謎トーク
「人の本質は無である……誰が言ったかは知らんが吾輩はその考えを支持している」
港から魔法都市へ向かう道中のことだった。魔法都市は勇者の街マルフィアナの南東に位置している。この港はどちらかと言えば南南東であり、ここから魔法都市へは東に向かうことになる。整備された一本道だ。船で通ったポータルラ湾は西が欠けた弧を描いている。つまり、魔法都市までは陸路でもいけるのだが、ポータルラ湾を船で移動した方が早いのだ。
そんな地理的な話を俺とジーラさんがしていると、勇者が突然語り始めたというわけだ。マジで突然どうしたんだ筋肉がしぼんだか?
「無?」
勇者はうなずいた。なぜか真剣な顔をしている。
「無──可能性だ。吾輩は若いころ、ただ何かに突き動かされるようにこの世のすべてを探していた。好奇心、探究心、知らないということがただ嬉しかった。旅をすれば出会いや別れがある。明日は何が起こるだろうか、と」
「それは勇者らしい勇者だな」
ポジティブでいいんじゃないのかな。でもまあ、俺はちょっとそういう生き方はいいや。男女で言えば女だけでいいし。どこかの博愛主義者のように男女すべてに好奇心は抱けない。
「ははは。そう、まさにあの頃の吾輩は無鉄砲で良い勇者だった。道化者と同義語だな。旅をしたのは5年間だ。18歳で勇者として旅立ち、23歳で魔王を討伐した。……疲弊していた。考えても考えても答えは出なかった」
「何かを考えていたのか?」
「……うむ。『人死に』はいつだって吾輩を嫌な感情にさせた。しかし、誰かが死ぬほどの戦いの後、仲間の顔に反して街の人々の表情は明るかった。当たり前だが吾輩の仲間が死んでも街は相変わらずだ。朝になれば店は開くし、人々は働き、夜には酔っ払いが街をふらつき、眠りに落ち、朝が来る。吾輩は旅に出るとき、それを何と捉えていただろうか。想像できていただろうか。それを知ったとき、知らないことを知れて喜んだか。そんなわけない。初めて友人が死んだときは眠れない日々が続いた。それでも、日々の鍛錬で体はいつものように型をなぞった。心だけが重い」
お前の話が重い。唐突に何なんだ。
しかめっ面をしていると張りつめた顔を柔和なものに変え、勇者は話をつづけた。
「ある日、パン屋の男と話をした。『なぜ、あなたはパン屋をしているのか』と。パンが好きだとかそういう答えを待っていた」
「答えは違った?」
「ああ、人生は選択の積み重ねだ。女房を選んだらパンがついてきた、と」
「まあ、そういうこともあるか」
好きになった相手が好きなものだったりしたわけだ。俺がダンジョン攻略してるのも少なからずそういう理由だしな。
いや、それはそうだけど何が言いたいんだ。
「何が言いたいのだろうな、吾輩は。でもその時に何となくわかったのだ。吾輩は知ることを求め旅をした。様々な選択をした。結果として死んだ者もいるし、生きている者もいる。因果ということだ。店を出ると、日差しが吾輩を迎えてくれた。街はいつも通りだ。吾輩の心は重い、しかしどこか軽やかに弾んでいた」
なぜ俺はポエムを聞かされているんだ。
「わかった。ミスター。いろいろ大変な思いをしたんだな。幸い俺はまだ仲間が死んだことは無いから気持ちはわからない。申し訳ないが。改めて聞くが、なぜ今その話を?」
「旅の先輩からのプレゼントだと思ってくれれば良いさ。そうだな……まっすぐに自分の目的に沿って生きようとしても、思いもよらない事態というのは必ず起きる。絶対にだ。そんな時に迷うこと、悩むこと、それを恐れるな。自分を卑下するな。大丈夫だ、ナイスガイ。君は『正しい』。迷った後に何をするにせよ、その時マナは輝いているだろう。迷うということはマナを増やすために大事なことだからね。それを忘れないでほしい。自分よりマナが多いものに言うのもなんだが、強い者とは心がしなやかなのだと思う」
