極上の思し召し
「えーと、ミスターブレイブマッスル。船旅にご一緒させてもらってありがとう。ちゃんとお礼を言っていなかったな」
なんか怒涛のように船旅が決まり、慌てて残りのビーチライフを堪能していたため今日まで勇者を完全スルーしていたのだ。視界に入っても極力無視していた。というわけで、今お礼を言うことになったわけだ。
勇者は微笑む。
「ハハ、パワフルメェン。構わんさ。我輩も君らに興味があったのだから」
勇者ほどの人物だ。俺たちに興味を持つのは分かる。ビーチの守護神というか、人類の守護者的な意味合いで強者がいれば気にかけるのが、その性質というものだろう。
それはわかるのだが、出来れば興味はその強さにとどめておいてほしい。それ以外の部分には興味を持たないでほしい。具体的には俺のボディやブレア達のボディだ。
勇者を仕事と捉えるならば、その仕事としての興味と趣味としての興味を明確に分けていただきたい。
変質者スキルでこいつを変えることはできないだろうか。もう少し鍛えれば勇者の性質もなんとかなるんじゃなかろうか。勝手にスキルで性質を変えてしまうのは人の尊厳を踏みにじる行為かもしれないが、まあ正直に言って知ったこっちゃない。どうでもいいよ。身の危険が迫ってるんだから。殺すよりいいじゃないか。
危ない思考を巡らせているとメスブタがそわそわしているのが目に入った。大きい方か、あるいは小さい方か。甲板のヘリでやるんだぞって教えたらブレアとアルマに怒られるかな。
「メスブタ、どうした?」
メスブタはこちらを見て、はにかみながら言った。
「お、泳いでいいかっ?」
顔赤くして何言い出しちゃったのこの娘は。船だよ、ここ。あ、いやもしや泳ぐというのは口実でやはりトイレか。大きい方だとしたら泳ぎながらは難しいと思うが。鍛えていると可能なのか? とりあえず理由を確認しよう。
「なんでだ?」
「えーと、わからんっ! 泳ぎたいっ! 大海原をっ!」
わからんのか。なんとも言えんな。とりあえず宥めよう。いずれにせよ泳ぐのは無い。
「メスブタ、船に置いてかれるとは思わないが方向を間違えると迷子になるぞ。迷子になったら大変だぞ。知らない人に騙されてエッチなお店で働くことになるんだぞ」
「えっ! なっ、そそそそそれは、困るっ! で、でも、泳ぎたいっ!」
そうか、どういうことだ。勇者がいつものように優しく微笑みながら寄ってきた。
「我輩が代弁しよう。船というのは言わば人類の知恵だ。それを筋肉で打ち破る。戦う相手がいるなら打倒する。デッドナックルガールが言ってるのはただそれだけのことだよ」
「あー、なるほど?」
喋れる脳筋がいると便利だな。船が戦う相手ってのは意味不明だが。
「泳いでいいかっ?」
「綱つけて腰に縛っておくぞ。絶対とるなよ」
「わかったっ!」
という事で水着に着替えたメスブタを緊縛します。保護のためです。彼女が広大な海で流され迷子にならぬようにしっかりと縄で縛るのです。ちょっとぐらい強く縛っても大丈夫。跡は残らない。再生スキルがあるのだから。腰回りをギュッギュと縛ります。たまに『うっ』と声を漏らすメスブタには妙な気持ちにさせられます。この気持ちは、何?
「よし、じゃあ行ってこい!」
バシンとケツと腰の境目の微妙な箇所を叩く。
「おうっ!」
メスブタは海に飛び込んだ。なるほど、あそこは叩いていいのか。覚えておこう。
「メテオちゃん、早いのです」
「アルマでも同じぐらいのスピードで泳げるんじゃ無いか?」
「やったことないから分からないけれど、やる気にはならないのです」
アルマは真顔だ。まあ普通はそうだよな。
船乗りの皆さんはメスブタを見て歓声を上げている。彼女の速さに驚いたのだろう。やれ筋肉だの、そら筋肉だの、筋肉が筋肉がとうるさい。
「くぅ、我輩も競いたいところだが……」
筋肉ジェントルメンこと勇者様は船を守る仕事があるからな。魔物が来た時に対応できるよう、優雅にスイムしてる暇などない。
メスブタは船と並行して泳いでいる。ついに船を追い越すか、そんなタイミングで事件は起きた。
「クラーケンだ!」
船乗りの皆さんのお声が聞こえてくる。おお、本当だ。進行方向にクラーケンっぽいものが見えている。
これは……アレだな。メスブタが変態皇帝からの教えを守るのか、それともこの世の常識に従うのか、教育の成果が見られるな。
仲間としては後者であってほしいが、男としては前者であってほしい。人間とは複雑な生き物だ。
そして、メスブタはクラーケンと対峙し────
「ああっ!」
「メスブタがクラーケンの触手に絡まれてる!」
触手がいれば一度は囚われるのが礼儀。変態皇帝の教えだ。
ブレアは頭を抑え、アルマは遠くを見ていた。彼女らは俺のように男の部分がないから、単純に仲間として教育の不毛さに力が抜けているのだろう。
だが、2人に構っている暇はない。俺にはやるべきことがあるのだ。
ズレろ! ズレろ! ズレろ、水着ズレろ!
とにかく強い念をメスブタの水着に向けて放つことだ。頑張れクラーケン、お前はもうすぐ死ぬだろう。その手に捕まえた少女の手によって。しかし、最後に一矢報いてみせろ。その水着をほんの少しだけでいい、ズラしてみせろ。俺にメスブタのあちこちを見せてみろ!
