アルマ先生を褒めてあげようよ、ね?
道中に現れた魔物はメスブタが全部狩った。正確には現れる前に俺がマナフィールドで察知して、メスブタに教えてあげた。メスブタはメテオブーストで飛んでいき、魔物の死体を持って帰ってくるのだ。それから素材を剥いで、また進む。
ジーラさんは一連の流れに感心……というか、脱力していた。具体的には俺の探知力に、メスブタのスピードと戦闘力に、それらの光景を慣れた雰囲気で眺めるブレアに、そして金になりそうな素材を血眼で探すアルマに。
勇者はちょっと張り詰めた空気を醸し出していた。色々と思うところのある土地なのだろう。マナフィールドを通して後悔や決意が感じられる。何年経っても悔しいものは悔しいのかもしれない。責任感強すぎだろ勇者。禿げるぞ。
コイツの言葉は意外と俺をモヤモヤさせていた。
──人の本質とは無である。
であるならば、その本質を変質させることは果たして可能だろうか。人を本質的に構成する要素が無であり、その経験によってのみ人が人足りうるのであれば、いくら変質者スキルを鍛えても人の本質を変質させることはできないだろう。そこには何も無いのだから。
無限の可能性からの選択、それの積み重ねが人生であり人格だというわけだ。迷い、そして選択が紡いでいくもの。つまり、分散と収束。だからこそマナは増える。
なんかモヤモヤする。マナを増やすことは人が成長する事だ。そして、成長してマナが増えに増え、変わっていく世界の先にあるのは災害だ。つまり、変質神が言うところのブレーン収束。なんか理不尽だ。世界が変だ。
世界が発展すれば災害が近付く。いや、人間の文明が発展すれば、か。人間の文明とマナがどう関連しているのか。マナに人間の理屈を当てはめるのがおかしいのか。そう言えば神もマナの影響下にあるとブレアが言っていたな。なんでだろう。
そう言えばマナちゃんの話も関連してそうだな。
1人で悶々としているとブレアがこちらを見ているのがわかった。ああ……俺のマナに感情が出ちゃってたんだな。心配してれたのだろうか。やさしい。ほっこりしちゃう。しかし、何となく気恥ずかしく、無理やり質問を捻り出した。
「ブレア……前に……無限牢獄内で『マナは世界の原則。神すらも逃れられない。彼らもマナで構成されている』って言ってたよな。アレってどういう事なんだ?」
始めてブレアから話しかけてくれた時だったかな。セクシーなお姉さんの声が聞けて、嬉しくて嬉しくて股間が爆発しそうだったからよく覚えている。会話だけですごくエッチだった。声だけでどうにかなっちゃいそうだったからしっかり記憶しているのだ。
それはともかく、なんでそんな事がわかっていたのかという点も気になる。
「ステータスよ」
すごく端的なお答え。ステータス?
「神にも、ステータスが見えたからってこと?」
理由としてはよくわからないが。
ブレアは歩きながら腕を組み、少し考えるそぶりを見せた。
「そうね。まあ、そうとも言えるわ。たぶん…………ステータスは神が作ったシステムね」
「神が作った? たしか……定説では、自然にマナに人の認識が刻まれていき、あんな形式になったって言われてるよな」
勇者の唐突な語りに続き、唐突な爆弾発言。今日は唐突な日だな。この調子で唐突にアルマが裸にならないだろうか。
「そうね。でもそれは無理があるわ。なぜなら、人間界でも神界でも、いつでもブレずに単位として正しくマナ量『1』を指しているからよ。定説のような成り立ちでは、どれだけ年月を経てマナに人の認識を刻もうと、単位として同じマナ量『1』を設定できないわ。誰かの意思が介在していてしかるべきよ」
ふーむ。たくさんの人の認識がマナに刻まれているだけでは世界共通の指標にはなり得ない、か。分からんでもない。で、それをわざわざやってくれたのが──
「それが神だと」
無限牢獄内で人の機能を定義するような化け物だ。それも可能なのかもしれない。
「そうよ。単位と、もっと言うなら言語もね……。ま、それは今は本筋じゃないわね。話を戻すけど、本来のマナ視はレイシャや教皇がやっていたような、もっと漠然と感じるものなのよ」
「えーと、余剰次元……五次元時空間方向の知覚、だっけ?」
「そうね。そっちを知覚するわけよ。これにマナ配分読解スキルを加える事であの形式のステータスを読み解けるようになるわけね」
「神々は何でステータスを作ったんだろうな。親切でそんな事しないだろうし。世界を停滞させたいという目的に何かしら影響するのか……」
「マナ視を200年やり続けてみたけど…………どちらかと言えば、マナ配分読解は本当の意味でマナを読み解くための練習に思えるわ」
「本当の意味で、か……」
漠然としたマナ視をするのではなく、ステータスを見る事がマナを読み解く力を増すということだろうか。
「そう、マナという情報の海から必要なものをすくい上げて形にするための練習。おそらく、マナの記憶をもっと自由に読むための……」
ステータスという人にとって見やすく整形された情報を見続ける事で、マナからそういう事を知る事ができる、更にはあらゆる『過去』を見る事ができる可能性に気付け、という事かな。
こういう話の時にいつも思うけど、マナ記憶改竄スキルって凄いな。
「なんでそんな練習するんだろうな?」
「そうね、例えば神になる、とかね」
「なるほど」
ブレアは軽い調子で言ったが、その線が濃厚だな。勘だが。
「さて、最初の質問に戻るけど、神々は自分たちがステータスを作ったのに、自分たちもその仕組みから逃れられていないのよ」
「ああ、神々のステータスも見れたんだよな。そういえば、なんか数値が変わりまくってたっていう話は?」