「……そうかい、ありがとう。覚えておくよ」
心のしなやかさ、か。ブレアにメスブタ、アルマ。神々に天使、悪魔、セバスチャン。人間界で出会ってきた強者たち。うーん、しなやかというか変態だな。そもそもこの話をしている勇者本人が変態だ。しなやかってそういうことなのか。変態って意味か。確かに変態のほうが心は大きく揺れ動き、マナ総量の増加に役立つかもしれないな。
だが、そういうことではないよな。この話は。生き方の話だ。ブレア達3人の誰かが死ぬ、あるいは絶体絶命のピンチになる。そういうことは起こり得るわけだ。いや、『思いもよらない事態というのは必ず起きる』のだろう。そもそもダンジョン踏破で格上と戦うのだから起こり得る話か。毒でもあればもしかしたら宿でも死ぬかもしれない。
その時、どうするのか。
気が緩んでいたかもしれない。自分達は強いと増長していたかもしれない。このタイミングで聞いてよかったと思う。まさしく先輩からのプレゼントだ。ありがたい。
「吾輩、なんでこんな話をしたのであろうな?」
勇者は心底不思議そうな顔で俺に問いかけた。俺が知るかよ。俺の感謝を返せ。
「はあ、墓参りも近いし、その話の街も近いからでしょ。街には寄らないけどさ」
ジーラさんはジャン・アークボルト氏の気持ちがわかっていたようだった。こんなに相手のことがわかっているなんて……変態でなければ結婚しただろうに。なんか切なくなるな。頑張れジーラさん。
「パン屋の店ですか?」
「ああ、魔法都市とは別方向だけどな。ここから南に行くと街がある。あの頃はジャンが18歳、アタシが14歳でね。死んだ仲間ってのも一緒の村から来た奴で16歳。みんな若かったのさ。まさかあんなにすぐに、呆気なく死ぬなんてアタシ達3人の誰も考えてなかったよ」
魔王討伐の序盤の序盤で死んだわけだ。しかも魔王とまったく関係ないところで。勇者の仲間として共に戦っていて、確かにそんなことは思いもしなかったかもな。
つーか2人は4歳差。てことは勇者は33歳か。……18歳の勇者が村の幼馴染14歳を連れて旅に出て『お兄ちゃん』なんて呼ばせてたのか。けしからんな。
「……あの、墓参りというのは、その方の?」
「ん? ああ、違う違う。8英雄の方さ。ちょっと厄介な墓参りでね」
「へー」
そうか。なら聞くのはやめよう。
「あ! というかジャン! さっきスルーしたけどさ。ジャンより『マナが多い』てどういうことだよ! 全員か? クラーケンの時もメテオストライクブースターちゃんが強いって知ってたのか?」
怒りの表情で詰問するジーラさん。そうか、俺たちの強さを知らなかったんだよな。そりゃ、かわいい女の子がクラーケンに捕まったら普通は焦るよな。
「知っていたとも」
悪びれずに髭を撫でながら答える髭筋肉。
「くそっ。だからアタシだけ慌てていたのか。ジャンがのんびりと準備運動してると思ったら……そういうことか、くそっ」
「すまんっ!」
クラーケンと戯れていた本人が謝る。こいつちゃんと話を聞いていたのか。すごいな。ちょっと小難しかったが……あれか? 筋肉を介して翻訳でもされていたのか。
「いや、メテオストライクブースターちゃんはいいんだけどよ。他の奴らは船の上にいたんだから言えよな」
「すみませんでした」
でも水着姿見れて感謝してますから。
「ていうかジャンは何しに行ったんだよ。強いのわかってたんだろ?」
「うむ、助けに行くと言うよりよりは、あのままでは終わりそうになかったのでクラーケンを倒しに行った」
あ、こいつやっぱり。余計なことをしようとしているとは思ったが本当に余計なことをしようとしていたわけだ。




