頼だもんな。しかも俺たちに強い動機は無いように見えるだろうし。
「そうだな。そちらから言ってくれて助かる」
「何がいいかな? 正直、君らが欲していて我輩が提供できそうなものを思いつかないが」
個人的にはあるが……。
「なんかありそうだな。言ってみなよ」
「ジーラさん……。じゃ遠慮なく。プライベートビーチが欲しい。勇者の伝手でそこに人を呼んでヌーディストビーチにしたい。マルフィアナのあの最高の高級リゾートビーチがそうなれば本当にこの上ないほどの喜びだが、俺たちは旅人だからな。待つことはできない。だから、最高のヌーディストビーチを作ろうとしている勇者には受け入れ難いかもしれないが、やってみてくれないだろうか」
わかってたけど、アルマにツバ吐かれた。ジーラさんは『うわぁ……』って顔してる。あれ? ブレアが普通だ。というか呆れてる?
「ニト、あなたらしくないわね……」
俺らしくない? この上なく俺らしいつもりだったが。なんで? 美化されてる?
だってヌーディストビーチとか絶対に楽し…………くない、事もあるよな。くそっ、ちゃんと考えてなかった。確かに俺らしくなかった。
ガチムチの楽園になったらどうするんだ。あり得るぞ。勇者の伝手で集まるガチムチたち。ビーチに充ち満ちる筋肉と汗と……。そしてビーチはガチムチたちの魔法のステッキで真っ白な砂浜になった。なんて絶対に嫌だ。
かと言って『呼ぶのは女だけにして』なんてお願いをするのも嫌だ。そんな偶然性のないヌーディストビーチなんてお店じゃん。そうじゃないんだよ。
間違っていた。ビーチには必然があってはならない。偶然の出会いが織りなし、紡ぐ、奇跡の絵画。それがビーチなのだから。作られたビーチなどちょっとしか価値がない。ちょっとはある。それでも楽しいことは楽しいか。楽しいならこだわりは捨ててもいいかな。うーん。いや、ここは俺らしく行こう。
悩むのが面倒くさいし3人に引かれるから無しだ! 消極的理由でなし!
「ふむ。ナイスガイ、流石だ。いや、いい考えだな。早速知り合いのメンズに声を──」
「ノー! ノーだ、ミスター。さっきのはジョークだ。悪かった。本当の報酬は……そう、そうだな。魔王と勇者のあらゆる情報。これでどうだろう。もちろん他言はしない」
勇者が危ない方向に舵を切ったので、あわてて報酬を口にしてしまったが、これはこれで悪くなかったかもしれない。呑んでくれればだが。
勇者は真剣な顔になった。いつもとは違う凄みがある。
「どういうことかな?」
さて、俺たちの情報をどこまで開示するか。それが問題だ。アレコレ話してもこの人たちなら問題ないだろうが。
「そうだな……魔王と勇者とは何か。それらを作るものは何か。勇者は魔法王が、では魔王は……魔王も誰かが作っていると見ている。それは何なのか。その背景を、実情を知りたい。もう少し付け加えると魔王城がダンジョンであるならば、それにまつわる情報全てが欲しい」
「ミステリアスな男だ……。報酬、か。ふっ、質問など無粋なことを……喋らせてすまない。良いだろう、我輩が知りうる全てをこの墓参りの中で語ろう」
「いいのか?」
「もちろんだ。そしてコレは報酬である。君らの情報は不要だ。こちらから尋ねることはしない」
「わたくしも問題ないですぅ。知ってること話しますぅ。だからご褒美を、ご褒美をぉ」
ちょうどよく現れたのは、すでにヨダレでベチャベチャの魔法王だ。今日もむちむちしてるな。黒のタイトでミニでスケスケのワンピースに紫色の網タイツだ。こいつ戦いの場に行くつもりあるのか。えっちだけども。えっちなことしに行くんじゃないんだぞ。
「サンドイッチうまかったっ! ありがとうっ!」
「いいのぉ。別にぃぜんっぜんいいのぉ。えーとぉ、残りはどこにあるのぉ?」
「くったっ! 怒られたっ! 反省したっ! あげたっ! 喜ばれたっ! 人は触れ合って育つらしいっ!」
「なんとぉ」
サンドイッチ目当てだったらしい魔法王は無念そうな顔をする。『なんとぉ』の一言で片付けられるあたり大物だな。
「さ、とにかく全員集まった。準備も出来た。報酬も決まった。てことで、行くか!」
ガチムチとえっちな女たちが頷き、俺たちは街の門をくぐった。
まずは魔境へ入る。魔境の入り口は谷間の砦だ。魔法都市から東へ3日進んだところにある。
魔族領は他所よりも魔物が強めだが、俺たちからすれば誤差にもならない程度だった。
しばらく歩いていて気付いたことがある。勇者は俺に色目は使うが他の女子には使わない。なぜだ。ビーチではあんなにフリーだったじゃないか。なぜ執着する。やめてくれ。
そして、魔法王も執着していた。アルマにだ。何かにつけてアルマに土下座していた。ただひたすらに謝っていた。何もしていないのに。
アルマはそれに対して強めに棒で打ち付けたり、鞭で叩き続けたり、適当な木に縛って放置したまま出発したり、いろいろあったが全部魔法王を喜ばせていた。
アルマは悲しんではいたが、少しずつ成長していた。もしかしたらアルマがボンテージを着て鞭を持ち、ピンヒールで雌豚女王を踏みつける日も来るかもしれない。
なお、木に縛られた魔法王には半日気付かなかった。『魔法王がいない!』と騒ぎ出したジーラさんにアルマが自己申告して発覚した。
とりあえず俺が先行して小走りで道を戻ると、魔物に囲まれた魔法王を発見した。彼女は返り血と脂汗でぐちゃぐちゃになっていた。縛られながらも魔法だけで圧倒していたのだ。
腐りにくさっても流石に魔法王なんだなって思ったし、縛られた縄からはみ出る汚れた肉どもは良いおかずになるだろうなと思わせた。
その辺りからジーラさんは無だった。表面的に無だ。いろいろ考えていそうだが、見た目には表れなかった。
結婚のことでも考えているのか。思い出すのはレイシャとユリーネの幸せ同棲ライフが実現したときの喜び。ジーラさんにも幸せになってほしい。
彼女は、魔物が現れたらナイフで斬殺していた。無表情で、考え事をしながら。怖い。
気付いたけど、たぶんこの人、すごく重い。現地妻として条件を満たしていながらも何となくその気になれなかったのは、重さだ。たぶん一途さを求めてくるし、旅に出るとか言ったら怒りそう。
両手にナイフで『なんで!? なんで行くの? こんなにこんなに好きなのに! せっかく結婚したのに!』とか言ってぐさぐさとやられそう。強さ的にはやられなくてもメンタルは刺される。
その辺が勇者とも相いれないのかもしれない。現地妻なら魔法王のほうが適しているだろうが、残念ながらアルマに先を越されてしまった。
待てよ。俺がアルマを手に入れてアルマが魔法王を手に入れれば全部丸く収まるじゃん。
これしかない。アルマをフォローして魔法王を手に入れよう。
メスブタは、ほぼいつも通りだ。魔物を狩る。ご飯を食べる。ちょっと違うのは生活面だ。たまに魔法王のえっちで卑しい指導が入るのだ。出来の悪い弟子だろうが、頑張ってくれ。
ブレアは考え事をしており、ただひたすら歩いていた。魔法王が行方知れずになった時もみんなが慌てる中、一人変わらず歩き続けていた。動じない女すごい。
という感じで進み、そして魔境との境の砦に辿りついた。