人間や天使とはステータスの見え方が違うのだから仕組みから逃れたということになるのではなかろうか。
「アレは神がマナと密接に関わっているせいだと思うわ。神の体を途轍もないスピードでマナが巡ってるのよ。そのせいでステータスが凄い勢いで変わっているみたいね。と言うわけで、結局のところ彼ら自身もマナのルールの中で戦っている」
「まあ、変質神を始めとしてあちこちで話を聞いた今では神々もマナの影響下にいるってのは納得だな。ブレーン収束を防げないのが何よりの証拠か」
「その通りね。神は全知でも全能でも無いわ。ベルゼブブが言ってたぐらいの存在なのでしょうね」
強くて長生きしててマナに強く働きかける事ができるやつら、か。それでもマナのルールの中で戦うしか無いと。
そういえばマナちゃんは何者なんだ。こんなにマナのこと考えていると気になってくる。今まであんな存在の話は出てこなかったぞ。…………いや、それっぽいのはあったか。
あ、そう言えばマナちゃんの話を3人にしてなかったな。妄想の延長だったので、なんか恥ずかしくて機を逸していた。アルマとかに唾吐かれそうだ。キモくて。
「ブレア、話す事があったのを思い出した。今度4人になった時にちゃんと話すよ」
「ふーん? わかったわ。私もそろそろ話す事があるから一緒に話させて」
「ああ、もちろん」
復讐の話だろうか。
「これでも……みんなのことは特別に思ってるの。さっき勇者の話を聞いて、思ったわ」
そういう事か。ダンジョンで復讐相手といきなり遭遇して、誰かが怪我をするとか、死ぬとか……ありえなくは無い。
「わかった」
「ええ……ニトには……みんなには話しておこうと思っていたから。4人でいるときに、ちゃんと話すわ」
「ありがとう。でも、無理はしなくていいから」
「…………ありがとう」
ブレアは小さくそう言って、微笑んだ。
「待つのです」
アルマが現れた。現れたというかずっと近くにいたんだけども。そういや今回はアルマ先生の講義は無かったな。ステータス概論(初級)とかあっても良かったんだが。アルマ先生の講義だから聞き流した気はするけど。
「なんだ、アルマ先生」
「そういうことなら要望があるのです」
「どういうことだからどんな要望があるんだ?」
アルマ先生はどこからかメガネを取り出し、かけた。赤いおしゃれなメガネだ。エッチじゃん。そのメガネのアルマ先生に踏まれたい。
あるいは地味な黒眼鏡に掛け直していただいて、2人で図書館に行き、そして…………。夢は膨らむな。
「つまり、私たち『インフィニティガーデン』の第一回パーティ会議で大事な議案が2人から提出されるなら私も一件、付議したいということなのです」
「インフィニティガーデン?」
なにそれ。
「ニトが言ってたのです。パーティ名はインフィニティガーデンだって、なのです」
「え、言った? いつ? 決める必要とかある?」
「無いのです。だから、こいつクソみたいにセンスねーなって思ったのです」
「え、やだ酷い言われよう……」
パーティ名を決めた記憶はないけど、この瞬間の記憶はずっと残ると思う。傷ついたし。
「魔法都市に着いたらパーティ会議をするのです。一つ、ニトの隠し事。一つ、ブレアちゃんのお話、一つ、アルマのスキルが死蔵されてる問題」
「え、アルマのスキルとか大活躍してるだろ?」
神聖術とか翼を生やす変形とか。
「ノー! なのです。耳かき、なでる、手当て……活躍の余地があるのです! もっとアルマを褒め称える場を設けるのです!」
あーそんなスキルあったな。セバスチャン仕様の。それにしてもアルマは承認欲求が強すぎる。大丈夫だよ、すごいって思ってるよ。
「お、おう…………あ! おう! がんばろうぜっ!」
「突然やる気になられると怖いのです。まあ、ちゃんと考えるのです」
赤いメガネを得意げにクイクイと上げながらアルマ先生はそう仰った。
「はい!」
そうだった、忘れてた。先生はレベル1の夜伽スキルをお持ちじゃ無いか! セバスチャン氏にも、旅の途中でもよおしたら使って良いって許可もらってるし、いや、本人の意思が大事だけど、大事だけれども、保護者の方から許可もらってるし!
「想定もしていなかった死に方をしないように心がけることね……」
そして、ブレア様の一言は俺の背筋を凍らせた。
俺たちがそんなやりとりをする裏でもメスブタはよく働いていた。魔物を狩った後は、ジーラさんに教わりながら丁寧に素材を取っていた。
「素材取りを知らないのか……。強くても知らないことは知らないんだな」
「知らないなっ! 助かるっ!」
「いいって。まあ、アタシも魔王討伐の道中で覚えた程度だしな」
微笑ましい2人だな。
勇者は一人で黙々と歩き、たまにパンツのみの姿となっていた。そして雄叫びをあげたりしていた。何も知らない人が見たらこれが魔王だと思うだろうな。
雄叫びを上げた後は決まってジーラさんに叱られ、いそいそと服を着るのだった。
そして、ついに魔法都市についた。なんてマジカルな雰囲気……。街の其処此処に塔が立ち並び、中央部には一際巨大な塔がそびえ立っていた。魔法使いの巣がたくさんあるぞ。
「でかいっ!」
「大きいのです……」
「ここは変わらないわね」
ブレアのセリフが聞き捨てならない。
「来たことあるのか?」
ブレアは中央から少し外れた大きめの塔を眺めながら、答えた。
「前に留学してたのよ」
「へ、へー」
留学……ブレアの魔法学園生活。天才秀才教授の鼻っ柱を片っ端から丁寧に二つ折りしていったんだろうな。後は、恋……。なんかドキドキ。彼氏とかいたんだろうか。嫉妬しちゃう。




