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分からなくても進む


「では、短い間でしたがお世話になりました」


 今日、俺たちは魔法都市へと出発する。荷物をまとめて女将に出発の挨拶をした。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 結局、この宿にお世話になったのも半月ぐらいだったか。まあ、バケーション的にはちょうどいい長さだったのかもしれない。笑顔の女将に送り出され、少ない荷物を担いで歩き出す。


 豪遊はできなかったな。これは魔法都市に持ち越しか。正直リゾート地で白金貨をバンバン使うことなんてそうそう無い。魔法都市の方が高価な魔道具とかで金をガンガン使えるだろう。


 しかし、この街に来てよかった。3人の素敵な水着姿を見れたし、おいしいご飯を食べれたし、ゆっくり眠れたし、勇者と出会えたし。出会えなくても良かったが。あ、でもお陰でジーラさんにお会いできた。特別美しい訳じゃないがそこそこ可愛いジーラさん。そうでなくても女性との出会いはすべて感謝すべきだ。ジーラさんといつかイイ事できますように。


 何にせよ、良い街だった。離れるのが少し寂しい。


「離れるとなると入り損ねた店が目に入ってくるわね……」


 ブレアも同じ思いだったようで、歩きながら街を見て、愁いを帯びた無表情で言葉を零していた。


「だよな。もうちょっといたかったなー」


「でもここじゃ殴れないからなっ!」


「普通はどこに行ってもそんなに殴ることないからなー」


 いつもの事ながら、こうも周囲の人々がおかしいとツッコミもだんだん適当になる。


「でもここじゃ跪かせるほどの権力者がいないのです」


「そうだなー」


 もう一度言うが、ツッコミも大変なのだ。毎回毎回本気でやってらんない。



 しばらく歩くと港が見えてきた。リゾート区画からは少し離れているが、この辺りもそれなりに高級感がある。豪華客船とか停まるのかもしれない。地元の人の生活区画への搬入搬出もあるだろうし、高級感を残しつつ間に設置したのだろう。


 その港には船がいくつか並んでいた。そして、いやが応にも目に入るのは、異彩を放つ筋肉を崇拝したような船だった。


「……えーと、あの船だよね?」


 魔法都市へは船で向かう。さすが魔王を倒した勇者というだけあって、金と権力を手にしているのだろう。船も私物だ。相当にきらびやかな船で、他の船に比して頑丈そうな造りに立派な船首像。


 そう、船首像は立派だった。よくある女神像ではない。そこには筋肉質な男性像が取り付けられていた。誰だアレ。


「あまり乗りたくないのです」


「同意する」


「アタシもよ」


 そう言ったのはジーラさんだった。彼女も共に魔法都市へと向かう。

 たった今、合流してきたのだ。足音を消して背後から近付いていたが敵意は感じられなかったので放置していた。驚かせたかったのかもしれない。残念ながら俺たちは全員気付いていた。


「ジーラさん、おはようございます。あの船には何か曰くが? 特に船首像は女に対するアンチテーゼと言うか、怨念でも込められてそうな様子ですね」


 少しの驚きも見せずに普通にお返事すると、ジーラさんは少し不服そうにしながら答えてくれた。素直で可愛い29歳だ。イイ事したい。


「あの船首像はジャンの憧れよ」


「憧れとは?」


「ジャンの理想の肉体よ。いろんな意味で」


「ああ……なんだか乗りたくないですね」


「でしょう? 船乗り達はそれを承知で喜んで乗っているから気をつけてね」


 マジかよ。ゾッとした。


「気をつけます。そういえば……ジーラさんの他にも英雄は同行するんですか? 魔王を倒した仲間は」


 歩きながら質問する。もし墓参りとやらが目的なら道中ご一緒するのかなと思ったのだ。


「へー……。勇者の物語を知らないんだね。結構有名な話だから知ってるとばかり思ってたよ。そういえばアタシを見た時も反応が少なかったしね」


 今の質問に勇者の物語を知らない要素があったのか。勇者と魔王のどちらかが美女なら調べてたかもしれないが残念ながらそうではなかったので興味を持ったことはなかった。


「あ、すみません」


「いいのよ。なんか新鮮でいいわね。そうね、勇者パーティは全部で8人いたわ────」



 魔王を討伐するために結成された勇者パーティ。八英雄と呼ばれる彼らは、その殆どが帰らぬ人となった。


 人族のナイフ使いジーラ

 草原族の双剣士フェコ

 虎人族の槍使いコアッサ

 ドワーフ族の斧戦士グンドン

 魔族の魔法使い、現魔法王ゾア

 エルフ族の精霊術師リーフレイヌ

 兎人族の神官グレッグ

 人族の勇者ジャン


 いずれもその種族では名の通った猛者だった。なぜ、様々な種族が集まるのか。理由は魔族領の周辺環境にある。

 魔族領は広大で、だからこそ周囲に多くの種族の国がある。人族の国、獣人の国、エルフの森やドワーフの国などだ。

 それら周辺国は魔王が誕生した時に、魔族領外に影響を及ぼさない事を第一に考え動く。魔王軍に外で暴れられては困るのだ。そのために自国の猛者を送り込むというわけだ。もちろん、勇者パーティだけでなく、魔王軍の対応のために多少ながら自国の軍も出す。


