おいしく食べることが大事なこと
さて。
謁見を終え、不敬罪に問われることもなく無事に中央塔を出た俺達は次にやるべきこと決めた。
買い出しだ。
だって、魔境に行くんだぜ。その先には魔王城。しかもダンジョンだ。前回はメスブタが高価な火打ち石を持ってたり、刃物を持っているのがユリーネだけだったり、急だったとは言えちょっと面白いことになってしまっていたので今回はちゃんと準備したい。
「ヘイ、ザ・マッスル。魔王城まではどれくらいの日数を要するんだ?」
「そうだな……前置きしておくが、参考程度の情報になる。メンバーもクレイジーだしな。まず吾輩とジーラの2人だけならひと月かかる。魔物を避けやすい道や魔境の特性も踏まえて進み、そのぐらいだ。ちなみに初めて魔王城に行った時は3か月かかった。仲間も死んだ。その頃は激しい戦いがそこかしこで行われていたし魔物も多かった。今とは環境が違うが……魔王がいなくとも、環境がころころ変わるのが魔境だ」
「なるほど……魔物が一切いなかったらどれくらいで着く?」
「2週間ぐらいだろう」
「わかった。今回は2〜3週間で着くだろう」
魔物の脅威は考慮する必要がない。最高でもSランク。勇者以下でしかないのだ。ダンジョンとは違う。
「ナイスガイ、君がそう言うならそうなのだろうな。にわかには信じがたいが」
勇者は大胸筋をぴくぴくさせながら笑った。
「そりゃそうだよ。あたしもこの魔法都市までの道中であんたらの戦闘を見ていなかったら、今頃こんなアホとはパーティを組めないって騒いでいただろうね」
ジーラさんは言いそうだな。
「さて、買い出しをしようと思うが……魔境に必須の道具とかあるかな?」
「ないね。どれだけ栄養のある食料を詰め込み、それ以外の道具を軽くするかが勝負だ」
ニヤリと笑う勇者はイケメンだった。腹立つな。
「栄養か。わかった。じゃあ、ブレアとメスブタは食料を買ってきてくれるか。俺とアルマは魔道具を漁りに行く。勇者とジーラさんは慣れているだろうから、俺たちとは別でいつも通りに準備をしてくれればいいと思うが……どうだろうか」
何か道具が被ったとしても予備として考えよう。
「わかったわ」
「任せろっ!」
「はいなのです……」
「構わんさ、ナイスガイ」
「了解だよ」
そしてそれぞれ街へと散っていった。
さてと……困ったな。アルマの元気がないのです。困ったのです。
変な魔法王に絡まれたせいだ。これから少なくとも往復で一か月は一緒になるだろう。魔王城での用事が済んだら別れても良いが、帰りに勇者とジーラさんと魔法王だけになるとジーラさんがかわいそうだし。魔法王は道中でちゃんと躾すれば良いか。アルマに躾の方法を教えよう。
「アルマ、元気出せなんて言わない。だが、お前は勝者だということを忘れるな」
間違いなく権力者を跪かせたのだ。勝者だ。そして、今は上下関係が曖昧でも、きっとこのままちゃんと成長すればアルマの言うことを聞くだけの立派な調教済みの雌豚を飼育することが可能になるはずだ。ポテンシャルも込みでアルマが絶対的勝者なのだ。
「……わかっているのです。これはアルマの気持ちの問題なのです。大きな壁。しかし乗り越えるべき壁。これをどうするか。アルマはしっかりと考える必要があるのです」
「すごいな。そこまで考えているなら何も言えないよ。さあ、買い出しに行こう。やるべきことさっさとやって、もっと大事な仕事にとりかかろう」
調教の練習だ。
◇ ◇ ◇
魔道具は良い店が簡単に見つかった。勇者とジーラさんに出会ったからだ。別れた後に『せめて良い店を聞いておけばよかった』と失敗に気付いたのだが、後悔したところでの思いがけない幸運だった。
2人は体温調節に関連する魔道具、精神系の魔法や呪いなどに耐性のある魔道具を選んでいた。俺たちもそれに倣う。必須な道具はないと言っていた割に必須っぽいラインナップだな。
そしてついでにコンロを新調した。セバスチャンに聞いたおいしい魔物が今回も出るかもしれないからな! 期待が膨らむ。
こちらが声をかけるまで勇者とジーラさんは俺たちに気が付いていなかった。2人きりでいるところを見るのは、最初にレストランで見かけた時以来だったが、仲間というよりは長年の連れ合いという雰囲気に見えた。
勇者も『好き』の対象が幅広いだけで、ジーラさんと2人なら、それはそれで落ち着いた幸せな時間を過ごせるのだろう。幼馴染の妹分だ。もう33歳と29歳だが。結婚しちゃえよって思った。
買い物を終えて、宿のロビーに集合するとそこには馬鹿でかい袋を3つも抱えたメスブタと、無表情のブレアがいた。
「待たせたな。メスブタはそれ何買ったんだ」
なんか異様にでかい袋が3つ。すごく心配だけど……ブレアがいたんだから大丈夫だよね……ね? ブレアはこっちを見てくれない。
「買ったのは…………」
ごそごそと袋を漁り、
「栄養満点のサンドイッチだっ!」
とサンドイッチをとりだした。どういうことだ。
「その3つのでかい袋は?」
「サンドイッチだっ!」
ちょっとそれはどうなの。
「全部か?」
「サンドイッチは全部サンドイッチだ! すごいぞっ! うまいんだぞっ! 白金貨5枚だっ!」
白金貨5枚のサンドイッチ。試食したらうまかったから勢いでたくさん買ったのか? というか1ヶ月分の食料がサンドイッチってどんな思考回路だよ。いや、確かに具は色々だけどさ、そうじゃなくていろいろな食料を買ってくれよ。まてよ、もしや特殊なサンドイッチか。腐らないとか。
「これ、日持ちするのか?」
「火餅ってどういうことだっ? 熱いっ?」
何言ってんだこいつ。
「腐るまでにどれくらいかかるのか、と聞いたんだ」
「なるほどっ! 明日には腐るだろうっ!」
「ダメじゃん。どうすんだよこのサンドイッチの山」
「えっ! 栄養があるぞっ! 後で食おうっ!