「助けに行かなくて良いのか!?」
ジーラさんが騒いでいる。気持ちはわかるが今はその時ではない。無視だ。
ブレアとアルマは冷ややかな目で俺を見ている。分かってるけど今は止まれないから!
お願いです、海の女神様! お顔もお名前も存じ上げてはおりませんが、どうか、どうか──その時だった。
見えたっ! お尻見えた!
白く柔そうなふわふわのお尻が、見えた。美しい脚の先から途切れなく滑らかにつながるライン。全てが一体となるメスブタのつま先から腰部までの姿が海水と触手に絡まれながらも現れたのだった。
「よかった、女神は答えてくれた……」
「おい、いい加減助けに行かなくていいのかい!?」
ジーラさんが騒がしい。今すごくいいとこなのだ。待ってくれ。
ジーラさんをちらりと見て『助けなくていい』と言おうとしたところで、勇者の行動が目に入った。入念に準備運動している。飛び込む気か。本当に気にしなくていいのに。しかし入念だな。まあ、準備運動は大事だよな。
「1、2、3、4、1、2、3、4…………」
ジーラさんは、勇者にもしびれを切らしたようだ。
「あー、もう! どいつもこいつも! アタシが行く!」
そして服を脱いだ。え。脱いだ。脱いだぞっ! 29歳、姉御モドキ族の可愛い系ジーラさんが脱いだぞ! こんな筋肉ばかりの薔薇園みたいな船の上で儚くも優しい花をいくつも見れるなんて俺は幸運の女神に愛されているのかもしれない。
ジーラさんのセクシーな肉体を覆うものは白い下着のみとなり…………いや、違う。アレは水着だ! 海だからか。海だからなのか。下着じゃなかった。悔し嬉しい。水着着てた。もう一度言うけど悔し嬉しい。
どこに持ってたのかナイフをにぎり、海に飛び込もうとする。
えーと、冷静になろう。相手はクラーケンだし、魔王を打倒した八英雄の1人たるジーラさんなら、強さ的に問題なさそうだ。だが、海だからな。どうなるかはわからない。もしかしたらジーラさんも触手に絡まれる姿を見せてくれるのだろうか。変態皇帝の教えのような家訓がジーラ家にもあるのかもしれない。楽しみだ。
と、いうところで勇者が飛び込んだ。くそ、空気を読めや筋肉モンスター。あいつは絶対にクラーケンを仕留める。それぐらいの力量がある。楽しい時間もこれまでか。
しかし、クラーケンを仕留めたのはメスブタだった。勇者が泳いでくるのに気付いたようで、戯れの時間が終わりだと理解したようだ。
クラーケンの核を一撃で打ち抜き、その巨体を船上に投げ込んだ。そして自身も船に戻り、こう言った。
「食えるかっ!?」
第一声それかよ。ジーラさんは何だかガックリしてしまっている。気合を入れてセクシーな格好になったのにな……。うん、何度見ても良い。ずっとその格好でいればいいのに。
「ボクジョウクラーケンだ!」
船乗り達が騒ぎ出す。クラーケンの一種か。聞いたことないな。
「ボクジョウクラーケンとはなんでしょう?」
「クラーケン牧場のクラーケンさ。このポータルラ湾はクラーケンが美味いと評判だからね。牧場も多いのさ」
知らなかった。クラーケンって牧場とかあったんだ。そしてそこで育成されるクラーケンがボクジョウクラーケンなどという安直な品種だとは。
「あ、ということは何処かの牧場のクラーケンなんですよね。勝手に食べてはいけないんじゃないですか?」
「食べるべき、さ」
やっと海から戻ってきたビショビショの勇者がウインクしながら言った。
「そうなのか?」
「牧場を逃げたボクジョウクラーケンは船を襲わないうちに始末してあげるのが牧場主のためになるのだよ。船が襲われれば牧場主が責任を問われるからね。何もなかったということで、ここで食べてしまうのが一番さ。何より、ここポータルラ湾に来て海の上で新鮮なボクジョウクラーケンを仕留めて食べないのは海の女神への冒涜だよ」
「はー、なるほど」
「さあパーティの始まりだ!」
船乗りの1人がそう言うと、大きな包丁を持った船乗りが現れ、クラーケンに刃を入れていく。見事な捌き方だ。素人目にも無駄なく作業されているのがわかる。
そして、作業が進むにつれ、船乗りたちがざわめき出した。なんだ、まだ何かあるのか。
「こ、こいつは…………ゴクジョウボクジョウクラーケンだ!」
「すげえ!」
「なかなか食えねえぞ!」
「初めて見たぜっ!」
「海の女神の思し召しだぁ!」
よく分からんがボクジョウクラーケンの上位互換のようだ。
タレ焼きにしたゴクジョウボクジョウクラーケンは美味かった。ちょっと意識が飛びそうになるぐらいに。みかんしか食べない魔界村の悪魔たちにおすそ分けしてあげたい。そういえばレイシャとユリーネは栄養はちゃんと取れているだろうか。
そんなトラブルもありつつ、数日をかけて船は魔法都市の近郊の港に着いた。ここからは陸路だ。東へ数日歩けば魔法都市に着く。
船を降り、船乗りたちに手を振って俺たちは魔法都市に向けて歩き出した。船の上で襲われるイベントがなくて本当に良かった。