 派遣される者達も、主体的な理由は持っている。例えば単純に『魔王を倒したいから』などだ。魔王を倒す。それは武人には最高の名誉だ。


 また、魔王討伐に協力するのは信仰上の理由もある。魔族領に現れる魔王を討伐するというのは、魂の還る場所を守る、という意味を持つ。


 魔族領の中、一際濃いマナが渦巻く場所。マナの流れる脈の果て『魔境』。世界のあらゆるマナが行き着く終着点──魂の還る場所──で魔王は生まれる。


 数十年の周期で生まれる魔王は世界の死者の悪意の成れの果てとも言われている。それを討伐することは、死者を追悼することであり、また、これから死にゆく魂を悪意から守る事でもある。



 魔王は『魔境』の奥深くにそびえ立つ魔王城に生まれる。悪意の塊であるそれは周囲に悪意をばら撒き従え、軍を形成する。軍は魔王によって力を増し、そして退治する者達を畏怖させる。


 魔王軍は一定規模を越すと魔境を出て魔族領を荒らし始める。それを、魔族軍と周辺国からの支援軍の前線部隊が防ぐのだ。


 そして、勇者パーティはその隙に魔王軍の背後に回り込み、魔王城へと向かう。いつの時代に誕生する魔王も共通して、何故か魔王城から動かないのだ。


 敵の幹部を倒しながら旅は続く。魔王がいなくとも『魔境』は文字通り魔境なのだ。強い魔物は多く、厳しい環境だ。

 毒の沼地、ガスの吹き出る岩場、燃え盛る谷、凍える雪山。まるで子供が書いた地図のように脈絡もなく変わる環境。


──それらを超えてたどり着いた魔王城の謁見の間に魔王はいた。たどり着くまでに2人、魔王との戦いで2人、戦い終わった直後に1人死んだ。帰ったのは3人──2人の人族と1人の魔族だった。



「────つまり、同行する他の英雄なんていないのさ。アタシと勇者、そしてこれから会いに行く魔法王で全員だよ」


「そうだったんですね……。ちなみに、戦い終わった直後に亡くなったというのは?」


 傷、毒、呪い、裏切り……色々あるだろうが。


「色々あったのさ。物語になってるから良かったら本を買いなよ。アタシにも金が入るしね」


 ジーラは乾いた笑いを浮かべた。


「そうですか……大変な戦いだったんですね」


「そうだね。アタシが生き残れたのはジャンのお陰だよ。ジャンがずっと守ってくれてたからね。アタシを従者にしてしまった負い目もあったんだろうけど。ま、着いて行くって聞かなかったのはアタシなんだけどさ」


「自分から望んだんですか?」


「ああ、勇者は自分で従者を選ぶことも出来るのさ。同じ村の妹分のアタシが着いてくって泣きついたもんだから断れなかったんだろうね」


「へー。妹分だったんですね」


 まあでも分かる。服装や態度から一見、姉御肌に見えてイジケ方が妹気質なのだ。甘えん坊な雰囲気が見え隠れしている。ジーラさん29歳は可愛い妹分気質なのだ。


「お兄ちゃんって昔は呼んでたね。だけど旅をしているうちに、だんだん気付いたんだよ。この人おかしい人だって」


「ああ……」


 勇者は旅でおかしくなったのか、それともジーラさんが人一倍鈍感だったのか。分からないが気付いてくれてよかった。


「はあ、結婚したいなぁ……」


 唐突な心の声。なんだいきなり。俺に求婚してるのか。いや、そんなわけないか。大方、勇者お兄ちゃんを狙っていたのに頭がおかしい人だったから他を探し始めたものの英雄なんてものになってしまったせいで上手くいかないとかそんなところだろう。

 待てよ。現地妻としてはアリなのだろうか。見た目は申し分ない。性格もべつに悪くないが…………不思議とナシな気がする。俺の中の何かが警鐘を鳴らしている。よくわからないが。とりあえず呟きは聞かなかったことにしよう。



 船では筋肉質な船乗り達が威勢良く声を上げ出航の準備を進めていた。ジーラさんが船乗りに一言断りをいれて、船に乗り込む。


 甲板の中心には勇者がいた。こちらを振り向く。太陽をバックにして逆光の中でニヤリと笑うのが薄っすらと見える。何処までも演出的な男だ。さすが勇者。


「太陽、海、風、船、男、そして…………女だっ!」


「は?」


 暗号?


「はあ……」


 ジーラさんがため息をつく。とりあえず意味不明だ。解読を求む。


「ジーラさん、意味わかりますか?」


「えーとだな…………旅立つには良い日だ。旅はいつも上手くいくわけではない。嵐も来れば魔物も出る。しかしここには仲間達がいる。出会ったばかりの自分たちだが、苦楽を共にし、困難を乗り越えれば深い絆で結ばれた真の仲間になることだろう。さあ、恐れるな。私たちはともにある。進め。行けば開かれん……こんなとこかな。テンション上がりすぎると謎めいた喋りになるんだよ」


「え、嘘でしょ」


 のしのしと甲板を歩きながら勇者が喋る。


「ジーラ、君はいつも言葉が多いな。だがその通りだ」


「マジかよ」


 あってたらしい。


「準備はいいかい?」


「え、あ、おう。準備万端だ、問題ない」


 俺がそう答えると勇者は笑い、そして天を仰いだ。


「酒、扉、星々、筋肉様!」


「「「「筋肉様ー!」」」」


 勇者が叫び、船乗り達が答える。

 そして船は出航した。はじめての船旅の始まりだ。


 …………なにこれ?


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