「ああ、晩飯にはしよう。しかし明後日以降はどうする。魔境で何を食うんだ?」
というか、なぜサンドイッチだったんだ。こんなにたくさんサンドイッチを売ってくれるお店ってどんな店なんだ。謎が謎を呼ぶ。サンドイッチミステリー。
「現地で調達っ!」
だと思ったけどさ。
「それはそれ。とりあえず明日また買い出しに行こう。その後出発だ。あと、ブレアはなんで止めなかったの?」
ブレアは無表情で俺を見て、抑揚のない声で答えた。
「人って失敗から学ぶものでしょう?」
ええ、そうでしょうね。しかし本人が反省する様子がない。
「……無駄遣いなのです」
「どうしたアルマ?」
アルマ復活か? メスブタの無駄遣いで普段の調子を取り戻すのか。
「白金貨1枚で超超超高級ステーキ200gを食べるのは豪遊なのです。許容できるのです。しかし同額でステーキ1tを注文して腐らせるのは無駄遣いなのです。許されざる所業なのです。アルマはメテオちゃんを断罪するのです!」
「おお……支持する。メスブタには反省してほしい。具体的には?」
「メテオちゃんには金貨10枚までしか持たせないのです」
「な、なんだってっ!? それは……それは、多いのかっ!? 少ないのかっ!?」
首をかしげるメスブタ。そこは分かれよ。
「ほらっ! このレベルなのです。許されざるなのです!」
鬼の首でもとったかのようにアルマは騒いだ。元気になってよかったね。
「まあ、そもそも金を持たせる必要はないか。というかなんで白金貨5枚も持ってたんだ? 道中の魔物の素材代だけじゃ足りないだろ?」
そういうとメスブタは笑い、ブレアは顔に疲れを色濃く出した。
「もらったっ!」
「もらった? 誰から?」
「魔法王がくれたっ!」
ああ、そりゃブレアも疲れるわ。何があったんだろうな。わからなけど確実に疲れるのだけは分かる。
「それって、もしかして俺たちの旅の支度金とかじゃないだろうな。魔法都市からの支援という意味の」
「違うっ! これで腹いっぱい食べて少しでもむちむちしろってっ。ブタらしくなれってっ!」
なにそれすごい。雌豚の世界にも後進の育成とかあるんだ。でもその指示に対しても、サンドイッチという選択は間違えているから。もっとジャンクなもの食えよ。
「わかった。金はもういいや。その腰の小さな袋は?」
これも嫌な予感がする。黙っていようかとも思ったが、後でまたアルマに落ち込まれるより、膿は出し切ってしまいたい。
「火打ち石だっ! 前に持っていた火打ち石とは比べ物にならない超最高級品だっ!」
普通の回答を期待してたけど、残念。やっぱり膿だった。
「値段」
もはやちゃんと喋る元気がない。前にメスブタが買ったのは金貨10枚だった。コンロと同額の金貨10枚だ。今回はどうかな?
「金貨74枚だっ! 前回は怒られたからなっ! 今回は値切ったぞっ! 金貨75枚がなんと74枚だっ!」
そこじゃない。値切る値切らないで怒った記憶はない。というか元値が……。
「なぜ……」
「前の火打ち石よりも、簡単に大きな火がつくっ! すごいぞっ!」
すごい。すごいけどいらない。すごくいらない。
「ナイスガイ。そろそろ寝よう」
「ミスターガチムチ。すまんな。みんな、今夜は部屋に戻ってゆっくり休もう」
勇者は普通に部屋に行った。
ジーラさんはメスブタに何か一言注意をして部屋に行った。
ブレアとアルマとメスブタは今回の問題点について、主にアルマが説きながら部屋に行った。
そして俺は……。
現地妻探しはやめておくか。また逮捕されたら大変だし。
その代わり、宿『魔法少女の秘密基地』亭のフロントで、魔法少女たちが隠し持っている秘密道具を借りた。草原族だから絶対、何かしらの道具を持っていると思っていた。やはり変態が営業する宿は便利だなと改めて思うのだった。




